1-11 大人たちの思惑
その日の夜。
ジンとフェリシダーはそれぞれに3階部分にある部屋をあてがわれ、今はジンの部屋にアルシュとフェリシダーの三人で部屋にある応接セットのソファに座りながら、晩酌をしていた。
「さてと、正直にいって色々と大変だな。」
ジンは手酌で入れた酒を一気にあおると開口一番そう言った。
「それは、帰る方法を見つけるのが困難ということ?」
フェリシダーは果実酒をアルシュのグラスに注ぎながら訊く、
「まぁ、それもあるが。もうひとつは、蒼溟の出身地が予測できないのが、大きいな。」
酒を注ぎながら、フェリシダーを見る。
「ジンとは違うところから来た。というこですか?」
グラスを包み込むようにしがらアルシュが問うと
「その可能性もある。俺が居たのは地球という所の日本国だ。苗字からすると、蒼溟もその可能性が高いのだが。」
四人が食事を取る頃には、すでに時間も遅く。昼食というよりも夕食となっていた。
今日は色々とあって大変だったことから、蒼溟は早めに休むよう言われ、就寝までの間をジンと雑談して過ごしたのだ。
「蒼溟の話を聞くかぎり、俺の認識と食い違うことがあり過ぎる。」
蒼溟は、自分の村がどこにあり、どんな名前なのかを知らなかったのだ。
「日本という国は、四方を海に囲まれた島国でな。その国民のほとんどは海を知っているし、内陸に住むヤツなら逆に飛行機やヘリコプターといった乗り物を知っている。」
海に面していれば、船は必然的に視界に入る。内陸であれば、緊急時の移動手段として一度は目撃しているはずなのだ。
ところが、蒼溟はその両方を目にしたことが無いと言った。知識としては、教えられているようなのだが、実物を目撃したことが無いと言ったのだ。
「俺も自分が居た世界を隅々まで旅したこともなければ、その全てを知っているわけじゃない。だが、それを踏まえても蒼溟の村は不思議過ぎるんだ。」
ジンは手にしたコップを見つめながら、独白するように言う。
「・・・最悪、蒼溟はジンとは別の世界から来た可能性もあるということか。」
フェリシダーの言葉にジンは複雑な表情をする。
「別の世界なのか、生きた時代が違うのか・・・。」
ジンの認識では考えられないことが多々あるが、逆に日本人としての感性や風習などの共通点を持つ蒼溟を見ていると、こちらとあちらの時間経過が違うのではないかとも思う。
そうなると、帰る方法が見つかったとしても蒼溟にとって悲しい結果が出ることになる。
「それに、異邦人である限りクリミナルの連中に目を付けられるかもしれん。」
忌々しげに口にするジンに、二人も複雑な表情をする。
クリミナルとは、この世界に住むものたちに敵対する勢力の総称である。
その実態や規模は不明。構成員すら把握することが出来ないのだが、様々な国や種族の紛争の陰には必ず彼らの暗躍が確認されてきた。
「ヤツらの目的が何なのかは知らん。だが、何故か異邦人を仲間に引き入れようとしやがる。」
ジンは虚空を睨み付けながら、自らに降りかかった事柄を思い出していた。
「この森に居れば、クリミナルも手出しをできないのでは。」
フェリシダーの言葉にアルシュは悲しげに首を振った。
「無理ね。」
その言葉を引き継ぐようにジンが言う。
「クリミナルの奴らは、人族で構成しているわけじゃねぇ。それ以外の種族であれば、この魔の森に入ることも可能だからな。」
それは、ジンの経験からの言葉だった。
かつて、ジンは一人の少女を守るためにこの森に保護を頼んだのだ。魔の森は人族が入ることが出来ない場所であり、多種族もおいそれと近づくことが出来ない場所でもある。
女神の加護のもと、そこから出なければその身は安全だと思ったのだ。
「奴らがどうやったのかは分からないが、少なくとも侵入することは可能だ。」
アルシュも彼女に従う多種族の者たちも住むこの地で、少女はいつの間にか連れ去られていた。その後、どうなったのかは誰も知らない。
「そうか。それなら、少しでも蒼溟に忠告をした方がいいな。」
その言葉にアルシュの方が戸惑いを覚えた。
「それも・・・どうかしら。」
フェリシダーが怪訝な顔で首を傾げる。
「蒼溟のヤツは、素直というよりもアンバランスだからな。」
その言葉にアルシュもフェリシダーも無言で続きを即す。
「少し会話をしてみれば分かるさ。知識も認識力も、多分戦闘力も申し分ないだろう。だが、自分の中に己という確固たるものを持っていないように感じる。」
「それは、状況によって流されやすいということ。」
フェリシダーの言葉に曖昧な表情を返すジン。
「もっと、最悪なことだ。暗示やまやかしにかかりやすいということさ。」
それは、魔素の満ちたこの世界では致命的なことだった。
「それは尚更、クリミナルがほっときませんね。」
思案するアルシュとフェリシダーの二人を見つめながら、ジンは心の中で自問自答する。
クリミナルが本当に厄介なのは構成員がわからないことじゃねぇ。
