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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
8/9

1-7 相反する英雄

──「ルシエル、その本が読めるのか?すごいな。難しいだろう?」

ルシエルの父、セドリック・バートンの魔法薬研究所のルシエルには大きすぎる椅子に座り、持て余している足をぶらぶらしながら読書をしていた時、

セドリックの同僚がルシエルの柔らかな青い髪をふわっと触りながら言う。

研究室を見渡せば実験道具や材料、書棚には学術書や父が書いた論文が多数あり、部屋のどこかではいつものように湯気がふわりと立ち込めている。

父は奥で分厚い本を読んでいる。近づくと、手元から目を移し笑みを浮かべながらルシエルの頭を撫でた。

温かく優しい手つきに身体の力が自然と抜けていくようだ。実験をしていたのだろうか、今日の父は少し消毒液の匂いがする。

研究室で誰かが話している。


「心配いらないわ。今はどこか旅にでも出ているのでしょうね」


「旅って、そんな、、、」


「大丈夫よ」


──旅か、いいなぁ。父さんと旅に出たのはいつだっただろう?また家族で旅に出たいなぁ。


──あれ?父さん?


そこは研究室ではなく、どこかの丘の上だろうか。なんて穏やかな場所なんだろう。足元には小さな水色の花が一面広がっている。

どこまでも続く花の丘、青空との境目がぼやけて見える。そこに人が立っているのが見えた。白衣を着て片手に分厚い本を持っている。

なぜ父さんがあんなところにいるんだろうか。


追いかけたいが、どうしたものか、足が絡む。左右に動かすだけなのに、

そんな簡単な反復動作が難しい。

──待って、父さん、待って。


声を出しているのに音が出ていない。口からすり抜けているのがわかる。

待って、待ってよ、行かないで、置いておかないでよ父さん。

焦りと嘆き、落胆が重くのしかかり上手に動けないでいると青は次第に色が抜け落ち白へと変わり、

先ほどまでの物悲しさは温かな何かに包み込まれそっと消えてゆく。




──やけに静かだな。ここは何処だろう?

目を開けたらそこは幾何学的な模様が施された天井が見えた。

見慣れている寮のそれとは違う。そして微かに父の研究室と同じ匂いがする。



「「「ルシエル!」」」

 

何故今名前を呼ばれているのか、その理由に辿り着くまでに時間はかからなかった。


──!!!!!!


