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箱庭の少年  作者: 木乃羅
第ニ章 安穏とした日々
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2-6 百合の香り

 蒼溟(そうめい)をともなって早々に仕事場を退室する父を見送り、フェリシダーはため息をひとつこぼすと自分の職場へと向かった。

「・・・せっかくの長期休暇なのだから、職場に近づきたくないのだけれど。」

 できることならば、このまま回れ右をして帰宅したい。だが、そんなことをすれば、父親から何を言われるかわかったものではない。

「はぁ~。何事もあきらめが肝心かなぁ~・・・。」

 職場へと続く通路の途中で出会う侍女や官吏たちに…表面上は…微笑みを浮かべながら挨拶をしていくフェリシダー。

 彼女のちょっと物憂げな雰囲気と生来の美貌が合わさり、その姿は思わず見惚れてしまうほどの色気を放っていた。

 そして、そんな彼女を熱に浮かされた様子の侍女たちが見送り。・・・何故か、男性官吏たちは恐れおののく様子で足早に過ぎ去っていくのだった。


◇◇ ◇


 向かう先は、王城内にある後宮。

 后妃(こうひ)や側室、王族の姫君などが住まう離宮で、基本的に男子禁制の場所とされているが王から許可があれば出入りできる。ただ、無用の(いさか)いや憶測などを敬遠するために滅多なことではその許可が下りることは無い。

 近衛師団に所属する女性騎士のほとんどは、この後宮で働いている。

 身の回りの世話を担当する侍女などもいるが、そのほとんどは王族に(ゆかり)のある者たちで少数のため、女性騎士が侍女と同様の雑多な事柄を受け持つのが慣例となっている。

 女性騎士たちは男性騎士たちのように厳しい訓練と規律を課せられている。

さらに、近衛師団は、騎士達のなかでも身元も教養、作法にも精通するエリート部隊とされているために所属する者たちのほとんどが貴族出身でもある。

 そんな、花形部隊でもヒトであるが故に(あやま)ちを犯すこともある。

 それが、後宮に勤める侍女や王族との恋愛関連。

 相手が独身であれば特に問題は無いのだが、何故か、そういうのに限って既婚者や婚約者のいる者たちを選んでしまう。恋愛による泥沼関係というのは、物語だと面白いのだが現実にやられると迷惑極(きわ)まりない。

 それ故に、後宮に勤める者たちは常時、人間関係や接触してくる官吏などを監視して、されているという面倒臭い職場でもあった。

 そして、女性のみの職場だからなのか。

 フェリシダーは個人的に頭痛のする問題があった。

「あら?フェリシダー、今日は休みじゃなかったの。」

 女性騎士たちの詰め所にいた同僚に軽く挨拶をする。

「まぁ、そうなんだけど。用事のついでに、様子を見に来てみた。」

 苦しい言い訳をしつつも、さすがに父親に言われて渋々来たとはいえない。

「へぇ~、珍しい~。本当は、愛しの姫君パシエンテ様に会いに来たのでは?」

「えっ?!とうとう、フェリシダーも姫君の恋心を受け入れる気になったの!」

 同僚の茶化しに文句を言う前に、休憩中のほかの子が話題に参加してきた。

「なっ!?恋心ってなによっ。パシエンテ様は優しいから気を使っているだけでしょう。邪推するのは失礼よ。」

 私がそういって戯言(ざれごと)(たしな)めていると、何故か詰め所にいる他の同僚たちからもため息をつかれた。

「はぁ~。パシエンテ様、可哀想~。」

「相手がここまで、ニブニブの鈍感娘ではねぇ~。」

「いや、鈍いにも限度があるでしょう。実は気付いていながら、はぐらかしているのでは?」

「えぇ~ッ、それじゃあ(もてあそ)んでいるの!?騎士にあるまじき行為だわ。」

 姦しく騒ぐ同僚たち。

弄ぶってなんだ、人聞きの悪い。それに、“も”って何よッ。誰か他に恋仲になった人でもいるのかしら?

 私が無言で悩んでいると、その姿を見た皆は肩をすくめながら

「あぁ~あ。分かってはいたけど、ダメダメですねぇ。」

「パシエンテ様、なんでこんなに恋愛事に縁遠い人を好きになったのかしら。」

「病弱で外のことを知らないから。この娘の言動にまどわされてしまったのね。」

「天然のタラシですねぇ。しかも、無自覚だから尚、始末に負えない…。」

 ちょっと、待って。

「・・・副隊長。何気に会話に参加したと思ったら人の事をタラシって酷くないですか。」

「でも、本当のこと…。」

 表情を変えずに淡々とのべてくる小柄な女性騎士。常に沈着冷静で、小さな身体を逆手に相手を翻弄する戦い方をする尊敬できる人ではあるのだけれど・・・。

「私がいつ、誰を、たらし込んだというのですかッ!!」

 そんなことができるのなら、私にも彼氏の一人や二人いてもいいでしょう。現実は・・・彼氏どころか、男性とまともに会話した事なんて数えれるくらいよッ。

「うわぁ~。ホントに気付いていない・・・。」

「パシエンテ様に何かあると真っ先に駆けつけるくせに。」

 それは当たり前でしょう。私はパシエンテ様付きの騎士なのだから。

「そうそう。この間なんて、パシエンテ様が珍しく庭先に出ていた時なんだけど・・・。」

「あっ、それ知ってる~。熱が出て、部屋に戻るときにお姫様抱っこで連れて行ったんでしょう。」

 ん?・・・身体に力が入らなくて歩けなくなった時の事かしら?

