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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
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1-6 竜騰虎闘

ルシエルは何も考えずに氷の槍を形成した。

直後、背後から立っていられないほどの突風が吹き、氷の槍は姿を消した。

一瞬、何が起きたのか分からず、後ろから押し倒されそうな身体を地面を強く踏みしめてなんとか堪えながら恐る恐る前方を見た。

槍は物凄い速さで竜めがけて飛んでいき、その一本が竜の目に刺さっていたのだ。

竜は悶絶しつつも再び咆哮し翼には細かい鋭光が跳ねている。この時、この場にいる全員が気づいた。

子竜だったため判別が難しかったのだが、今は断言できる。

あれは紛れもなく「雷竜」だ。

雷竜の放電は小さい街なら消滅させてしまうくらいの威力がある。

ここでそれをされたら、、、。

絶対に放電をさせてはならない、何か方法はあるはず。

考えろ、考えろ、考えろ。

心臓の音がやけに大きく聞こえる。

ルシエルは全神経を使い思考に熱を帯びた。

雷竜の目は金色に光り、翼はバチバチと音を立て、大地が揺れている。


「くそっ、ダメだ。どうしたらいい?」


ルシエルはハンナを庇うように覆い被さり歯を食いしばった。

ハンナは恐怖のあまり泣き崩れ、ガクガクと震えが止まらない。ルシエルの腕も、

否、全身恐怖で震えているがハンナの肩を抱く腕にだけ意識を集中させ力いっぱい抱え込んでいる。

エバンは再度突風を起こしぶつけるが、全身頑丈な鱗で覆われた竜の身体はビクともせず、息を粗くしてエバンを睨みつけてきた。


──くそっ、ダメか。

エバンも歯を食いしばった。


雷竜の上げた首が振り下ろされるその瞬間、竜の背後が赤く光り、それがうねりを上げて雷竜の後頭部に炸裂する。

雷竜は口を大きく広げ苦悶の声をあげた。さらにそれは激しい衝撃音と共に帯状となり、ヒュンヒュンと音を立てながら雷竜の身体に纏わりつき地面へと磔にした。

その音たるや、まるで大地が割れたかのよう。そして追い打ちをかけるように身動きが取れなくなった竜の後頭部に再度赤い光の塊りが穿たれた。

雷竜はシューシューと音を立て鱗の隙間から煙が揺らぎ、目は色を失いかけている。

あらゆる音が遠ざかり、ルシエルはゆっくり目を開けたが、混乱して今自分が置かれている状況が把握できなかった。


──体何が起きたんだ。


生徒全員そう思ったであろう。

強い衝撃波と音でそこに立っている者はいなかった。

ひとりを除いて。


防御結界を張り生徒たちを守っていた引率のエドモンド・グレイサンはとても勤勉家で穏やかな教師だ。

二人の子を持つ彼は家庭でもとても良き父親として近所でも評判である。

いつも穏やかな表情で家族に接し、この学園でも同じ顔で生徒たちに接し、「グレイサン先生」と慕われている。

真面目ゆえに叱ることは多々あるが、愛情深いことが生徒にも伝わっているのだろう。

皆、口では不満を言いつつも素直に聞き入れている。

だからこそ、彼から「怒り」という感情を見た者はいない。


そんな男が鬼気迫る表情でひとりそこに立っていた。

辺りは静寂に包まれた。聞こえるのはサラサラと葉がこすれ合う音だけ。

どのくらいの時間が経過したのだろう?

