半年後に出所だよ
ー青天の霹靂ー
まさに今がそうだ。
「えっ…お母さん今なんて言った?」
上手く立つことができず思わず壁に寄りかかる。廊下の壁が湿って生暖かったのが助かった。おかげで凍った背筋が緩んだ。今が夏で良かったと少し思った。
『出所するみたいよ。なんか刑期が…』
「2年後でしょ!?」
母の声を遮り叫ぶ。空っぽの寮の廊下から自分の声が反響して戻ってきた。寮生はもちろん自分以外誰もいない。
そう2年後のはずなんだ。アイツが戻ってくるのは。アイツがこの世界に戻ってくるのは。
「なんか…検事さんから連絡があって…」と母はしどろもどろにそう答えた。いつからか母と自分の力関係は変わっていた。大きな声を出すと母は萎縮するようになった。
「で…いつ戻ってくるんだよ?」
「なんか…詳しい日にちは分かっていないんだけど半年後には出所するみたい」
「半年後…」
今度は立つことすら出来ず、壁にズルズルと背中を擦りつけ座り込んでしまった。
何故…と思っても攻めるあてがない。司法がそう判断したのならしょうがないことだ。これは4年前痛いほど味わった。
被害者の人生は蚊帳の外。
気づくと母との電話は終わっていて、気づくと廊下は真っ暗だった。
外からは学生達の叫び声が聞こえる。青春の声とは言いがたい…むさ苦しい声。女の声は理科の小松原が叫ぶ声しか聞こえない。
自分と皆は違う。被害者としての人生を送っているのはきっとこの学校で1人。
半年後…自分は高校3年生。
アイツはいま富山刑務所。北海道の山奥にいる自分のことなんか探し出せないと母は安心しているのだろうが大間違いだ。
このネット社会では自分の名前なんて検索したら容易に見つかってしまう。以前、試しに自分の名前を入力したら見事に検索の1番上に模試の順位と高校、名前が出てきた。
「うっ….」
目頭が熱くなる。アイツのことを思い出そうとすると前頭葉から後頭部にかけて激しい痛みに襲われる。
呼吸が荒くなる。
車椅子。
善意にまみれた馬鹿な自分。
多目的トイレ。
そして必ず終わりには
ーまたやろうねー
あの男の言葉を思い出す。
左手の小指を反射的に口の中に入れる。すぐに口の中から血の味がする。錆びた蛇口の臭いだ。今の自分の力だと噛みちぎれるのではないかと思ってしまう。
来る。
あの男が半年後に自分の所に来てしまう。
口元までへばりついた髪のことなど忘れて焦燥的に自分の部屋に戻った。
部屋の窓からはBGMと大川くんのアナウンスが聞こえる。もうすぐ花火が打ち上がる。
皆が羨ましい。
犯人の社会復帰に怯えず、学校祭をただ楽しめるクラスメイト達が憎たらしい。
部屋の明かりをつけると、外の景色が見えづらくなった反面、自分の姿がぼんやりと映った。
長い黒髪に赤いリボン…。踊った後のセーラー服は汗まみれで身体にへばりついていた。
そんないつもと違う自分を見て笑い声が漏れた。「こんなんだから…」と言いかけた自分を見て胸が締め付けられる。
ベッドに腰掛ける。ギシッと音を立てて上段の内藤カゴメのベッドからホコリが舞い降りてくる。
「半年後…」と母の言葉を呟きため息をつく。
話が違うじゃないか。
2年後出所だろ。
高校生活くらい穏やかに過ごさせてくれよ。
「最後の余生だったのに」
そう呟いてクローゼットを開く。右下に無造作に置かれたカゴメのベルトを掴む。
何度も頭の中で練習していたから動作に手こずることはなかった。上段のカゴメのベッドにベルトを巻き付ける。そして自分の首に通し、丁度いい所に尾錠を通す。髪の毛が邪魔なのが誤算だった。これはシュミレーションにはなかった。
足の力を抜けば天国の極楽浄土にいける。
ふっ…と息を吐く。
走馬灯なんて信じない。
思い出せるうちに良い思い出を思い出して、その人に感謝をして死のう。
静かに目を瞑り最後の瞑想をした。
ルームメイトのカゴメ…。
母…父…。
違うな….。
検事さん…うんそうだな。
あと男のお巡りさんも優しかった。
それにセラピーの先生…。
こう考えると自分の16年の人生がいかに事件で色付られているかと思わされる。
薄目で枕元を見る…。
ニーナ
枕元にいる少し黄ばんだぬいぐるみ。
のほほんと微笑む女の子はいつも枕元で自分を支えてくれた。
そうだ。自分の人生、最後に思うのは君がいい。
ニーナ
次生まれ変わったら君とキスがしたい。
渋谷の交差点で泣き腫らした君を抱きしめたい。
今度はちゃんと約束を守るから。
そう心の中で誓うと支えてた足がズルリと滑った。
頸動脈が心地よく締まりはじめた。