「それで、部屋まで連れて行ったフェリシダーがパシエンテ様をベッドに押し倒したという話だね。」

「ちょ、ちょっと待った―――ッ!!」

 いつの間にか私の背後に居る隊長がとんでもない事を言った。

「「「えぇ~~~っ!?本当ですか、隊長!!」」」

 皆の食いつきがスゴイ・・・。

 私の肩に腕を置きながら、長身の隊長は楽しそうに笑いながら暴露していく。

「ほんと、ほんと。あれを見た時には、さすがコンスルタの娘だと思ったもの。」

「あ、あれは、ちょっと(つまづ)いただけです。押し倒してなんて、いませんッ!!」

 顔を赤くしながら弁解するフェリシダーを楽しそうに隊長はからかう。

「そぉ~お?ちゃっかり、姫様の胸元に顔を埋めていたのにぃ~。」

「それは、衝撃を緩和させるために膝をついたから・・・。偶然ですッ!」

 胸元に顔を埋めていたことは否定せずに、そっぽを向いていい訳する。

「ホッ~ほぉ~。・・・柔らかかった?」

 フェリシダーが逃げれないように肩をしっかりと捕らえながら、隊長はさらに追及する。

「そ、それは・・・。」

 頭から湯気が出るくらい真っ赤になったフェリシダーに副隊長がとどめを刺す。

「…むっつりスケベ」

 ポツリと告げられた言葉。その破壊力はフェリシダーが涙目でいじけるほどであった。


「うん、うん。フェリシダーがいるとストレスが発散されていいねぇ~。」

 隊長が清々しい笑顔でフェリシダーの頭を子供にするように撫でてやる。

「うぅ~~ッ。これだから、休みの日にまで職場に来たくなかったのにぃ~。」

 フェリシダーの泣き言に

「みんなのいい玩具…。」

 容赦なく副隊長はツッコミをいれる。

「副隊長~~~。先ほどから冷たいですッ!もっと、優しくしてくれてもいいと思いますけど~。」

「ワタシに同性愛は無いから、無理…。」

「同性愛ではなく、部下に対してもう少し優しくして下さいッ!!」

 フェリシダーの言葉に副隊長は無表情のまま肩をすくめてやり過ごす。

「まぁまぁ。折角だから、パシエンテ様にも挨拶をしていきなさい。きっと、喜ぶから。」

 率先してからかっていたことを棚上げして、隊長は上司らしいことを言う。

「・・・隊長が暴露したくせにぃ~。」

 恨めしそうに見つめてくるフェリシダーに隊長は耳元に顔を寄せて

「・・・そんな事を言うと、さらに皆に暴露するぞっ。」

 ニヤリと笑いながら言う隊長。

心当たりがあるのかフェリシダーは慌てて敬礼をすると

「時間も無いことですし、パシエンテ様に挨拶したらすぐに退去させていただきますね。」

 返事も聞かずに詰め所から飛び出していった。

「まったく。見た目は落ち着いているように見えるのにねぇ。」

 隊長の苦笑気味なつぶやきに他の隊員たちも笑う。

「あははは。フェリシダーは結構、おっちょこちょいですからね。」

「…そこが可愛いと思っているくせに。」

 からかわれつつも職場の皆に愛されているフェリシダーであった。


◇ ◇ ◇


「パシエンテ様、今日の調子はいかがですか?」

 幼少の頃から仕えてくれている侍女が紅茶を入れてくれながらたずねてきた。

「大丈夫ですよ。珍しく、調子がいいみたいです。」

 微笑みながら答えるパシエンテに侍女も微笑み返す。そんな和やかなひと時に、来客を知らせるノックが聞こえてきた。

「あら?どなたでしょうか?」

 生まれつき病弱な第二王女は、ほとんど部屋から出た事がなかった。たまに後宮の庭先へ日向ぼっこをするくらい。そんな日常だから、わざわざノックをして来訪を知らせる者など心当たりがないのだが。

「あら、あら。ようこそ・・・というべきでしょうか?」

 応対に出た侍女の楽しそうな声が聞こえる。

「姫様。フェリシダー様が来られましたよ。」

 えぇッ?!彼女は長期休暇中だったのではないかしら。どうして!?

「ごきげんよう、パシエンテ様。今日は体調がよろしいようですね。」

 優しく微笑まれて、パシエンテは頬を赤らめた。

「ごきげんよう。今日はどうしたのですか?」

 不意に訪れた彼女にドキドキしがらも、平静をよそおって聞いてみる。

「父と共に祖父を城まで連れてきた帰りに、こちらへよらせていただきました。」

 ちょっと苦笑しながら答えてくれるフェリシダー。

 休みにもかかわらず、私に会いに来てくれたのだと思うと嬉しさで声が出ない。

「フェリシダー様のお爺様というと、魔技師のジン様の方でしょうか。・・・職場復帰なされるのですか?」

 私がボンヤリしている間に侍女が変わりに答えてくれていた。

「いいえ。そういった予定はありませんが、一応は王宮魔技師として登録されている身ですので。たまには職場の方に出向いてもらっただけですよ。」

 そこで、職場に連行したとは言えない・・・。

 そんな心中を察したのか、侍女は姫君に見えない位置でフェリシダーに向かって苦笑して同情した。


 それから、フェリシダーの上司である隊長が乱入してくるまで三人は和やかに雑談をするのだった。


第二王女のパシエンテは百合の方です。


今回は、大幅に更新が遅れてしまいまして、すみませんでした。

何故か、予想外の人たちが出てきて作者も困惑中です。特にパシエンテは登場させるつもりなかったんだけどなぁ~。

流れに身をまかせつつ、次回の更新は少しでも早くしたいと思います。

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