おそらく数秒だったであろうが、時が止まってしまったのかというくらい長く感じられた。


「みんな、無事だな・・・?」


真綿をそっと包み込むような柔らかな声に、恐怖に支配されたこの場の緊張がぷつりと途切れ、

生徒たちは泣き崩れ、近くにいた者と抱き合い称えあう。

グレイサン先生の所に歩み寄り抱きつく生徒もいる。皆が皆、この状況に諦めていたのだ。

ルシエルは未だ震えが治まらないハンナの肩を支え


「も、もう、大丈夫だ、よ」


自身の震えが相手に伝わらないよう、腹に力を込めて言った。


「怖かった、、、怖かった、、、」


ハンナはルシエルの袖をギュッと握りしめ大粒の涙を落としている。

なりふり構わず泣きじゃくるハンナを無理に立たそうとはせず、ルシエルはハンナの背中をゆっくりとさすった。

自分めがけて向かってきたあの恐ろしい目は忘れることなんてできないだろう。

ルシエルはそれ以上の掛ける言葉が見つからなかったのでしばらく背中をさすり続けた。

けど、それでいいのだろう。今、この場に言葉はいらない。


皆と離れひとりうずくまっていたエバンは方向感覚が狂いルシエルたちがどこにいるのか分からない。

ゆっくり辺りを見回した先にぼやけて見えるのはおそらくふたりだろう。

手で目をこすり、視界が晴れるのを待ち、やがてふたりの無事を確認できた。

エバンは安堵の思いでルシエル達に近づこうとしたとき、微かに風が動くのを肌に受けたのだが、

──なんだろう?魔力を使い過ぎたせいだろうか、とあまり気にせずにルシエルとエバンの方へと歩み寄った。


それと同時に磔となっている雷竜の指がピクリと動き、色を失っていた目の奥からじわじわと赤い線状のものが浮かび上がってきていた。

が、その変化に誰もが気づかない。

ルシエルはこちらに向かってくるエバンにゆっくりと頷きかけた瞬間、

エバンはさっきの違和感の原因が何たるかを突き止めた。


「ルシエルーーー!」


エバンは大声で注意を促すが、背後にいる竜の変化に気づいていない。

グレイサン先生をはじめとする他の生徒たちも何事かとこちらを伺っている。


「ルシエルーーー!もう一度! もう一度氷を張れー!全部、全部出し切って、広範囲に氷の霧を張れ―!、後のことは俺に任せろ!」

エバンは噛んだ唇に血を滲ませながら叫び、詠唱を唱える。


ゴォォォォーーーー!囚われに身となっている雷竜はその場で口を大きく開け、爪を大地に深く食い込ませ、血走った眼は閃光のごとく赤く浮かび上がっている。

細かな金属音が竜の口元から聞こえてきたのは、事切れる前に全てを破壊するつもりなのだ。

竜の開いた喉元に小さな光が灯り、金属音と共に増幅している。


「ルシエル!俺に託せー!」


日頃からエバンの直感でほぼ当たっている。だからルシエルは一点の曇りもなく己のゲートを全開放しありったけの魔力を氷と成し目の前に展開した。

刹那、雷竜の砲撃は咆哮と合わさり威力を増し、放たれた。


「いっけぇぇぇぇ!!!!」


詠唱を終えたエバンは腕がもげても構わない思いで上にあげた両腕を全力で振り下ろす。

ルシエルとハンナの髪がふわりと揺れた。

そよ風のような気持ちのいいやさしい風が抜けた途端、けたたましく音を立てて爆風となってルシエルの展開した氷霧にぶち当たり、氷霧は猛虎へと変貌を遂げた。

電光石火とはまさにこのことだろう。

虎は砲撃と衝突した色を変え大口を開けている。ジリジリと競り合いながらその勢いはとどまることを知らない。

エバンが下げた腕を思い切って天にかかげると、虎はさらにうねりをあげて竜に突進していった。

竜の口はさらに大きくなり咆哮は続くがそれよりも勝る勢いで猛虎のうねりは加速し竜を巻き込んだ。

衝突による衝撃波で辺り一面吹雪となり、まるでホワイトアウトのように視界は遮られ鼓膜には激しい金属音が横暴を極める。

まさに竜騰虎闘。

爆音で一時的に聴力を奪われた皆は、目の前で起こっていることがまるで他人事のようだった。

そして迎えた静寂。

これは一体何を意味しているのだろう?

次第にゆっくりと視界が晴れ、先に見えるのは氷漬けにされた雷竜の姿だった。

先ほどの不快な音は断末魔だったのだろう。

氷の中のそれの目にはも生命を宿していない。



──空は清々しく青く、気がつけば鳥のさえずりも聞こえる。


ルシエルはハンナの無事を確認し、エバンに目配せをし


「みんな無事でよかった」


と笑みを浮かべながらハンナにもたれかかるようにして気を失った。

遠くの方でルシエルを呼ぶ声が聞こえる、、、ような気がした。

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