2-5 意外な事実!?
ジンとその息子さん、それに孫娘であるフェリシダーに連れられて向かった先は、ラント国の首都ルジアーダにある王城であった。
城の門番は、先頭を歩くジンたちに敬礼をするとアッサリと通してくれた。
「ねぇ、フェリシダー。ジンはお城に勤めているの?」
隣を歩くフェリシダーに訊ねると
「一応ね。所属としては王城勤めなのだけれど、色々と事情があって普段はよりつきもしないわ。」
それは、勤めていると言うのだろうか?
蒼溟は首をひねりながらも三人について行くのだった。
◇◇ ◇
王城内と言っても一つの建物だけではなかったようで、その中の一つの塔内部にある執務室へと案内された。
そこには、一人の立派な服装と貫録のある壮年の男性がいた。
「あぁ、ようやく来たのか。」
その人はジンを見るとニヤリと笑って迎えてくれた。
「ちっ、来たくはなかったが、きちまったよっ。」
口悪くそう言いながらも、ジンは苦笑と共に挨拶をする。
「それで、フェリシダーの報告から聞いていた少年とは、後ろにいる子でいいのかな。」
僕を見つめて、ジンに確認をする。
「あぁ、蒼溟・東雲。俺と似たような境遇で、俺の庇護下に置く少年だ。」
有無を言わせずに、ジンは断言する。
「その判断は、ジンが確定したのかい?」
何かを含んだような言い方で、僕はちょっと心配になってジンを見る。
それに気付いたジンは、気にするなっ。と仕草で示した後に
「あぁ、俺がそう決めた。それに、第一発見者である魔の森の主も承認済みだ。」
何か、文句でもあるか?という強気な態度でジンは男性を見つめる。
「なるほど。・・・私の一存では、何も言えないが。この事は王にも報告するぞ。」
「あぁ、かまわん。その他の一切の諸事には俺が関与する。それも報告しておいてくれ。」
最終確認をする男性に、ジンはさらに言いつのる。
二人の間になんともいえない緊張感が張り詰める。
それを打ち破ったのは、ジンの息子さんだった。
「さて、この件はこれで一応の終了として。父上には、たまった書類仕事をしていただきましょうかね。」
嫌な空気を打ち払うように手をひとつ叩き、ジンに告げる。
「なにッ?!俺の役職は閑職だろう!」
慌てたように言うジンに息子さんはイイ笑顔で
「なにを寝ぼけたことをおっしゃいますか。貴方様は王宮魔技師筆頭補佐にして、国政の御意見番のおひとりではありませんか。」
聞きなれない言葉を発する息子さん、それに対して説明を求めるように僕はフェリシダーを見る。
フェリシダーがそれに気付いて、説明をしようと口を開く前に
「父上がお仕事をしている間、義理の弟は私が責任もってお相手させていただきますので。」
ちなみに、早く終わらせないと置いて帰りますので悪しからず。
ジンにそう言うと、息子さんは僕とフェリシダーを即して退室する。
「それでは、インテグリダー様。父上は置いていきますので、私どもはこれで失礼させていただきます。」
扉を閉める前に壮年の男性に敬礼をする。
「さてと。二人はこのまま私の居室に移動して、お茶でもしましょうか。」
足取りも軽く案内する息子さんに、呆れたようすで肩をすくめるフェリシダーだった。
◇◇ ◇
事務所のようなところで、様々な人々が働く中を通り過ぎて応接室へと入る。
職員の女性がお茶を用意して、退室するとようやく息子さんが事情説明をしてくれるようだった。
「すみませんでしたね。色々と慌ただしかったうえに、きちんと説明もしてあげられなくて。」
申し訳なさそうに苦笑しながら、
「まずは、自己紹介をさせてもらいますね。私はリベルター・コンスルタといいます。」
ジンの実の息子にして、フェリシダーの父親。王宮で筆頭魔技師として働いているとのこと。
魔技師とは、魔素を使用する技術を有する者の総称で、一般的にはマギとか、技師と呼ばれる。人族であれば、魔工術式を習得した者。他種族であれば、高位魔術を使用することが出来る者を言う。また、人族でも他種族との混血であれば、魔術が使用できるとのこと。
「蒼溟クンは私の義理の弟という事になるので、お兄さんでもリベルターでもお好きなように呼んでくれてかまいませんよ。それに敬語も必要ありません。」
浮き浮きとした様子で言うその姿は、先程までの大人な態度とは逆転して子供のような感じがした。
