カゴメの瞬き
目が覚めたら400回は見てきた光景が映し出されていた。
そう…それは上段のカゴメのベッドのマットレスとそれを支える骨組みだ。
「失敗した…」
両の手のひらで顔を覆った。
「惜しかったねぇ」とカゴメはコーヒー牛乳をストローで吸いながら呑気に言った。
「お前のせいで…」と言いかけやめた。世間一般的に見たらコイツは命の恩人なのだ。自分からしたら邪魔者でしかない。
「思い残したことないの?」
カゴメは煙が舞う夜空を名残り惜しそうに見つめていた。
ない とすぐに返せない自分に腹が立った。
そんな様子をすぐに察したのかカゴメはこっちを向いてニヤリと笑った。
「天野ヒジリ」
その名前がカゴメの口から放たれたことに頭痛がした。
「天野ヒジリ」
カゴメは満足そうにもう一度その名を読んだ。
「イオリが好きな人だ」
カゴメはとっても優しい目つきでこっちを見ていた。線の細い髪の毛は静電気でいつもよりフワフワ上に浮いていた。芸能人にも劣らぬ容姿をしたコイツは汗という概念がなく。サラサラの肌をしていた。
そして容姿がおまけと言えてしまうほどカゴメは頭が良くて勘が鋭いやつだった。
「どうして…?」と聞く自分は動揺を隠せなかった。そんな自分をなだめるように、カゴメは隣に座り仰向けの自分のお腹をゆっくり優しく叩いた。お母さんが子供を寝かしつけるように。
「春の全国模試の結果…普段は順位なんて気にしないイオリはとても真剣に冊子を睨みつけていたね」
そう言ったカゴメは遠い目をしていた。最初からバレていたのだ。
「うん…」
「何か面白いものでも書いているかなと思って、イオリが読んだあとその冊子を見てみたんだ」
「うん…」
なんだかお母さんに説教されている子供のような惨めさを感じた。
「東京の女の子が国語で全国1位を取っていたね。負けちゃった」
「でもカゴメはそれ以外全科目全国1位じゃないか」
ふぅとカゴメはため息をついた。話を逸らそうとしているのに苛立ったのだろう。
「その子のインタビュー記事が掲載されていたよね。しかも顔写真付きで」
「そう…知らなかった…」
もう寝ていい?とカゴメに言おうとした瞬間、
「昨日この部屋に点検が入ったんだ」とカゴメが声を張って言った。
はっー…
反射的に上半身が起こされた。カゴメの顔が目の前に来てしまい、つい目を逸らした。ふふっとカゴメは笑った。少し揺れるポニーテールからは、冬のみかんの匂いがした。
「3年生が煙草を持ち込んだみたいで、学祭準備している間に緊急抜き打ち点検…。東出はエロ本没収されてたぞ」
ウシシとカゴメは笑った。
緊急点検…ということは、急いで枕の下に手を突っ込んだ。
右手と左手で隅から隅まで探した。懐中電灯をつけベットの隙間にも指を入れて探した。
やっぱり、無い。取られた。
「んでイオリが探しているのはコレだ」
そう言ってカゴメくんは右手に紙切れ1枚持ってヒラヒラさせた。その紙切れは、自分がたった今血眼になって探していたものだ。
国語で全国1位をとった女の子のインタビュー写真。
天野ヒジリのインタビュー写真
「返してよ…」
「返すさ…その代わりにイオリ。少し君の話をしてくれないか?」とカゴメはずる賢い顔で言った。
「なんで?」
「君のことが知りたいって言ったらキモイかな?」
そう言ってカゴメは女を口説くように手を伸ばし自分の顔にかかった髪の毛を耳に通した。
「キモい」
「酷いなぁ…1年半も同じ部屋なんだ。どうして君が天野ヒジリの切り抜き写真を大事にしていたか教えてくれよ」
「早く返せ」
「君がさっき自殺がうまくいってたら死体を最初に見つけるのは誰だった思う?糞尿にまみれた床に頭を打ちつけ泣き叫ぶのは誰だったと思う?」
カゴメはそう言ってニッコリと微笑み、自分が昔切った左手首を優しく握った。隠そうと思っていたけどバレていた。
カゴメには最初から全て。
「写真…返して…」
「その前に鼻水かみなよ」と言ってカゴメはティシュを差し出した。
「いやニーナを返して」
「ニーナ?あ、これニーナって読むのかい?てっきりにヒジリだと思ってた。“天野 聖”キラキラネームだね」
「違う」
「えっ」とカゴメは優しく微笑む。
「ニーナは…彼女のもう一つの名前さ」
白黒に写しだされた彼女の写真は笑顔でこちらを見てめていた。




