1-10 もう一人の異邦人
前方を歩く二人の女性。
普段の装いとは違い、女性らしいアルシュの後ろ姿は、元々の容貌の美しさもあるがその洗練された動きからも圧倒される。
背中部分は髪に覆われて直視することができないが、腕の辺りや艶やかな髪に見惚れてしまう。さらに、腰から臀部にかけての曲線。飾り帯による色彩の違いにより一層ひきたてられたそのまるみと動くことにより確認できる脚線美にドキドキしてしまう。
自分の中の何かを刺激されているように感じて蒼溟は視線を逸らしてみる。
逸らした先には、アルシュの隣りを歩くフェリシダーと呼ばれた女性の後ろ姿。
アルシュと違い、こちらの装いは色気のない軍服でズボンを着用している。だが、女性らしい曲線というのは損なわれることなく見てとれる装いでもあった。
上着は腰の辺りを若干隠すくらいの丈で、腰にある革製の剣を下げるための帯らしきものを身にまとっていた。剣は、預けてあるのか所持しておらず、数個の金具が動くたびにカチャカチャと音を立てて揺れていた。
その金具と同じくらいの位置に見える臀部のまるみは、アルシュ以上にしっかりと見てとれて、そこから始まる脚線と相まってかなり艶めかしい感じがした。
「・・・・・・・。」
視線を足元へと移す蒼溟の姿を隣で見ていたジンは、ニヤニヤとしながら
「少年、どちらが好みだった。」
ビクと反応する少年の初々しい様子を面白がりながらもさらに続ける。
「どっちも中々、発育よろしく悩ましい曲線をさらしているからなぁ。」
好色そうな視線をやりつつも、横目で少年の様子を観察する。
「アルシュのチラチラ見える脚線もいいが、フェリシダーの尻もなかなかのものだ。」
少年の首に腕を回し、逃げることを許さないとばかりにたたみかける。
「で?少年としてはさっきからどこに視線を送っていたのかなぁ~。」
楽しそうな壮年オヤジの様子に、とぼけるように視線をあさっての方向に向けながら
「・・・別に、僕は普通に前方を見ていただけですよぉ。」
そんな少年に小声で追い打ち。
「ほうほう、しっかりと観察していたと。」
その瞬間、真っ赤になる少年を面白そうに見ながら
「何も告白しろとか言ってるわけじゃねぇ。どっちの後ろ姿を見て、気になったのか。それを聞いているだけさ。」
答えるまでは、この腕を放してやらんとばかりに力を込めて問い詰める。
そんな男性陣の会話を当然のことながら、女性陣も聞いていた。
元々、二人とも常人よりも身体能力が高いため、小声であろうともその内容を聞き取ることができるのだ。
普段であれば好色オヤジのようなジンの台詞に注意をするところなのだが、アルシュはもちろんのこと、初対面であるフェリシダーも少年がどう答えるのか興味をひかれて、あえてそのまま聞こえないフリをしていたのだ。
ほれ言え、はやく言え。とばかりにせっつくジンの様子に半ば諦めと困惑を混ぜたような表情で
「えと、・・・アルシュの・・・方。」
小声で言葉をにごしながらも答えた蒼溟に満足そうなジンは
「なるほど。見えそうで、見えない辺りが心くすぐると・・・なかなか、通な好みだな。」
あえて言葉にしなかった内情を指摘されて顔を真っ赤にする少年の首を開放しながらも楽しそうに笑うジン。
言われたアルシュの方は満更でもない様子だが、フェリシダーの方は若干面白くない。
「ジン、品のない馬鹿笑いはやめなさい。」
その抑揚をおさえた声に、蒼溟は叱られた子犬よろしくシュンとしたが、注意されたジンはその内心を読み取っているのかニヤニヤしていた。
◇◇ ◇
宮殿の中央部、4階部分の部屋に入るとレーヌ族によるものか、テーブルには4人分の紅茶とお茶菓子が準備されていた。
一瞬、共に入室してよいのか戸惑った蒼溟だが、いまさら退去するのも変だなと思いそのままついていった。