「竜!竜は⁈、そ、そうだ、ハンナ。ハンナはどこ?なんだよこれ、鬱陶しいな!」

腕に刺さっていた点滴の針を無理やり引き抜き立ちあがろうろしている。


「ルシエル!大丈夫!もう大丈夫だから、落ち着けって!おい、ルシエル!深呼吸」


動こうとするルシエルをエバンが肩を持ちその場に留め、背後から来た人物が口元に湿ったハンカチを当てた。

一、二、三と数を数えたところで血走っていたルシエルの目が生気が戻る。

エバンが心配そうにルシエルを見ている。

後ろには今にも泣きそうなハンナの姿が、そしてハンナにしがみついているメルバがいた。


「やや錯乱状態だったようね。安定剤が効いたからもう大丈夫よ。あなた本当によく頑張ったわね」

医務室のイゾルデ・フロステル医師がまくっていた袖を元に戻しながらルシエルの無事を告げる。


──ああ、そうか、終わったんだ。もう竜はいないんだ。

止まった時間がゆっくりと元に戻ってきた。



意識を取り戻したルシエルはやっと自分の置かれている状況が理解できた。

一報を聞き汗だくのグレイサン先生も駆けつけたが、走ってきたのだろう、呼吸が整っていないため少し何を言っているのかわからない。

「先生、落ち着いてからでも大丈夫ですよ、もう彼は目覚めていますから」

フロステル医師になだめられゆっくり深呼吸をしてから


「ルシエル君よかった。本当によかった」と今度は大粒の涙をこぼし始めた。

ハンナは涙腺が決壊し、メルバも同様に、エバンは上を向いているが、彼の潤んだ瞳は今にも溢れそうで。

それだけみんなルシエルのことを心配していたのだ。


突然の竜襲来から3日も目を覚まさなかったルシエル。

最後に放出した氷霧の魔術は持っている全てを出し切り過ぎたため体内にあるゲートを破損してしまい、

魔力どころか生命をも脅かす深刻な状態だったようだ。

グレイサン先生が直ちに治癒魔法で応急処置を行いそのまま学園まで背負って連れ帰ったことで容態はそれ以上悪くはならなかったようだ。

無茶はするなと言いたいところだが彼らの活躍がなければ今ここに我々はいなかっただろう。

本当に心から感謝と敬意を。

エドモンド・グレイサンはルシエルとエバンに何度も何度も頭を下げ、そしてある決意をした。


あの子雷竜はやはり母親とはぐれてしまい、彷徨っていたそうだ。

そう思うとどこかやるせない気持ちになってしまうのだが、人間と竜の共存はできない。

でなければ先述通り今ここにいないのだ。

あれから他の竜は見かけないが、もしかしたら近く母親がやって来るかもしれない恐れおがあり、

また、近くに巣があるかもしれないとのことで、現在ルミナ湖を含めた周辺地域は調査という名目で当分の間、立ち入り禁止区域になった。


*  *  *  *  *


ルシエルとエバンの見事な連携魔術により竜を討伐した話は瞬く間に学園内に広がりちょっとした騒ぎになっている。

学園の広報委員がこのことを記事にし学園内に掲示するほどだ。

ご丁寧に二人の写真付で。

したがって、魔導科2年の間では英雄扱いだし、他の科の者たちも噂を聞きつけクラスまで押しかける程だ。

天真爛漫なエバンは身振り手振り付きで実演までしている。

「あの時、竜に襲われそうになった女子をルーシーはこうやって庇いながらこーんなでっかい氷の霧を作り出してさ、そにオイラがズバババーンと風を起こして、気がついたらそれが虎に変身してドッカーンて竜にぶつかって、カッチンカチンの氷漬けになったってわけ、へへへっ」

エバンの周りには数人の男女が話を聞いている。

もちろんルシエルのところにも、と言いたいのだがこのところ休み時間になるといつもルシエルはいない。

ほとぼりが冷めるまで人のいない旧庭園で一人読書をして時間をやり過ごすつもりなのだ。


「──ルシエル」


そこへ一人の少女が現れた。

赤茶色の髪をゆるめのおさげにしたハンナ・クレイリッジだ。


「ここに居たんだ。隣いい?」


「あ、ハンナ。うん、どうぞ。──教室にいるとうるさくってさ、落ち着いて本も読めないよ。ハンナはどう?色々と大丈夫?」


「うん、私は大丈夫。ルシエルは?」


「体調はもう大丈夫だよ。ただ、実は大勢の人がちょっと苦手でさ、精神的にちょっと参ってるよ。知ってる?エバンなんかさ、僕のことまで話すんだよ?しかも話を大きくしてさ、なんなんだよアイツ、本当いい迷惑だよ」


ハンナはフフフと笑い、


「あ、あの、ルシエル?あ、あの時は本当にありがとう。ちゃんとお礼が言えてなくてこんなに後になってしまいごめんなさい」


「いいよ、そんなに改まらなくて。けど、ご丁寧にありがとう。へへっ。なんでもなくて本当に良かったよ」


「──」


ハンナはあの時のことを思い出し、俯いて膝の上のスカートをギュッと握る。


「あ、あの──」


そこへ、「あー!!いたー!!!なんだよルーシー、こんな所にいたのかよー。

随分と探したんだからなー!」

ずんずんと大股でやって来るのは眉間に皺を寄せたエバンだ。


「あれ?ハンナも一緒にいたの?」


「う、うん、私はたまたま通りかかって」


やや顔を赤らめているハンナは嘘が下手だ。

どうしてこんな所にいるのか?みんなルシエルから話を聞きたがっているぞとか、

明るくてみんなから好かれているエバンには僕の気持ちなんかわかるもんかとルシエルは半ば諦めの境地でエバンを見た。

こうして休み時間が終わるまで三人で過ごしていき、次第に仲間意識が芽生える、そんな時間でもあった。




「──チッ、ルシエル・バートン、いい気になるなよ」


陽光遮る廊下の窓辺から3人を見下ろし、陽気な雰囲気を黒く塗り替えんとする一人の男が敵意剥き出しの眼差しを浴びせていたのも同時刻だった。

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