2-4 居酒屋さんみたい…
僕とジンはギルドから屋台が立ち並ぶ区域へと移動した。
「ここは、探求者から街の連中までお世話になる屋台村だっ。通常の飲食店とは違って、服装や作法なんざぁ関係ねぇ。美味いものを喰って、飲んで、騒ぐだけさ。」
蒼溟を連れてきたのは、簡易テントで営業する連中のたまり場みたいな所だ。
ここは、飲食店をはじめてする奴らが最初に店構えするところでもある。
なかには、営利を度外視した趣味みたいな感じで営業している奴らもいる。そういう奴が作るのは、個人的なこだわりを重視するために、えり好みがあるが、出される食い物はどれも美味い。
そして、何よりも安くて、物珍しい食材を扱っていることが多い。
「さぁて、せっかくだから俺のおススメの店にいくかぁ。」
蒼溟と薄青色の球体生物は物珍しいのか、色々な屋台をキョロキョロと見て周る。
そんな、一人と一匹を捕まえながら目的の屋台へと向かう。
「おう、おやっさん。二人分の席、空いてるかぁ?」
目当ての屋台の暖簾をくぐって、カウンター席を見る。
「いらっしゃいッ!・・・って、ジンかよぉ。久し振りじゃねぇか。」
額にねじり鉢巻きをした熊のような体形の中年男性が嬉しそうな顔でジンを迎える。
「なんだぁ、今日は昼間っから曾孫と飲みに来たのかぁ。」
他の先客を移動させて、目の前のカウンター席を開けさせると、そこに座るように指示する店主。
ジンは先客の連中に軽く謝りつつも、蒼溟と共に席に座る。
「ぬかせっ。曾孫じゃねぇが、俺の義理の息子みてぇなものだ。」
ジンの言葉に店主の方が驚いてしまったが、そこは長年の接客で鍛えられたプロ根性で表情には一切、出さなかった。
「へぇ~。それじゃあ、今日は息子に“大人の味”でも教えに来たのかい?」
そう言いながら、ジンが好んで飲む蒸留酒をコップに注ぎ手渡す。
「いんやぁ、まだコイツには早いッ!初ダンジョン探索の祝いがわりに美味いものでも喰わせてやろうと思ってなぁ。」
ついでに、こいつの代わりに祝い酒として、他の客に一杯ずつ振る舞ってやってくれ。と言って、席を移動してもらった先客連中に奢ってやるのだった。
「おおっ、これは気前がいいねぇ。御馳走さんッ!少年の明日に幸多からんことを~。」
そうして、店にいる他の客たちと一時の楽しい時間を過ごすのだった。
◇◇ ◇
しばらく飲み食いして、他の客とも楽しく雑談していると。
その一人から、なにやら気になる話題を小耳にはさんだ。
「そういやぁ、探求者といえば。ここ最近、中堅どころの連中が何者かに襲われる事件が多発しているらしいぜ。」
そいつの聞いた話では、街の外…城壁の向こう側…で活動することができるくらいの連中がチーム単位で依頼を受けている最中やその帰還中に、正体不明の連中に襲われて重軽傷を負っているとのこと。
「さすがに件数が増えてきたから、王城の連中やギルドのトップランク連中も動き始めているらしいんだが、犯人連中を特定するどころか、遭遇することすらできねぇらしい。」
なによりも不気味なのが、襲われた連中もなにが起きたのかサッパリ理解できないことだった。
「俺のダチが襲われた連中を街まで運んだ時に聞いたんだが、連中も気づいたら仲間がやられていて、敵がどんな奴らで、どんな武器を使ったのか、それすらもわからんかったらしい。」
唯一、確認できたのが複数の奴らに一気に襲われたことのみ。
「なんじゃそりゃ?・・・複数の敵に襲われたと分かっているのなら、姿くらい確認できたんじゃねぇのか?」
ジンの言葉にその人は、肩をすくめながら
「いや。襲われた連中の話だと、攻撃されたのは一回だけで、複数の仲間がその時に負傷したから・・・というのが理由らしいぞっ。」
それに同じくらいの時間帯に別の場所でも同様の事件が起こったことからの推測らしい。
「なんとも、不確かな情報だなぁ。」
呆れた様子のジンにその人も苦笑する。
「まぁ、そんな物騒な事件が起きているからなぁ。あんたらも一応、注意しておいた方がいいぜっ。」
親切心からの忠告に、ジンと僕は感謝の言葉を返す。
探求者を襲う連中かぁ。何か、恨みとかでもあるのだろうか?
