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俺がセッティングしてやるよ

 唐揚げ棒の油が紙袋にじんでいる。

 噛んでも味がしない。

 左手首の包帯が、まだじんじんと熱い。


 睦はコンビニ前の段差に腰を下ろし、僕の横でアイスコーヒーの氷を揺らしていた。


 氷の当たる音がやけにうるさい。


 アスファルトの程よい温かさが心地よかった。


 ぼーっと景色を見ていたら、近所の子供たちなのか、四人組の小学生が駆けてきた。


 先頭の少年が、アイスの当たり棒を誇らしげに掲げて、そのまま一直線にコンビニに吸い込まれていった。


 あのくらいの年なら、人生はもっと単純に見えるんだろうな。



 「なぁイオリくん。朝日のこと……許してやってくれよな」と焦点が定まらないボーとした目線で睦が言った。


 許す?その言葉が落ちた瞬間、胸の奥のどこかが、ぎちり、と音を立てて固くなった。


 あの多目的トイレの爪の感覚がまだ残っている。

 許すとか、そういう次元じゃない。

 あれは“暴力”とか“いじめ”とかいう分類じゃない。

 もっと別の、言葉にできない“何か”だった。


 「イオリくんが特進クラスに入っただろ?そのせいで“人数調整”になって朝日のやつクラス異動になったんだよ」


 睦はニヤニヤしていた。軽い調子なのに、妙に核心をついてくる目つきだった。


 「……それは僕のせいだね」


 思わず頬が緩んでしまった。


 怒って当然かもしれない。2年の秋に突然のクラス替え。でも―それだけであんなに激昂したわけじゃない気がする。


 朝日の真っ赤な顔。


 あれは、怒りというより“恐怖”だったようにも思えてしまう。


 何から? 僕から? 僕の存在そのものから?


 「まぁこの学校って結構理不尽なんよ。それに朝日は天野のことが大好きだから、悔しかったんだろ」


 胸の奥に、目に見えない冷たい針が刺さった気がした。


 天野聖―ニーナ。


 これは、ほぼ確定だ。


 『あんたのせいでヒジリが』


 朝日の声が、何度も反響した。

 声の奥に、震えた何かがあったのを……僕は聞き逃していない。


 「ねぇ睦くん」


 「なんだい?」


 「朝日さんと天野さんって……付き合い、長いの?」


 平静を装って唐揚げ棒を齧る。

 でも心臓だけは、落ち着く気配がなかった。


 「あーそうだな。たしか中学からだったもんなー」


 「そう……」


 天野聖はニーナ。


 そして、朝日は守護天使セラピーのことを知っている。

 渋谷のことも、僕が逃げたことも、すべて。天野が喋ったんだろう。


 でも―


 なぜ朝日は、僕が“サリー=男だと見抜いた?

 どうして転校初日でそこまで確信できた?


 その疑問が、頭の奥でくすぶり続けた。


 そしてもう一つ。


 ニーナも……僕がサリーだと知っているのか…



 「うわぁっ!?」


 目の前に、睦の顔。

 思わずのけぞった。

 至近距離からの笑顔。

 焼けた肌と茶髪がやけに輝いて見える。


 「睦くんって平成のアイドルみたいだよね」


 「え、マジ!?」

 睦は目を輝かせた。


 「うわ嬉しい! 俺、亀梨くんとか山Pに憧れてんだよね〜」


 「なるほど」


 確かに、その着崩した制服と髪型は令和じゃなく“あっち側”だ。


 「で、イオリくん。なんで君、多目的トイレで朝日と天野の話なんかしてたの? イオリくん天野のこと好きなの?」


 その瞬間。


 胸の奥の、誰にも触られたくない場所が、

 かすかに光った気がした。


 「……そうだね」


 嘘でも真実でもない。

 僕の“好き”はもっと、暗い。

 贖罪と後悔と、歪んだ執着と―そしてどうしようもない祈りの混ぜ物。


 口にした途端、息が詰まる。


 睦は予想外の返事だったのか、目をぱちぱちさせた。その目が、僕を見抜こうとしているようで怖かった。


 睦は立ち上がり、コーヒーを捨てて戻ってきた。

 そして、僕の目元ギリギリでVサインを放つ。


 「よし。セッティングしてやる」


 「は?」


 「天野ヒジリと話すチャンス、俺が作る。任せとけ!」と睦は満面の笑みで言い放った。


 出会って初日だろ。なんで彼は…。そんなに平成のアイドルって言われて嬉しかったのかな。別に凄い褒めたわけでもなかったんだけどな。平成のアイドルみたいって当人じゃなきゃ少し悪口なんじゃないか…?


 いや、そもそもなんで睦は、あの時多目的トイレにいたんだろう。どこまで朝日と僕の会話を聞いていたんだろう。


 本当は今聞くべきだった。

 でも、言葉が喉につかえて出なかった。


 「ありがとう……」


 それだけ言うので精一杯だった。



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