着席する際に、ジンはフェリシダーの隣りに座り、アルシュはフェリシダーの対面席へ。
蒼溟はどこに座ればいいのか迷ったのだが、アルシュがさり気なく自分の隣を叩いて示してくれたのでそこに座ることにした。
「んじゃ、まぁ。今さらだが、改めて自己紹介をしておこうか。」
蒼溟が着席したのを確認するとジンがそう言った。
「まずは、俺の名前はジン・デスティノ。隣りの娘は孫だ。」
ジンは隣りを親指で示しながら蒼溟の方を向いて言う。
「・・・フェリシダー・デスティノだ。宜しく、少年。」
ジンの仕草が気にいらない。と表情と態度で表しながら、蒼溟に対しては優しい笑顔で挨拶をする。
「東雲蒼溟です。宜しくお願いします。」
二人に、特にフェリシダーを意識しながら丁寧にお辞儀をしながら挨拶をする。
「この二人は私の旧知の友人で、信頼に足る人物だ。」
微笑みながらアルシュが補足する。
「ひとつ質問してもいいか?蒼溟、東雲というのは苗字なのか。」
ジンが何かを確認するような雰囲気で尋ねてきた。それに対して蒼溟は気負いなく
「はい、苗字です。僕の村の住民は全員、東雲を名乗ります。」
そんな二人の様子に何を疑問に思っているのか理解できないのか、フェリシダーが口をはさむ。
「ジン、その苗字がどうかしたのか?特に特別なものだとは思わないが。」
首を傾げるフェリシダーに何でもないことのように
「あん?別に苗字事態に意味はないさ。ただ、その苗字だと俺と同じ日本人なのかと思ったから確認しただけだ。」
その答えに驚いたのは蒼溟の方だった。
「え?ジンはこちらの人じゃないの!?」
その様子に意地悪そうな笑顔を浮かべるジン。
「おう。俺はお前と一緒で異邦人と呼ばれるヤツさ。」
呆然とする蒼溟にアルシュが説明をする。
「今回、ジンを呼んだのは蒼溟のこれからに対して、同じ立場の者の方が良いと思ったからだ。」
その言葉に、意識を取り戻した蒼溟は少し情けない顔で
「・・・ここに居ては、いけないの?」
蒼溟の表情に苦笑しながらアルシュは
「そんな事はない。」
そう答えながら、慰めるように蒼溟の頭を優しく撫でる。
二人を微笑ましそうに見ながらフェリシダーがフォローする。
「そう言うことじゃないのよ。蒼溟は異邦人だから、この世界の事もその立場もよく理解していないと思う。経験者の言葉を聞くのも今後の指針を決める材料になるだろうという思いから呼ばれたの。」
その言葉にほっとしたような様子の蒼溟を面白そうに観察しながら
「そう難しく考える必要はねぇさ。外の世界の話を聞いて、好奇心が湧いたら出てみればいいし、特に必要がないならこのまま留まればいい。それだけの話だ。」
何でもないことのように軽く話すジン。
実際はそんなに簡単なことではないのであろう。だが、自分に心配をかけないように配慮してくれる三人の気持ちが嬉しいのと、安心感から素直に頷いた。
「蒼溟は素直ないい子ね。・・・ジンとは大違い。」
フェリシダーの言葉がいつの間にか砕けたものに変わっていた。ジンは最初から砕け過ぎのようにも感じるが・・・そこでふと思ったのが。
「そういえば・・・」
蒼溟のつぶやきにアルシュが反応した。
「どうかしたの、蒼溟。何か、疑問に思ったのなら遠慮なく質問していいのよ。」
その言葉を聞いてさらに蒼溟は困惑しながらも
「アルシュの言葉使いがいつもと違うのは、友人の前だから?」
その質問に、バツが悪そうにそっぽを向くアルシュ。フェリシダーは半眼でそんな友人を見つめる。
「アルシュ。もしかして、またあの変な言葉使いをしていたの。」
友人の言葉に、とっさに言い訳を始めるアルシュ。
「い、いや。ほら、あの言葉使いの方がなんとなく威厳がありそうに感じない?」
「威厳というよりも、ババ臭い感じだと思うがな。」