そんな事を思いつつも、店主が焼いてくれた肉の串焼きをアオと一緒に頬張る蒼溟であった。
◇◇ ◇
ほどよく、お腹もふくれた時に…ジンは気分よく酔っていたが…それは起こった。
「父上、探しましたよ。」
一人の成人男性が、お店の暖簾をまくった状態でジンを見つめながら言う。
「あん?誰だぁ~・・・。」
怪訝そうな声で後ろを振り向いたジンが硬直した。
そこには、笑顔でありながら、なんとも言えない圧力を放つ身なりの良い男性とジンの孫娘であるフェリシダーが居た。
「報告を娘一人に任せて、昼間から酒盛りとは・・・中々に良いご身分でございますねぇ。」
男性の言葉に、ジンはそろ~りとそっぽを向く。
「それに、お預かりした大切なお客人に街を案内するどころか、早々に休憩をしているとは・・・お覚悟はよろしいですね?お父上。」
その言葉に、ちょっと言い訳をしてみるジン。
「ま、待て。俺はちゃんと蒼溟におススメ所を紹介してやろうと思ってだなぁ・・・」
「おススメのついでに、お酒も嗜んでみた・・・という事でしょうか?」
笑顔でとどめを刺す男性に、うな垂れるジン。
「フェリシダー、問答無用で連れて行け。駄々をこねるようであれば、母上にご報告すると脅しても良い、私が許可する。」
その言葉に、フェリシダーは頷くとジンの腕を取って席を立たせる。
「お騒がせして、すみません。店主、勘定とお釣りは皆さんに迷惑料として振る舞ってあげてください。」
そう言って男性は、シエン硬貨1枚を手渡す。
「おいおい、これじゃあ幾らなんでも多すぎるよ。」
店主の言葉に男性は、今後もご厄介になる予定ですので、その挨拶かわりという事で。と言って微笑んでみせる。
言外に、ここであったことに対する不干渉を認知するように…という意味合いが含まれている事に気付いた店主は苦笑と共に受け取ることにした。
「はいよっ・・・。ジンに宜しく言っておいてくれ。」
店主の様子に心持ちホッとしつつも、少し申し訳なさそうな表情でお礼を言う。
そして、事態に追い付けないことに首を傾げながらも薄青色の球体生物と共に残りの串焼きを平らげている少年に声をかける。
「食事中にすまないね。申し訳ないのだが、少し場所を移動してもらえるかな?」
私の言葉に、少年は軽くうなずき同意を示す。
お手拭きで自分の手と連れの薄青色の球体生物を綺麗にすると、店主に挨拶をして店外へと出る。
「本当に急なことで申し訳ないが、私たちについて来てもらうよ。」
私の有無を言わせない言葉に少年は落ち着いた様子で対応する。
「分りました。・・・ところで、ひとつだけ質問しても宜しいでしょうか?」
そんな様子に若干、興味をひかれて私はこの質問に答えることにした。
「えぇ、いいですよ。ただし、答えられる内容であれば・・・ですが。」
いったい、どんな質問をされるのであろうか。
「ありがとうございます。・・・先ほど、店主のヒトに渡した硬貨は価値にしてどれくらいなのですか?」
え?・・・その意外な質問に私の思考回路は一時中断してしまった。
「あぁ、あれは日本円に換算すると十万円くらいだなぁ。ちなみに、ギルドで貰った銅貨は百円くらいだ。」
質問に答えられない私の代わりに、父であるジンが少年に答えていた。
「ッ!!?」
驚いている少年の姿に、ちょっと調子を戻した父が楽しそうに話す。
「ギルドでは、4種類(白金・金・銀・銅)の硬貨を使っている。さっき、こいつが渡した硬貨はこの国で使える金だ。あと、あれは飲食代だけじゃなく、迷惑料も含んだ料金だから気にするこたぁねぇ。」
私を指さして、人の悪そうな笑顔をする。
「こいつが勝手に払ったものだから気にせずに奢られておけ。それに、無駄に金を持っているから、多少は使わせてやるのが親切ってもんだろう。」
その言葉に娘のフェリシダーが無言で張り倒していた。
少年がこちらを案じるような様子を見せたので、
「大丈夫ですよ。今後も、色々と便宜を図ってもらおうと思っての代金ですので。」
安心させるように微笑む。
私の言葉に嘘が無いことを察した様子の少年はホッとしたように肩から力を抜く。
なかなかに聡い子のようだ。
「・・・ところで、ドコに行くんだぁ。」
ジンがふて腐れた様子で男性とフェリシダーに聞く。
「それは当然、職場へ・・・ですよ。」
御自ら、上司へご報告していただかなければなりませんからねぇ。
とぼけたような口調で答える男性に、ジンはうろたえた様子。
「なっ!?いや、ちょっと待て。・・・そのだなぁ・・・そうッ!こんな格好では失礼になるだろう?」
「大丈夫。いまさら、ですから。」
だから、またの機会に・・・。と続けようとするジンの言葉を途中で遮り、断言する男性。
さっきから、ジンが言い負けしている様子を僕はついつい見入ってしまう。
「あんな様子の二人だけど、仲はとっても良いから心配しなくても良いのよ。」
僕が凝視している意味を勘違いしたフェリシダーが頭をなでつつ、小声で耳打ちしてくれる。
「あの二人って、親子なの。」
僕の確認の言葉に、フェリシダーは頷く。
「血のつながった実の親子よ。お互いにヒネクレ者だから、顔を合わせるたびに口が悪くなるのだけど、その実はケンカするほど仲が良い…を地でいく二人なの。」
諦めと苦笑を混ぜたような複雑な表情をするフェリシダー。
道中、漫才のような会話を続ける親子。
その様子を見つめながら、僕は懐に入り込んでいるアオに話しかける。
「ところで、僕たちはどこに向かっているのだろう?」
「みゅ~ぅ?」
さぁ?楽しそうだし、どこでもいいんじゃない?と答えるアオに、それもそうかと思う。
ジンもアオも、フェリシダーもいるのだから。
僕の一日は、まだまだ終わらない。
何やら不穏な会話が・・・。
ジンの息子さんの名前は次回で明らかになる予定です。
そして、意外な事実が!?