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3-10 魔獣の音

迷いの森を抜けてもなお、ルシエルは何度か後ろを振り返っていた。

微精霊の声を聞き取り、森を導いたのはハンナだったからだ。

そのおかげで、彼らは今ミレット渓谷へと辿り着いている。


──朱に染まった葉と水の音。

陽の光に照らされ眩しいほどの輝きを見せる水面。

これが対抗戦の最中でなければ、

思わず立ち止まって見惚れてしまうほどだ。

張りつめていた感覚が、ゆるんでいく。


微精霊と対話ができることを知ったルシエルはハンナのことを見つめた。

ハンナはルシエルの視線に気が付き、

どこを見ていいかわからなくなり、俯いた。

ゆるく三つ編みにした髪をさわりながら。

川で濡れた石の上を歩きながら、上目づかいで前を見据えるとメルバがこちらを見ていた。


──まるで心の奥を見ているような目で。


「ねえ、ハンナ。ハンナってもしかして精霊とも話せるの?

オイラ、精霊って見たことないんだよなー」


「えっ? あ、えっと、わたしも見たことがないよ」


「えー! そうなの? さっきのって微精霊でしょ?

微精霊と話してたからてっきり」


 エバンがハンナに近づき身振りを大きくしながら精霊のことを熱く語っている。

ハンナの前方にはメルバとルシエルが肩を並べているのが見える。

肩はほぼ触れている状態。


その時、ルシエルが急に立ち止まった。


「ん? どうした?ルーシー」


「なあ、エバン? 向こうの方、風に異変って感じられない?」


「いやあ、ちょっと分からないや。川の流れがあるから常に揺れてるんだ。

どうした? なんかおかしいのか?」


「うん。なんか、向こう側から音がするんだ」


水音に混じって、わずかな異音がある。

それを確かめるように、ルシエルは歩き出した。


川を遡り、斜面を登ると――滝が見えてきた。

ルシエルは耳に手を当てながらなおも滝の方へと向かっている。

その時だった。

滝の音に混じって、何かがぶつかる鈍い音がした。


──「やっぱり」


ルシエルは目を見開いた。

滝つぼの方を見ている。

エバンも、メルバも、ハンナも同じだった。


生徒たちが魔獣に取り囲まれている。

普段は見せない牙をむき出しにして。

それは、先ほど罠を仕掛けた錬金科のメンバーだった。

彼らはどうすることも出来ず、ただ怯えながら、枝を振り回している。


「ルーシー、行こう」


エバンは返事を聞く前に足が動いていた。

ルシエルはメルバとハンナの顔を見て、彼女らの判断に委ねるつもりだった。

二人の目は決意に満ちていた。


エバンを筆頭に彼らの元へ近づくと、魔獣は怒りの矛先をこちらに向けてきた。

低い唸り声と共に口からは涎を垂らし、こちらを威嚇している。


「僕らが引きつけるから、今のうちに影に隠れて!」


ルシエルはそう叫び、気が付いた。

ひとり負傷者がいる。


「メルバ、炎で魔獣を遠ざけられる? エバンはメルバの火をコントロールしてあげて。

魔獣だけど、本来なら害のない種類だからできれば追い払うだけにしよう。

ハンナは僕と一緒に負傷者の手当てをやってくれる?」


各々がルシエルの指示に頷く。


 ルシエルとハンナは負傷者の元へ走り、傷の具合を見た。

爪で皮膚を裂かれて傷は深い。


ルシエルは治癒魔術の詠唱を唱えた。


──「傷つきしものに安らぎを。

命の巡りよ、大地の理へ還れ」──


 手のひらから青白い光が浮かび上がり、傷口はゆっくり塞がっていく。

しかし、魔獣から受けた傷は幻覚を呼ぶ恐れがあるため、解毒を施さなければならない。

ルシエルに続きハンナが負傷者の背に手を当てて目を閉じる。


──「惑わしき影に退きを。

穢れし巡りよ、澄み渡れ」──


 紫色に変色していた部分がゆっくりと消えていった。

元には戻ったが、倦怠感がしばらく続く。

そのことを伝えると、彼は何度も頭を下げてきた。

ルシエルは恐縮しながら頭をかき、ハンナと目を合わせて彼らに頷きかけた。

そしてメルバとエバンを探すと、ふたりはぴったりと横並びになり、

炎と風を融合し、火炎を放射させていた。


──(……なんだ、あれ)


 ルシエルは二人のコンビプレーに思わず口を開いた。

何かあれば手伝いに行こうと思っていたのだが、入る余地がない。

足音がルシエルの隣で停まり、横を見るとハンナも同じ顔をしている。


「ふたりとも、すごい。初めてやったとは思えないね」


 ハンナは瞬きを忘れたかのように大きく見開き二人を見守っていた。

魔獣は反撃をすることなく、森の奥へと消えていった。

メルバの手元からは炎が消失し、

強張っていた肩からも、ゆっくりと力が抜けていく。

魔獣が完全に姿を消したのを確認して、ようやく皆が息を吐いた、その直後だった。


「もう、ルシエルぅ、聞いてよぉ。エバンったら私が炎を出している最中、

どさくさに紛れて胸を触ってくるのよ!?ありえないでしょ?」


「だから、違うってばー。メルバがこっちに来たから手が当たっちゃっただけじゃないかー。

なぁ、ルーシー。なんとかしてくれよぉ。濡れ衣だっつーの!」


「じゃ、なんですぐに手をどけないのよぉ? ねぇ、ルシエルぅ、この人どう思う?

しばらく感触を楽しんでたのよぅ? 確信犯じゃない」


「だーかーらー!違うってば!炎をコントロールしているのに楽しむもへったくりもあるかよー」


魔獣から逃れられた錬金科のメンバーは、どうしていいか分からずただ呆然と立ち尽くしていた。


「あ、あの……、ど、どうも、ありがとう。その、助けてくれて」


「いや、全然気にしないで。当然のことだから」


「まさか魔獣の巣が近くにあるとは思わなかった。

完全に包囲されちゃって、どうすることも出来なかったよ。

僕らは君たちに罠を仕掛けたのに……、本当にありがとう。

──それで、その、お礼、というか……。これ、よかったら使って。

僕たちは、コアが壊れちゃって、ここで離脱しなければならないから」


 そう言って男子生徒はリュックから小さなボールをルシエルに手渡した。

彼は閃光の魔導具だと言う。

日々研究を重ねて制作した魔導具を敵チームにも関わらず惜しげもなく。


「──っ、お礼だなんてとんでもない。けど、ありがとう! 有効に使わせてもらうよ」


ルシエルは晴れやかな笑顔で応え、その場を後にした。

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