「お父様。蒼溟がびっくりしますので、もう少し落ち着いて下さい。」
フェリシダーが諌めると、少し拗ねた様子でリベルターさんは言う。
「いいじゃないですか。年が離れているとはいえ、念願の兄弟ができた私の喜びを少しは理解してくれても。」
「お父様には、親戚としてお母様の姉妹や兄弟がいらっしゃると思いましたが。」
お茶を飲みながら半眼で指摘する実の娘に
「それは、それでしょう。やっぱり、私としては多少の無茶を一緒にやってくれそうな男兄弟というのに、憧れるものなのですから。」
この言葉で、僕は目の前の男性が確かにジンの血を引く人だと確信できた。
大人なのに、子供心を決して忘れない。良いのか、悪いのか、よく分からないが僕の存在を歓迎してくれていることは実感できた。
「これから、宜しくお願いします。リベルター兄さん。」
僕が座礼しながら、挨拶するとリベルター兄さんは感激したように頷きながら僕の頭をジンのようにぐしゃぐしゃに撫でまわした。
「蒼溟クンは素直な良い子ですねぇ。でも、無理にいい子でいる必要はありませんからね。男の子には悪さをすることも必要ですから。」
大事なのは、自分の心に素直であること。それに、自らの言動に責任をもつことです。
そう言いながら、リベルター兄さんはお茶を飲む。
「そうそう。蒼溟クンの衣服の中に居るインフィニティ殿にもお茶がありますので、よかったら飲んで下さいね。」
その言葉に、いままでなりを潜めていた薄青色の球体生物が顔を出す。
「みゅ~ぅ。」
気付いていたのか。と呟きながらアオが僕の懐から出て、お茶を楽しむ。
「そう言えば、フェリシダーも魔技師として王宮に勤めているの?」
ジンにリベルター兄さんの二人が同じ職についていることから、僕はそう思ったのだが
「いや、私は王宮の近衛師団に所属している。」
フェリシダーがそう言うと
「娘は、頭を使うよりも剣をふるう方が好きみたいでしてねぇ。男勝りなうえに、同性にやたらともてるものですから。恋人ができるよりも前に、ライバル視される有様なんですよ。」
困った娘です。と続けるリベルター兄さんに対して睨みつけるフェリシダー。
「女性騎士は、王族の姫君たちを守る立派な職業だ。それに、私が男勝りなのではなく、軟弱な男が周りに居過ぎるだけだ。」
「そう言って、男性騎士たちと決闘まがいな訓練をする女性騎士がありますか。フェリシダーがそれを行う度に、女性ファンが増加して、婚期が遠のくのですよ。」
すかさず痛いところを突くリベルター兄さん。それに対して、二の句が告げないフェリシダーはそっぽを向いて聞こえないフリをするのだった。
「やれやれ、父上に一番なついていただけあって、よく似ていることです。」
肩をすくめると、話題を変える様にリベルター兄さんは僕に話を振る。
「蒼溟クンは、探求者ギルドに登録をしに行ったようですが、これからは探求者として過ごすつもりですか?」
「一応かな。ギルドの認証タグとかはまだ出来ていないけど申請はしてきた。」
僕の言葉に微笑むリベルター兄さん。
「そうですか。じゃあ、それまでは兄である私と一緒に過ごしませんか?」
その言葉にすかさずフェリシダーが反応した。
「なにを言っているのですか、お父様!お仕事はどうするおつもりですかッ。」
「それは、今まで遊んでいた父上にお任せしますよ。何せ、筆頭補佐とはいえ元は、あの人の仕事だったのですから。」
娘の剣幕に、のほほんと反論する父親。
「それでも、蒼溟と遊んでよいことにはなりません!」
それに対して、
「何を言いますか。突然、見知らぬ世界に連れてこられた少年がひとり健気に順応しようとしているのに、周りの大人たちが助けてあげなくてどうするのですか。父上も確かに頼りになるでしょう。だが、義理とはいえ、兄弟となった私が一番少年に近いのですから。様々なことを教えてあげなくてどうするのです。」
一息に言い訳を告げるリベルター兄さんにフェリシダーは口を挟めずにいると、
「それに、これを機に父上を職場復帰させるよいチャンスだとは思いませんか?」
悪魔の囁きのようなこの言葉に、さしものフェリシダーも陥落したのだった。
娘が言い負かされたことに気を良くしたリベルター兄さんは、機嫌良く
