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3-9 迷いの森

 交易科との交渉を終えたルシエルたちは、

コアと組み合わせる杖を取りに行くため、学園の隣にあるダルゾール森林へ向かう。


「なぁ、ルーシー? さっきの交易科の人の言った道は避けた方がいいよ」


「教えてもらった近道のこと?」


「うん、なんか風が揺れているんだよな。あまりいい揺れじゃないんだ」


「そうか。なら、迂回するならばどこから行くべきか決めないとだね」


ルシエルたちは立ち止まり、地図を広げた。

エバンの風読みの能力には、これまで幾度となく助けられている。

だから、ここは慎重に道を選ぶべきだろう。

ルシエルは皆の意見を聞いてみた。


「えっと、ここの道は魔力数値が高めだから、騎士科の人たちは通らないと思う」


「そうね。それに魔力データも収集できるじゃない」


ハンナとメルバは地図の緑色が濃い部分を指差した。


「うん、そうしよう。僕も騎士科は一直線に駆け抜けると思うんだ。

なるべく鉢合わせしないようにしたいよね。

だから、僕たちは、僕たちなりのやり方で攻略していこう」


ルシエルの呼びかけに三人は頷き、迂回路を走り出した。

森はどこまでも続き、踏みつけられた落ち葉の音が鳥たちの声を遠ざける。

しばらく走ると、先に他のチームが立っているのが見えた。


──錬金科チームだ。


一瞬、全身がこわばり、──警戒とは違う緊張が走った。

そこにシャーロットの姿がなかったのを確認し、

ルシエルはひとつ大きく息を吐いた。


どうやら道を探しているらしい。

地図を広げて話し合っている声がする。

ルシエルたちは、好機とばかりに追い抜いた。


「──みんなストップ! 」


突然背後からエバンの声が皆の足を止めた。

どうしたのだろうと振り返るとエバンは眉根を寄せて、先を見据えている。


「この先、なにかある。絶対。

だから、みんなはここで待ってて。オイラが見てくる」


エバンが木の幹を触りながら辺りを見回しているとき、

ルシエルは先にある違和感に気が付いた。


「エバン、あそこ見て!」


指をさした先には落ち葉が少し盛り上がっている部分があり、

そこは人為的なものを感じる。

エバンは木の枝を拾い、茂みに投げてみた。


枝が地面に落ちた瞬間、ザザーっと、

閑静な森にはそぐわない音と共に落ち葉が舞い上がった。

ギシギシと木のきしむような不快な音がする。

ルシエルたちは目の前の光景に息を呑んだ。


そこには、ネットに包まれた大量の落ち葉がぶら下がり、大きく揺れている。


その時、ルシエルはさっきまでそこにいた錬金科の連中がいないことに気が付いた。


──(危なかった)


唇をぎゅっと噛み、振り返ると、皆も同じ面持ちをしていた。

騎士科のメンバーは攻撃魔術を得意としており、

錬金科は魔術は少ないだろうが、

何を仕掛けてくるのか想像がつかない。

先の罠のように、この先も物理攻撃が予想される。

より一層気を引き締めていかないとやられる。

 

どこかで低く唸るような声がした。

ルシエルは足を止めかけて、すぐに踏みとどまる。


──(……近い)

 

五感を研ぎ澄ませ森を走る。

体温は上昇し、汗が首筋を伝う。

ルシエルは袖口で額を拭き、大きく息を吐く。

遠くで獣の声がするが、魔獣なのかはわからない。

どちらにしても声の方には近づかない方がよい。

 

森の茂みは先ほどよりも深くなり、陽が差し込まなくなってきた。

不気味さすら感じる。

そして、魔力干渉のせいで、ここでは魔術が使えない。

ルシエルの魔力探知も、ここでは機能しない。

ポジティブが売りのメルバ・ベルローズでさえ、口を強く結び

ハンナと手をつないでいる。

いくら歩いても森を抜ける気配はない。

地図上ではそろそろ抜けるはずなのだが。

森を抜けられない不安と苛立ちが露わになってきたとき、

 

「──ここ、さっき通ったよ」

 

 ハンナの言葉に皆の顔色が変わった。

 

「交易科の人が言っていた迷いの森の話が気になって何ヶ所か木に目印を置いてみたの。

その目印を通過するってことは、そういうことなんだと思う」

 

「嘘でしょ? 私たち同じところをぐるぐると回ってたってことぉ?」

 

「さすがハンナ! 頭いいなー」


「感心している場合じゃないよ、エバン。

ってことはやっぱりここが迷いの森だったんだ。

僕ら、ここから抜けられなくなってるってことわかってる?」

 

「あ、そっか。でもみんなの力でなんとかなるんじゃない?」


エバンの楽観的な考えに呆れつつも、確かになんとかするしかないのだ。

ルシエルは思考を巡らせていると、


「えっと、うまくいくか分からないんだけれど、ちょっと聞いてみるね」


「ハンナ? えーっと、それは誰に?」


ルシエルとエバンは同時にハンナを見る。

どう説明しようかハンナが、考えあぐねていると、


「まあ、見ていなさいって。いいわよハンナ」


とメルバが手を腰に当て、ハンナを促す。

ハンナは軽く頷き、その場でしゃがみ込み、

地面に手を置きながら、ゆっくり目を閉じた。



「──風に揺れる微き命よ、

葉擦れに宿る淡き意志よ。

我らは侵す者にあらず。

どうか、我らに導きを分け与えたまえ──」


すると、今まで静寂に包まれていた森が、俄かに揺れ始めた。

木に佇んでいた鳥は飛び立ち、リスが枝を伝って遠ざかるのも見えた。

程なくして、ハンナのしゃがむ地面の周りから小さな光が浮かび上がり、

ハンナの周りを囲いながら浮遊している。


「怖がらせてたらごめんね。

私たちはあなたたちを奪いに来たのではないの。

少し道に迷ってしまって。

だから、帰り道を教えて欲しいの」


小さな光は揺れながら強弱をつけて光り、

その一つがハンナの身体にスーッと溶け込んでいった。

そして、他の光たちは揺れながら融合し、

森の奥の方まで一筋の光をもたらしたのだった。


──(……すごい)


ルシエルとエバンは口をあんぐりと開け、

動くことも、声を発することもできず、呆然と立っていた。


──(どうよ? うちのハンナ凄いでしょ?)


メルバは腰に手を当てたまま口角を持ち上げながら二人を見ている。


「さ、急ぎましょ」


得意げな顔を浮かべ、メルバは光へと駆け出した。

そして、ハンナは森にお礼の言葉を残しルシエルとエバンを光へと促した。

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