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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
9/10

1-8 頁の途中

魔導科2年、ノエル・フロストはクラスでも目立たない存在の寡黙な少年だ。

彼の愛読書はルーカス・ヘイルの冒険小説「剣と羅針盤」


──若き旅人は、一本の剣と一つの古い羅針盤だけを携え、滅びかけた大陸を歩き始める。

剣は身を守るための力を与え、羅針盤は進むべき道を示す──はずだった。

しかしその羅針盤は、北ではなく「最も後悔の少ない選択」を指す不思議な品だった。

争い、別れ、守れなかった約束。

旅の途中で出会う人々との関わりの中で、旅人は問い続ける。

力を選ぶべきか、信じる心を選ぶべきか。

剣と羅針盤、そのあいだで揺れながら、彼は自分自身の答えを探していく──


ノエルが心を許すのはこの小説に登場する旅人ケルンで、彼は心の友であり、人生の師でもあるのだ。

彼は学園内にもちゃんと友と呼べる者がいる。エイドリアンとアベル。

付かず離れずなノエルにとって丁度いい関係の友である。

ただし、ノエルには友達も知らない秘密がある。

彼の愛読書は先述の通り「剣と羅針盤」そこは揺るぎないが、

もう一つ人生のバイブルとも言える愛読書がある。

それは、「恋はまだ(ページ)の途中」という恋愛小説だ。

他校の男女が織りなす恋愛ストーリーで、学園内の女子生徒から絶大な人気を誇る文芸書である。

いつか自分にも訪れるだろうモテ期をしっかりモノにするための指南書とも言えるだろうか。

しかし、ノエルは女子生徒を面と向かうと思考が止まってしまい話せない。

赤面し、硬直してしまうのだ。

だから今は人気恋愛小説の中に自分を置き換えてシミュレーション中というわけだ。


この二種類の小説には区別できるように異なるカバーをかけている。

冒険小説には革製、恋愛小説には誤って開かないように鍵付きの留め具が施されたもの。

恋愛小説を好んで読む男子生徒はこの学園にはおそらくノエルだけだろう。

これは誰にも知られてはならないトップシークレット案件なのだ。


時は遡ること数週間前。

授業の合間の休み時間、いつものように冒険小説の続きのページを開き、銀縁の眼鏡を触りながら読んでいると


「なぁ、ノエル、今日の午後の授業の課題レポート見せてくれよ。全然書けなかったんだ」


とアベルが言い寄ってきた。

──仕方ないな──と読みかけの文章の位置を暗記してページに指を挟み閉じる。

そして反対の手で鞄からレポートを取り出し、アベルに渡す。


「わかっているとは思うけど、このまま書き写すなよ?」


「わかってるって。サンキュー。書き終えたら持ってくるわ」


サッと受け取ったアベルはノエルの机に二つばかりキャンディーを置き自席へと戻った。

ノエルはフッと小さく笑みを浮かべながらそれを制服のポケットに入れ再び読みかけのページへと目を移す。

その時、前方で組み手をして遊んでいる男子の一人がノエルの机にぶつかってきた。

「あ、悪ぃ」言葉とは裏腹に目を合わせるでもなく、悪びれもなく男子は離れていく。

しばらくすると、


「これ、落ちてるよ」


と女子が声をかけてきた。

女子が僕に声をかけてくるなんてあり得ない、どうせからかいだろう。

そう思って無視していると、肩をツンとつつかれた。

そちらを見ると赤茶色の髪を緩くおさげにしている女子生徒が立っていた。

──えっと、確か、 ノエルは一瞬考え、名前を思い出す。

クレイリッジ。ハンナ・クレイリッジだ。


「これ、落ちていたよ。はい」


とハンナの手にはフック付きカバーの本が持たれていた。

フックが外れた状態で。


ノエルは一瞬、自分のではないと言いそうになったが、すでに小刻みに揺れる手で受け取っていた。


「あ、、、どうも」


フックが外れている。

つまり、中身を見られた可能性があるということだ。

ありとあらゆる可能性を思い浮かべ、大丈夫、見られてはいないと結論づけた、のだが、


「私もこの本読んでいるよ。一緒だね」


その一言で、頭の中が真っ白になり、見れば

フフフと意味深な笑いだけ残して彼女は足早に去っていった。


──終わった。


ああ、おしまいだ。中身を見られた。 

女子たちに人気の恋愛小説を鍵付きのカバーで隠しながら読んでいるなんて気持ち悪いわよね。

今頃あの女は周りにそう言いふらしているんだろう?