ジンは、この世界に来て自分自身が変質したことを実感していた。
身体能力や魔素を扱えることもそうだが、寿命がほかの人族どころか、他の種族よりも長命になっていたのだ。
最初はそんなことには気づかなかった。
自分が生まれ育った場所とは異なる常識に環境、その全てが未知であり、不可解であり、興味の対象だった。好奇心の赴くままに行動をした。
その心の根底には、いつ、どこで死のうと悲しむ者がいないという事実と自分がいなくなったところで周りは変わらない。という諦観からだった。
気付いたのは、夢中で旅をして古巣に戻った時だった。そこには、かつての知人たちの老いた姿とパッと見た感じ変わらない己の姿。
自らが、この世界で異質であることを実感させられた瞬間でもあった。
どうこう言おうが、結局のところ異邦人とは異質な存在だ。自らの力で居場所を作らなければ、生きていくことも受け入られることもありはしない。
クリミナルの連中のなかには、居場所を作れずに迫害された異邦人がいるはずだ。
「ちっ、面倒くせぇなぁ。」
眼光鋭く、その瞳には射抜くような殺気を纏わせたジンの姿に、アルシュもフェリシダーも息をのむ。
それに気付いたジンがごまかすように頭をかきむしると、気分をかけるように
「だぁ――!!チマチマ考えるのは性にあわねぇー。」
一気に酒をあおり、大声で叫ぶ。
突然の行動に、ビックリする二人をよそに
「物事、なるようにしかならん!とりあえず、行動あるのみだ。」
開き直り、孫娘とその友人にニカッと笑いかける。
「・・・そうですね。ここで足踏みしたところで状況は変わりませんし。」
アルシュが苦笑しながら言うと、
「まっ、ジンにシリアスな雰囲気は似合わないしね。」
フェリシダーがおどける様に肩をすくめて言う。
三人は軽く笑いあう。
「まぁ、とりあえずはあの箱入り息子を世間の荒波に放り込むか。」
ジンの提案に、アルシュもフェリシダーも賛成する。
「箱入りというよりも、重箱に入っていたような感じがするけどね。」
フェリシダーの毒舌に、
「でも、その重箱の中には得がたい知識の宝庫だったみたいよ。」
アルシュが付け加える。
どういう事なのか、問いかける二人にアルシュは自分が感じていたことを説明する。
「蒼溟は、何もできないわけじゃないみたいなの。」
ここに滞在中に、ハーディやスリールを通して下働きの者たちと交流を深めていた。
その際に、雑務を教えてもらったり、雑談として一般常識を学修したり、文字なども子供たちから教わったらしい。
「普通であれば、経験豊富な執事のハーディや書庫の文献から一般常識を覚えようとするわ。だけど、それはあくまでも偏った知識になりがち。」
それは、誰もが陥りがちな過ち。
すでに、前の世界での常識などを身につけているが故に、子供でも知っている知識をもっていないことが恥ずかしく感じて、容易に聞くことができない為に起こることだ。
「蒼溟には、その拘りがなかったということ?」
アルシュの言葉に、フェリシダーが簡潔に言うと
「う~ん、等価交換みたいな感じかな?薬草の知識が豊富で、それを教えるかわりに自分の知らないことを教えてもらう。という感じ。」
無知ゆえに周りからバカにされ、その事が許せなくて、結局は人と交流することが出来なかった異邦人も過去にはいたのだ。
「なるほどねぇ~。プライドが無いわけじゃあないが、いっときの恥を嫌って一生の恥をさらすほどのバカではないという事か。」
ジンの率直ではあるが、容赦のない感想に苦笑しつつも頷くアルシュ。
「それなら、なおさら世間に放り出したほうが手っ取り早いな。」
ジンの意見にフェリシダーは具体的なことを聞くことにした。
「それで、放り出すのはいいが、どこにするのです?下手な所におもむけば、それこそクリミナルの連中に見つかる可能が高い。」
その言葉に何でもないことのように
「あぁ、そんなもの。俺らの国を拠点にすりゃあいいさ。それに、俺も同行するつもりだしな。」
ジンの言葉に、驚くアルシュと睨みつけるフェリシダー。
「良いのですか、ジン。他国から色々と難癖をつけられる要因にもなりかねませんよ。」
アルシュが心配すると、
「それに、同行すると簡単にいってくれるが自分の立場を考慮しているのか。」
フェリシダーが苦言を呈する。
それらの意見に対してジンは不敵に笑いながら
「はっ、そんなもの気にするな。国に関しては王族連中がなんとかすりゃあいいし、俺の立場なんざぁ、ドブにでも捨てておけ。」
言い出したら滅多なことでは撤回しないことを知っている二人は、深いため息をついた。
「「周りの迷惑もたまには考慮して下さいね。」」
異口同音に言われたセリフを聞き流すジンだった。
こうして、本人のあずかり知らぬ所で旅立ちを決められた蒼溟。
実際には、準備などもある為にすぐにとはいかないが、魔の森に留まるという選択肢はいつの間にか消されてしまったのだった。