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3-4 偶然の事実

 走り去る男子生徒を見たエバンは、

すぐさま追いかけようとした。

しかし、この距離では追いつくのは難しそうだ。

ルシエルはエバンを止め、問いかけた。


「僕が水を作ったら、アイツの足元まで飛ばせるか?」


 返事を聞く前にルシエルは詠唱を唱え始めた。

それを聞いたエバンは口角を上げ、

詠唱をつぶやいた。


 やがてゴムボールほどの水が生成され、

ルシエルの手元で揺れている。

それはゆっくり前方へと移動し、空中で静止した。

まるで発射台にセットされたみたいに。


──「いけっ」


 エバンが水球に小さく呼びかけ手をかざした。

水球は低空飛行で前方を走る男子生徒へと飛んでゆく。

再び詠唱を唱え出したルシエルは、

その距離も残りわずかというところで叫んだ。


──「凍れ!」


 水球は男子生徒の足にぶつかり弾け、

飛沫は氷の足かせとなって動きを封じた。

逃げる生徒は前方に身を投げ出すように飛び、

芝生に顔を強く打ちつけた。


「いってぇ、何だよこれ!足が、動かねえ」


 両足を捉えられた生徒は、

痛みと怒りに顔を歪めている。

ルシエルたちは駆け寄り、

生徒が握っていたものを取り上げた。


「これは……まさか……」


ルシエルの手にある、

透明な重晶石が台座に嵌め込まれたペンダントを見て、

エバンは顔色を変えた。


「おい! お前、これどうしたんだよ?

誰から奪ったんだよ! 言えよ! おい!」


 耳まで真っ赤にしてエバンが激高している。

ルシエルも後から追いついたハンナとシャーロットも、

事態が呑み込めず困惑している。

エバンが倒れている生徒の胸ぐらをつかみ問いただしている。


「おいおい、離せよ。なんなんだ? いきなり掴みかかりやがって、誰だ? てめぇ」


 男子生徒は口の片方を持ち上げながらエバンを睨みつけている。

エバンの胸ぐらを持つ手に力が入る。


「ちょっと、エバン? どうしたんだよ。

とりあえず落ち着けって。何がどうなってんだよ?」


エバンの目は血走り、

荒い息が喉から漏れている。

ぶつぶつと詠唱が始まった瞬間、

周囲の空気がざわりと震えた。

震えた空気は二人を取り囲むように流れ出し、

胸ぐらをつかまれた生徒の頬は、

ビリビリと何かが打ち付けている。


その時、遠くから声がした。


「エバン、やめなさい。エバンっ!」


 ルシエルもハンナたちも声の方に目を向ける。

そこには、足元がおぼつかない歩きで、

こちらにやってくる女子生徒がいた。

その手は制服の胸の辺りを強く握っているようだ。 


 先ほど叫んでいた生徒だろうか。

おそらく彼女の持ち物なのかもしれない。

ハァハァと息を切らせ、顔は真っ青になっている。

それを見たシャーロットがすかさず駆け寄り肩を貸す。


「──あ、ありがとう。

いきなり走ったから少し貧血をおこしちゃって」


女子生徒はシャーロットにお礼を言い、

顔をエバンの方に向け、

今ある力の全てを声に乗せた。


「エバン、やめて。大丈夫だから。

その手を離して!」


「姉ちゃん……」


──!

「「え? お、お姉さん?」」


ルシエルとハンナが目を丸くして二人を見ている。


*  *  *  *  *


「エバンにお姉さんがいたなんて知らなかったよ。それも同じ学園に」


「いやぁ、悪い悪い。今まで聞かれなかったからさ、

それに、ルーシーだって兄弟が同じ学園にいてもみんなに言わないだろ?」


「あぁ、まぁ、確かに……」


 エバンの姉、アイリス・ヒルティは魔導科三年で、

エバンと同じ日に編入していた。

黄色みがかった髪質はさすが姉弟。

良く似ている。


「どうもありがとう。本当に助かったわ」


ルシエルに頭を下げるアイリス。


「いえいえ、そんな。

それにしても大事に至らなくて良かったです」


 アイリスは幼いころから自身の属性以外のマナと干渉しやすい体質で、

よく体調不良を起こしていた。

父親の仕事の都合で各地を転々とする中、

新しい土地に順応できず、高熱や眩暈に悩まされていた。

その後も度々貧血に見舞われ、体調は悪くなるばかりだった。

 

 そんなある日、

母はヴァレン・コールという街に良い魔法薬師がいるという話を聞きつけ、

藁にもすがる思いで街へと出向いた。


 街の人に尋ねながらようやく着いた場所は看板も無く、小さな建物だった。

奥にいた気の良さそうな男がその魔法薬師だそうで、すぐに娘の症状を相談した。

話を聞いた魔法薬師は、

すぐに生成に取り掛かり、晶石に術式を組み込ませ、

ペンダントとして完成したものを手渡した。


「ここまでとても遠かったでしょう。

娘さんもさぞ苦しい思いをされたことでしょう。

でも、もう大丈夫ですよ。

これを身につけていれば、余計な干渉を受けることはありません。

表に馬車を手配してありますから、

ささ、急いで娘さんの元へ行ってあげてください」


と言って代金も受け取らずに見送ったそうだ。


それがエバンの姉、アイリスが身につけているペンダントだった。


ペンダントを奪った男子生徒は、教師に連行された。

そんな大事なものだとは知らなかったと言っていたが、

人が身につけているもの、

ましては異性の服の中に手を入れて強奪するなどあるまじき行為。

それ相応の処分は免れないだろう。


「うちの弟、周りが見えないからみんなに迷惑かけてない? 

食べることしか考えてないのよね」

 

「ははは、食べることは否定できませんが、

みんなエバンに助けられていますよ。

食いしん坊に振り回されてる時もありますけど。へへっ」

 

 ルシエルは頭をかきながらみんなの顔を見渡した。

ハンナもシャーロットも笑みをこぼしている。

 

「なんだよ、ルーシー。

褒めてるのか貶してるのかわかんないじゃん。

え? ハンナもシャルも同意見な訳ぇ?」

 

エバンは「あー」と言いながら天を仰いでいる。


「こんな弟だけど、これからもよろしくね。

それじゃ、私は行くね」

 

手を挙げながらアイリス・ヒルティは庭園を後にした。

 

食い意地は張っているけれど、

誰にでも優しいエバンが姉からも愛されているのだと、三人はよくわかった。


そして、徐々に水色がピンク色に変わってゆく空を眺めながら、エバンは口を開いた。


「なぁ、ルーシー? 今日の晩ご飯ってなんだったか知ってる?」

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