そうに決まってる。

あー、最悪だ。

ノエルは俯き、手を膝の上で強く握った。

もうここにはいられない、何もかもおしまいだと自暴自棄に陥っている。


「あの、、、」


再び声がした。

顔を上げると、ハンナ・クレイリッジが、さっきと同じ場所に立っている。


「ほら、私も」


何かが差し出されている感じがしたのでそちらを見たところ、そこには小花柄の紙に包まれた一冊の本を手にしている。

彼女は表紙をそっと開くと、見慣れた題名がノエルの目に飛び込んできた。


──『恋はまだ頁の途中』


「フロスト君はどのくらいまで進んでいるの?」


「え?」


──どのくらい進んでる⁉︎ 何が? 誰と? って言うか、公衆の面前で何てことを聞いているんだ!


「このお話、どのくらい読み進めてる?」


──ああ、そっちね。 


どうやらこの本の話をしているらしい。

ノエルは俯いたまま、掠れる声で「に、二周目」

言った瞬間、強烈な後悔が押し寄せる。


──ぐわっ、やっちまったあ。もう一度読み返しているってことは愛読してますって言っているようなものじゃないか。

僕は何をやっているのだ。

耳が熱くなるのを感じ青ざめる。──消えてしまいたい──


「二周目なんて、すごいね」


ハンナは、柔らかく微笑んで言った。


「本って、読み返すと違う解釈が見えてくることない?私も、気に入ったお話は何度も読むんだ」


温かな空気が、ふわりと広がる。


──絶対に僕のことを馬鹿にして言っているんだ。どのツラ下げて恋愛小説なんか読んでんだよ。そう思っているんだろ?

僕のことは放っておいてくれよ、どうせみんなのところに戻って話すに決まってる。


ノエルは何も言えず俯いて黙っているとハンナが


「あ、なんか、ごめんね」


小さく頭を下げて自分の本を胸に抱えて自席へと戻っていった。否、行ってしまった。


──ああ、もう、何やってんだよ、僕は!どうしていつもこうなんだ?せっかく女子から話しかけてくれたのに会話もまともに続けられないなんて。

絶対に嫌われた。もう話してくれないだろう、それどころか目があったら逸らされるに決まってる。ああ、最悪だ。

ノエルの脳裏に「恋はまだ頁の途中」の一節が朗読された。


──彼は気づくのが、いつも少しだけ遅かった。

言葉は喉まで来ているのに、頁をめくる勇気だけが足りなかったのだ──


──「うるさい」ノエルはその言葉にムキになり反抗した。



*  *  *  *  *


その日の夜。

ノエルは自室の机に頬杖をつきながら昼間のことを反芻(はんすう)していた。


「私もこの本読んでいるよ。一緒だね」


──あれは素直に同じ本を読んでいるね。という意味だっだのではなかろうか?

だからわざわざ僕に自分の持っている本を見せにきてくれたってことなのか?

普通、何も思っていなかったらわざわざ見せに戻ってこないよな?

ちょっと待ってくれ、それってもしかして?

いや、早まるな。決断するには早すぎるぞミスター。──


ノエルは小説を適当なページで開いた。


──恋はまだ頁の途中なのだ。なのに彼は何も書き足さなかった。──


「私もこの本読んでいるよ。一緒だね」


ハンナ・クレイリッジの笑顔を思い出し、ノエルはベッドに飛び込み、枕に顔を埋め声にならない声を出し足をベッドに叩きつけている。

外からフクロウの鳴き声が聞こえる。

ノエルはちらりと時計に目をやった。


──まもなく日付が変わろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
ルシエルとエバンの掛け合いや、魅力的なクラスメイトたちの存在から学園生活の楽しさが伝わってきました。 印象的なプロローグにどうつながっていくのか楽しみです!
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