「それでは、今日のところは母上の屋敷まで蒼溟クンを送りますね。フェリシダーは、一応職場に顔を出してきなさい。」
そう言って、応接室を出て僕はジンの屋敷へと向かう。
屋敷の門前まで、リベルター兄さんと一緒に来ると
「それじゃあ、私はここで。明日の朝に迎えに来ますね。」
「リベルター兄さんは、どこに行くの?」
このまま一緒に屋敷内に入ると思っていた僕が聞くと
「一応、自分の家を持っていますので。それに、明日からの予定を妻に説明しておかないといけませんから。」
そう言い残して、リベルター兄さんは足早に行ってしまった。その逃げるかのような様子に僕とアオは首を傾げつつも、帰宅するのだった。
◇◇ ◇
「ただいま~。」
「みゅ~。」
僕とアオが帰宅すると、年配の女性が迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、蒼溟さま。インフィニティさま。」
初めて見るその人に首を傾げていると
「私はこの屋敷に長年仕えさせていただいているサカエと申します。」
以後、宜しくお願い致します。と挨拶をしてくれたサカエさんに僕とアオも挨拶を返す。
「蒼溟さま、旦那さまとはご一緒ではないのですか?」
その言葉に、今までの事を簡単に説明する。
「そう言えば、リベルター兄さんは何で一緒に住んでいないの?」
これだけ広い屋敷なら、可能だと思うのだけれど。
「あぁ、それはきっと奥様からお逃げになられているからでしょう。」
クスクスと笑いながら答えるサカエさん。
「旦那さまと奥様は、元々この国の方ではありません。その為に、王宮に勤めている方々から様々な思惑が絡み合った事柄が多々ありました。リベルター坊ちゃんは昔からちょっと苦労していらっしゃったようです。」
それはリベルター兄さんの昔の武勇伝でもあった。
二人の一人息子であるリベルター兄さんは、王侯貴族の子弟から様々な嫌がらせを陰で受けていたようで、それに対して行ったことが・・・
「今でこそ、立派な父親として王宮勤めをしていらっしゃいますが、幼少の頃はとてもヤンチャなご様子でした。」
そのヤンチャというのが、嫌がらせをしてきた人達をけしかけて竜種であるトラホドラッヘにちょっかいを出して重軽傷を負わせたり、イタズラとして王宮内で魔工術式を用いた爆破実験を行ったり、はては庶民、貴族を問わずに悪ガキ同士の陣地取り合戦を街中で敢行するなど。
「旦那さまは大笑いをして、それに参加してみたり、補佐したり、大人まで巻き込んで賭けを仕掛けては責任を有耶無耶にしていましたけど。」
懐かしそうに目を細めるサカエさんに僕はちょっと引きつった笑いを返す。
「さすがに、奥さまからは親子そろって叱られていましたねぇ。」
ただ、そのおかげで様々な交流が生まれ、陰気な策謀はことごとく潰されたそうだ。
「結局は終わり良ければ、全て好しとした国王さまのお言葉により関係者一同の責任は不問にされましたが、問題児筆頭の責任として成人してからは国に誠心誠意つくすようには言われておりました。」
その結果が、ジンとリベルター兄さんの王宮魔技師としての職だったようだ。
なんとも言えない就職理由である。
「あははは・・・、スゴイねぇ。」
乾いた笑いしか出てこない。
リベルター兄さん、多少の無茶につきあう男兄弟がいなくても凄い体験をしているようですね。
サカエさんと会話しながら、僕はあてがわれた自室へとたどり着いた。
「それでは、もうすぐ夕飯となります。後ほど、迎えにあがりますので、それまではごゆっくりとお過ごしください。」
色々とあったけど、ジンやリベルター兄さんの意外な話なども聞けて楽しかった。
「それにしても、そんな家族を王宮で雇う王様って、どんなヒトなんだろうねぇ。」
僕の問いにアオは何かを知っているのか
「みゃ、みゅみゅ~ん。」
それは、実際に見てのお楽しみでしょう。ただ、蒼溟にとって悪いヒトではないから安心していいよ。と答えてくれた。
それから、ほどなくして呼ばれた僕はジンの奥さんであるフィランにサカエさんも混じって楽しいひと時を過ごしたのだった。
ちなみに、ジンはその日のうちに仕事が終わらなかったのか帰宅することはできませんでした。
実は、悪ガキ体質なジンの家族でした(笑)
先日、序章の最後に閑話01を追加しました。よかったら、見て下さい。