死んだように踊って生きろ
死んだように踊って生きろ
これが僕と天野聖の合言葉だ。
この一文はお互い手紙の書き出しに必ず書いた。
僕たちにとっての時候の挨拶のようなものだ。
この言葉は僕から最初に手紙に書いた。
まぁ書いたのは僕だけど考えたのは僕じゃない。
起訴前の検事調べを担当してくれた検事さんだ。
僕がレイプされて、犯人が逮捕されてから2週間くらい経ったあとのことだ。
検察庁から、僕がお巡りさんと作った供述調書について確認したいことがあると言われた。
初めて入った検察庁のビルはとても硬く静かで自分が犯人になったような気分だった。1階で、空港よりも厳重な手荷物検査を受けた後に、エレベーターで4階まで案内された。
放課後の学校の廊下よりも静まった待合室に待たされ、10分ほどして検事さんの助手みたいな人に案内された。
検事さんの部屋は広かった。小学校の校長先生の部屋に似ていると思った。来客用のソファがフカフカそうでそっちに座りたかったが、僕は検事さんの机を挟んで向かいにあるパイプ椅子に座るように促された。
目の前にはスキンヘッドの検事さん、左横のデスクには検事さんの助手的な人(説明されたけど忘れた)。
「あ、名刺を渡しますね」と言ってスキンヘッドの検事さんは僕に名刺を渡してくれた。
白くて硬い紙に黒い文字で書かれた「月影照一郎」という文字を見て僕はなんだか安心してしまった。名は体を表す。
僕は名刺の端を両指の人差し指に添えてため息をついた。
また事件のことを話さなければいけない…。
「まずお巡りさんと作ってもらった供述調書は覚えていますか?」
「はい。学校終わりどういう道を歩いていたか。ヒギシャになんて声をかけられたか。どう連れてかれてナニをされたか。された後だれが声をかけてくれたか。どう交番に行ったか。色々あってから一通りのこと…です」
「その通りです。この供述調書はヒギシャを裁判にかける…えー起訴をする上でも裁判をするうえでも非常に大切なんですよ」
「はい」
「起訴不起訴は僕個人が決めることではない…という断りは入れておきますが、間違いなくこの事件は起訴されます」
「はい」
「裁判になります。」
「はい」
「ですがこの供述調書は裁判の証拠として扱われないと思ってください」
「え。はい」
「君が言ったことと被疑者の言っていることが全く違うんです」
「あ。え。はい」
「被疑者はですね…ニュースで見たかもしれないんですが、君から誘ったと言っています」
「え。え。あ。はい」
「被疑者は、スーパーからまず車椅子を借りました。足は不自由ではありません。ただ乗ってみたいという衝動に駆られたと言っています。車椅子に乗った被疑者は車椅子の操作に慣れず戸惑っていました。そこにあなたが声をかけました。」
「あ。はい」
「 『おじさん私ムラムラしているから。トイレでしましょう』と」
「はい。え。え。あ。え。ごめんなさい。違います。」
「そうですね。違いますよね。すみません。大変不愉快な気持ちにさせてしまった」
「え。はい。なんで。え」
「被疑者はそう言って同意があった。未成年に手を出したのは申し訳ないけど同意はあったと。向こうから誘ってきたと言っているんです」
「はい。え。それでどうなるんですか?」
「今一度君の供述調書の内容を確認させてください」
「あ。え。はい」
「もう一度最初から」
「あ。はい。授業が終わって家に帰ろうとしたら車椅子に乗った男の人が段差に上がれず困っていました。なので声をかけました。男の人はトイレに行きたいと言っていたので、男の人に指示された通りすぐ近くの公園のトイレまで車椅子を押しました。そこの公園のトイレは男女兼用の多目的トイレでした。トイレまで押した瞬間、男の人は立ち上がって押し倒されました。身体を一通り触ってきました。服を上にたくしあげられて、脱がされて、陰部を撫でられて、あ、で、えっと口と中に入れられました。その後の記憶はなくて。気づいたら一人でトイレで寝てて、高校生のお兄さんがなんか救急車とか警察とか叫んでいて、大丈夫です。交番に行きますと言ってお兄さんと一緒に交番に行きました」
「…変わらないね」
「え。はい?」
「君の証言は本当に変わらない」
「はい。え。すみません。はい」
「本当にレイプされて被害に遭っても、ほとんどの人は記憶があやふやで毎回違う証言をしてしまう。これは仕方がないことだ」
「はい。」
「だから…つまり証言が少しでも変わっている方が自然なんだ」
「え。はい。」
「だから少し僕は驚きました」
「はい。」
「…」
「あ。たくさん練習しました。喋る練習。矛盾がないか。変なこと言ってないか。スマホのメモに書いて。寝る前とトイレと朝起きてすぐに。音読するんです。忘れた時は紙に書きました。漢字の50問テストが凄い簡単だったんだなって思いました」
「…」
「あ…すみません」
「…」
「あ。ごめんなさい」
「…いや…僕の方こそ…辛い思いをさせて…」
「あ。」
「君はおそらく裁判に出ることになります」
「え。あ。はい。」
「犯人の目的はそれです」
「え。はい。」
「君に裁判で喋らせようとしている」
「え。はい。」
「もちろん別室です。君と被告人が同じ空間になることは決してありません。別室でテレビ中継のように当時の状況を話してもらいます」
「はい。」
「君の事件は世間の社会的関心が高い。」
「はい。」
「犯人は…あの性格からいって…裁判で君のことを必要以上に喋る可能性が十分にあります」
「はい。」
「その…君のことが…広まってしまう可能性がある」
「はい。」
「君はもっとこれから辛いことになるかもしれない」
「はい。」
「…大丈夫ですか?」
「あ。はい。」
「…君は…何も悪くない…。傷ついて良い人間じゃない。…奪われて良い人間じゃない」
「はい。ありがとうございます。」
「…これから日々を積み重ねて、大切な日常を積み重ねて、大切な友達を作って…それでも消えてしまいたいと思う時は沢山あると思う」
「はい。」
「それでも…君は…何にだってなれる。君が思うがままに…。死んだように踊って生きるのが良い」
「はぁ…?」
「昔、読んだ小説に書いてあったんだ。タイトルを忘れてしまったんだが、この言葉を結構気に入ってるんだ。」
「は…。それは…なんか。ははは。良いですね。」