容赦なくツッコミを入れるジンを睨むとフェリシダーが呆れたようにため息をつく。
「二人とも、言葉使いにはもう少し注意してほしいわね。」
怒られた二人は、どちらがともなくフェリシダーから視線を逸らした。
そんな三人の親密なやり取りに意識せずに微笑む蒼溟。
「ほら、蒼溟にも笑われているわよ。」
と言われて、ジンとアルシュからちょっと睨まれてしまった。
紅茶で喉を潤してからジンが再び話を戻す。
「それで、蒼溟の村の連中が全員同じ苗字というのも不思議だが、とりあえずこちらにはどうやって来たんだ?」
その言葉に蒼溟は今までのことを説明した。
「ふむ。寝ている状態からの転移か。そうすると、俺と同じ状況で放り込まれたってことだな。」
ジンがそう言うと二人の女性が以外な顔をした。
「なんだ、ジンは寝ていた状態でこちらに来たのか?」
それに対して、ジンは話していなかったか?と言いつつも
「おう。俺の場合はケンカした後にうたた寝していた時にだな。目が覚めたら、転移した後で、見知らぬ岩室に横たわっていたのさ。」
その後のことは、フェリシダーたちが知っての通りさ。と肩をすくめながら言う。
「ジンは、こっちに飛ばされた後に元の世界に戻りたいとは思わなかったの?」
蒼溟の質問にジンはちょっと思考してから答えた。
「まぁ、俺の場合は特に思わなかったな。元の世界に不満があったわけではないが、これといって執着もなかった。それに個人的にちょうどいいタイミングでもあったからな。」
その言葉は二人にしても初耳だったのか、ちょっと驚いた表情をしていたがあえて口をはさむことをしなかった。
「蒼溟は、元の世界に戻りたいのか。」
何かを確認するように問うジンの表情はつかみどころがなかったが、その声には優しさが感じられた。
「僕は・・・出来る事なら、帰りたい。」
自分の内面に問いかけるように、ちょっと間をあけながらも正直な気持ちを言う。
「そうか。・・・戻る方法については俺も知らん。正直、戻れるのかも。」
ジンは嘘偽りなく、正直に答える。
「それに、今まで見聞きした中に異邦人が元の世界に戻ったという話は聞いたことがない。だから、まずは手掛かりを探すことから始めなくてはいかんがな。」
その言葉に、異邦人となった人達はジンのようにこの世界で暮らし、その一生を終えたことが察することが出来た。
無言でいる蒼溟の姿に、アルシュもフェリシダーも声をかけることができなかった。
「なに、そんなに落ち込むことはないさ。他の連中も勝手に連れてこられたが、順応している内に居心地が良くなって、住みついた感じだからな。」
蒼溟の頭を、身を乗り出してまで、乱暴に撫でる。
「それにだ、最終手段として女神本人に問いかけるというのもあるからな。」
にやりと笑うジンの姿と手の感触に慰められて、蒼溟は微笑んでみせた。
「さて、それじゃあ。小難しい話はこれくらいにしてだな。」
気分を変えるように手をパンと叩くとジンはアルシュに向かって真剣な顔で
「メシにしないか?」
色々と台無しな感じではあるが、それに異論があるはずもなく。
「そうだな。ジンもフェリシダーもしばらくはここに滞在することだし、ご飯にしましょうか。」
苦笑をするアルシュとフェリシダーを放置して、ジンは蒼溟の腕を取ると
「よおーし、まずは腹を満たすことからだ。腹が減っている時はロクなことを考えないからな。ハーディ、案内を頼むぜ。」
扉付近に控えていたファンタスマ族の執事に気さくに声をかけながら、部屋を出て行く。
「やっぱり、ジンに蒼溟を任せてよかったようだな。」
アルシュはそんな二人を見送りつつ言うと、フェリシダーは
「そうですね。でも、悪い遊びも教えそうで心配ですけど。」
アルシュと苦笑を交わしつつ、二人の異邦人を追いかけるのであった。