3-2 見なければよかった
「──そう簡単にはいかないか」
詠唱を唱え、氷の槍を生み出す。
一本から二本、
三本から四本。
鍛錬を重ねるごとに本数は増やすことが出来るようになった。
だが増やすほど、一本ごとの強度は落ちる。
本来、ルシエルの得意とするものは治癒魔術である。
幼い頃から、父であるセドリック・バートンの研究所に行き、
父の手伝いをしながら、間近で魔法薬の制作過程を見ていた。
──ある時、見よう見まねで詠唱を唱えてみると、
指先に小さな淡い水色の光が宿った。
ルシエルが十五歳の時、初めて治癒魔術が出来るようになった。
父は温厚で、誰からも慕われていた。
研究所は、いつも人と薬の匂いで満ちていた。
将来、ルシエルも父の元で魔法薬を生成し、人々の役に立ちたい。
そう思っていた。
──(治癒魔術だけでは足りない。補助的な役割でもいいから、他にも出来るようにならないと)
竜に遭遇して以来、いざという時のために、
水撃魔術を取得しておこうと思い至っていた。
それに、今度のクラス対抗戦でも役に立ちそうだろうと、
思案していたのである。
学園内にはいくつもの訓練場があり、申請さえすれば誰でも使用できる。
ルシエルは水辺の訓練場にいる。
氷柱や氷壁を作り、それを氷の槍で破壊するための訓練をしていた。
──(まだ術式の構築が甘いんだろうな。今晩見直してみるか)
なかなか納得のいくものが生成できず、ルシエルは唇を噛んだ。
* * * * *
──(今日のはまさに読書日和だな)
木陰を歩いてちょうど良い場所を探している、ノエル・フロスト。
手には彼の愛読書『恋はまだ頁の途中』を大事に抱えている。
水辺なんかどうだろうかと向かってみたが、先客がいた。
──(あぁ、今日はハズレか)
ノエルは肩を落とし、仕方がないから他を当たろうと踵を返そうとしたとき、
そこにいたのがルシエル・バートンだと気がついた。
先客がルシエルと分かった途端、無性に腹が立った。
──(ルシエルごときが水撃魔術の訓練か。
ふん、たまたま竜を倒したからって調子に乗るなよ?)
その時、森の方からハンナ・クレイリッジとメルバ・ベルローズが歩いているのが見えた。
二人はルシエルには近づき、何やら楽しそうに話しかけている。
ノエルは思わず木陰に身を潜め、気配を消した。
──(な、なぜクレイリッジくんがルシエルのところへ?)
ノエルは奥歯を強く噛みながら、持っていた本をギュッと強く握る。
──(むむ。聞こえないな)
ノエルは気づかれぬよう匍匐前進で茂みに潜り込んだ。
「ねぇ、ルシエルぅ、これからお茶会をするんだけど、
一緒にどう? 焼きたてのクッキーもあるのよ?」
メルバが目をキラキラさせながらルシエルの袖を摘む。
──(なっ!平民風情がクレイリッジくんとお茶会だぁ!?)
お茶会に誘ったのはメルバなのだが、
ノエルは鼻息を荒くして、茂みの隙間からルシエルを睨みつけている。
「ありがとう。僕なんかが参加していいの?」
「もちろん、そのために探しにきたんだから。ね、ハンナ」
「うん」
「そうかぁ、ちょうどキリがいいから、お言葉に甘えて参加させてもらおうかな」
ルシエルは魔力切れ寸前まで訓練をしていたので、実のところ、甘いものを欲していたのだった。
──(おいおい、誘いを受けるのかよ?
クレイリッジくんのお茶会の誘いを受けるのか?)
ノエルの嫉妬心は針を振り切れそうになっている。
しかし、表に出る訳にはいかない。
何故そこにいたのか? そして、どうして草まみれなのか?
ノエルに答えられるはずがない。
「エバンくんも一緒にいると思ったんだけど、いないのね?」
メルバが辺りを見回す。
ノエルは息を止め、身動きひとつせずにいた。
「エバンもお茶会に誘っちゃって大丈夫なの?
アイツ、遠慮ないよ?」
「そうよねぇ、彼、胃袋モンスタ……あっ、な、なんでもない。
いつもたくさん食べるものねぇ」
メルバが目を遠くに向け、コホンとひとつ咳払いをする。
「 私の友達がね、二人に会いたがってるの。錬金科のシャーロットって言うんだけど」
鞄を胸に抱えるハンナが嬉しそうに話す。
「え? シャーロットって新入生代表の挨拶をした人でしょ?
僕の事知ってるの? エバンのことも? アイツ、編入生なのによく知ってるね」
ルシエルは目を見開き、
そして、まさか自分が知られている事に少し照れを感じ、耳を赤くしている。
「だってぇ、二人は有名人じゃない。ウフッ」
ハンナの何か言い掛けたところを、
メルバが遮る形で強引にルシエルの腕を引っ張る。
「ところで、エバンくんはどこにいると思う? 探したけど見つからなかったんだよね」
「アイツなら……ああ、たぶんあそこだと思う」
三人は校舎の方へ向かった。
そこは、しんと静まり返った室内。
「本当にここにいるの?」と二人に聞かれたルシエルは、親指を立てて見せた。
窓際の明るい席にひとり、こちらに背を向けている生徒がいる。
「ね?」
と、ルシエルは二人に微笑み、
「今日は何を貰ったんだ? 大食いさん」
背中を向けている少年はゴホッゴホッとむせ、
目に涙を溜めながら振り向く。
頬をパンパンに膨らませ、口からパスタがはみ出ていた。
「「えっ?嘘でしょ?」」
メルバとハンナは顔を見合わせて口をポカンと開けている。
「ろうひあんあよ? ひんはほおっえ」
「とりあえず飲み込んでから話しなよ。
何言ってるかわかんない」
ルシエルは慌てることなく冷静な口調で諭す。
「これ、いつものことだから。
その日のランチの残り物をシェフに頼んで取っておいてもらってるんだって。
ちょっと引くよね」
正直、ちょっとどころではない。
さっき昼食を食べたばかりなのにこれだ。
「どうしたんだよ?みんな揃って」
エバンはゴクリと飲み込み、
キョトンとした顔で三人に向かい合う。
「僕とエバンが、お茶会のお誘いを受けてさ。
焼きたてのクッキーも用意してくれたんだって」
「えーっ! クッキー⁈ 行くよ、行く! ルーシーも行くんだろ?」
言いたいことは三人とも同じだが、あえて言わない。
エバンが食べ終わるのを待ち、四人は庭園へと向かった。
一方、茂みに潜んでいたノエル・フロストだが。
三人が立ち去ったあと、強烈な孤独感に襲われていた。
制服についた葉を摘んでは、
呪いの言葉を発しながら落としている。
むぎーーーっ。
ルシエル・バートン……覚えていろ。




