3-7 グランド・トライアル
朝晩はだいぶ冷えてきたが、日中は動くと汗ばむくらいな陽気だ。
今日はそのくらいの陽気の方が、生徒たちにとっては都合がいい。
いよいよ、学園最大のイベント、合同実技競演――通称『グランド・トライアル』が始まる。
出場する騎士科・錬金科・魔導科の生徒たちは、専用の衣装を纏っている。
騎士科は赤、錬金科は黄色、魔導科は紺。
動きやすさを重視したパンツスタイルで、胸元にはそれぞれの科を象徴する紋章が縫い付けられていた。
競技はシンプルだ。
契約核を手に入れ、ゴールの台座へ運ぶ。
ただし、その過程で交渉と契約が必要になる。
配布された競技通貨を使い、情報や追加のコアを得ることもできるが、対価は安くない。
順位と残金に応じてポイントが加算され、
その総合点で優勝が決まる。
ルール上、選手に対する直接攻撃や爆発物の事前仕込みは禁止行為となっているが、
妨害、幻惑行為などは可能であり、そこの心理戦も勝利を左右する要因となっている。
出場選手は四人一組のチームとなり、各科から二チーム選抜される。
その中に、判断力の優れるルシエル、クラス一の運動能力を持つエバン、
「ルシエルが出るなら私も出たい」とごねたメルバ、
対抗戦では貴重な戦力とされる土属性のハンナも選ばれている。
初出場の一年生は緊張の面持ちで皆スタートラインに立ち、
ハイラード校長の開始宣言のあと、
始まりの号砲が放たれ、各選手は一斉に駆け出した。
「いけー!」「ぶちかませー!」
割れんばかりの歓声に、木々が、地面が、揺れる。
そして、ものすごい熱気に包まれた学園は今、ひとつになっている。
この対抗戦において、機動力の騎士科、
魔道具を駆使して翻弄する錬金科に比べ、
魔導科は、例年勝率が低い。
──それは、ルシエルも分かっている。
だからこそ、今年は違うと証明したかった。
一年生の競技から二年生へと移る時、戦況報告がされた。
前評判通り、首位は騎士科。次いで錬金科。
魔導科はポイントもかなり低い状況だった。
ルシエルたちは輪になりお互いを讃えあいスタートラインに向かった。
少し離れたところには錬金科のシャーロットの姿もある。
魔導科の選手たちを見たシャーロットは、セーターの胸元を握りしめ、唇をきゅっと結んだ。
──(絶対に負けない)
始まりの号砲と共に一同は大広場に向かう。
まず初めに選手たちは交易科の持つ契約核を契約しなくてはならない。
そして、契約者がゴール地点の台座に置くことが必須条件とされている。
他の者が置いても無効となってしまうため注意が必要だ。
「では、初めに所属している科とあなたのお名前をお伺いします」
中指で眼鏡を持ち上げた交易科のケビンは目を細めながら向かいに座った人物の目を見る。
「魔導科のルシエル・バートンです」
「ありがとうございます。それでは、バートンさん、よろしくお願い致します」
向かい合わせに座った二人は軽く会釈をした。
ルシエルの背後にはチームメイトのエバン、メルバ、ハンナが状況を伺っている。
「まずは契約核、以下コアと呼びます。コアの所有権を決めなくてはなりません。
どなたが所有権をお持ちになりますか? こちらの用紙にご記入ください」
ルシエルは打ち合わせ通りの人物名を書いた。
「承りました。ではこちらの名の元で契約をいたします。よろしいですね?」
ルシエルは、唾を飲み込み頷く。
すると、ケビンの横に置かれた、コアと呼ばれる結晶は、
内側から光を帯び、中に契約者の名前を刻み始めた。
「さて、こちらが基本のコアになります。
大変壊れやすいものであり、ご存知かと思いますが、一部破損も減点対象となります。
ですので、いかに安全に運ぶかが鍵となるでしょう。
さらに、各フィールドには様々な難所が待ち構えておりますことをご承知おきください。
我々はフィールドに関するありとあらゆる情報を所持しております。
地形情報、地図にないルート、魔力が薄れる空白地帯など、
きっとあなたたちに有益な情報となりうるでしょう。
ちなみに、コアは最大三つまで増やすことが可能です。
勿論、それなりの対価は頂きますので。
それでは改めてお伺いします。
あなた方は何をお求めになりますか?」
キラリと眼鏡のふちを光らせ、じっとルシエルを見据えているケビン。
不敵な笑みを浮かべながらこちらを値踏みしている。
ルシエルはケビンの鋭い眼光にややたじろぎ、背中に冷たい物を感じた。
「ぼ、僕らは地形情報の開示を求めます。例えば、ここ」
目の前に地図を広げて、くぼみのある部分を指でポンポンと叩く。
「承知しました。では、森の情報を開示いたしましょう。
先にうかがいますが、コアはおひとつのままでよろしいのですね?」
「あ、そうか。コアは念のためもう一つ余分にお願いした場合の対価はどのくらいになるんですか?」
「はい。コアを一つ増やすにあたり、銀貨三枚頂戴します」
「さ、三枚⁉ ちょっと高すぎないですか?それじゃ、
他の情報は貰えないも同然てことですよね?もう少し安くなりませんか?」
ルシエルは目を丸くし、思わずのけぞった。
「では、何か銀貨に変わるものをご用意してくだされば」
余裕の笑みを浮かべるケビンに対して、ルシエルは腕を組み、思考を巡らせている。
しかし、焦るばかりで代案が浮かんでこない。
シャーロットたちのチームは交渉を終え、まさに今、フィールドへ向かうところだった。
続く騎士科のメンバーも続々と交渉を終えている。
──(冷静になるんだ)
だが、思考は空回りするばかり。
何も答えられないまま、時間だけが過ぎていく。
その時だった。
「選手交代ね。ルシエル、ちょっと私に任せてもらえる?」
ルシエルは肩に手を置いた人物を見上げた。
そこには、口角を上げ、自信に満ちた笑みを浮かべたメルバ・ベルローズがいた。




