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ルシエルの残響  作者: 此崎 りつ
二章 実技試験編
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2-9 揺れ動く想い

 石造りの寮は、傾き始めた陽光を浴びて鈍く輝いていた。

厚い壁に囲まれた回廊には、外界の喧騒が届かず、足音だけが低く反響する。

壁沿いには古いランプが等間隔に置かれている。

正面のステンドグラス製の窓からは、

赤や黄色、橙の光が溢れ、壁や扉を彩っていた。

その彩られた扉の向こうが、ルシエルの部屋だ。

エバンは唾を飲み込み、ひと呼吸置いてから扉を軽く二度叩く。

そっと風がエバンの顔を撫でた。

中にいるルシエルの気配を感じたエバンは背筋を伸ばし、扉が開かれるのを待つ。


キーッと小さく音を立てた扉が、エバンの足元で止まる。


「よっ」

 

最初にかける言葉はたくさん考えていた。

にも関わらず出てきたのがそれだった。

「あっ」と小さな声を漏らしたルシエルは少し痩せて見えた。

あまり食事を取れていないの。

顔色もやや青白い。

中へ招かれたエバンは整然とした室内に目を見開いた。

 

「すっげぇ綺麗な部屋だな。オイラの部屋とは大違いだ。

へー、男子でもこんなに片付いている部屋ってあるんだ。驚いた」

 

ルシエルはエバンの問いかけには答えずベッドに腰掛けた。

 

「どう?」

 

エバンはルシエルの返事をじっと待っている。

 

「うん、大丈夫」

 

「そっかぁ、安心した」

 

エバンは八重歯を見せて微笑みそれ以上の事は聞かなかった。

静かな時間が二人を包みこむ。

しかしそれは間の悪い沈黙ではない。

 

「なぁ、良かったら外の空気を吸いに出ないか? 実は、メルバとハンナも来ているんだ」

 

ベッドから腕を延ばしてレースのカーテンを少しめくると、

二人が立っているのが見えた。

ルシエルは小さく頷く。

 

ルシエルが着替えている間、エバンは部屋の中を見て回る。

自分の部屋にはない色とりどりの本や図鑑。

本棚の上には綺麗に陳列された木の実と空の薬瓶。

それらに埃はない。

それから机の方に目を向けると、

丁寧に開けられた封筒と数枚の便箋が目に飛び込んできた。

 

「おっ、手紙? 家族から届いたの? いいなぁ、オイラは手紙なんてもらっ──」


その時、背後から勢いよく腕が伸び手紙を取り上げ引き出しの中へと押し込まれた。

エバンは身体を硬直させて言った。


「ごめん、覗き見するつもりはなかったんだ」


「いや、いいんだ。出しっぱなしにしていたのがいけないから」


ルシエルの目に力はない。

エバンは弁解した通り、

覗き見するつもりはなかったのだが、

見えてしまったのだ。

それは良い知らせではない手紙だったと──。


二人の間に、静かな沈黙が満ちる。


「なあ、ルシエル。大丈夫なのか?」


「──何が?」


「いろいろ」


ルシエルは足元を睨みつけている。


「話したくなかったら話さなくていいよ。

ただ、話したくなったら言って。いつでも聞くから」


エバンはルシエルの肩に手を当てた。

手のひらに小さな振動が伝わってくる。


「オイラさ、父親のせいで小さい頃から地方を転々としていて、

親友って呼べる奴がいないんだ。

仲良くなってもすぐに別れちゃうから。

けど、この学園に入ってルシエルの後ろに座った時、

この人とは絶対に仲良くなりたいって、そう思ったんだ。

なんでだろうな?

なんとなくこの人とは一生の友達になれそうって感じたんだ。

ルシエルはそうは思ってないかもだけど」


ヘヘッと指で頬をかきながら顔をほころばせる。


「だから、オイラでよければ」


ルシエルは肩を大きく揺らし喉を鳴らしている。

やがてそれは嗚咽となり、腕で顔を拭う。

服の袖は濡れて光り、

拭いきれなかったものは足元へと落ちていく。

エバンはそれ以上は話さずルシエルを見守った。


今まで誰にも言えずに堪えていたものが一気に押し寄せた。

涙腺が決壊したルシエルはその場で泣き崩れる。

声を上げて。

涙も拭かずに。


静寂に包まれた小さな部屋で、二人は床に腰を下ろし、

エバンはあぐらをかいて静かに待っている。

そしてルシエルはゆっくりと話し始めた。

父のこと、手紙のこと、そして今までの事を全て。


*  *  *  *  *


──(この時間はいつも賑やかなのに今日はやけに静かだな)


ハンナ・クレイリッジはオレンジ色に染まる木々を眺めている。

エバンが寮に入ってからだいぶ時間が経過しているが、出てくる気配がない。

メルバ・ベルローズは今日は帰ろうかと言ったが、

もう少しだけ待ってみようと引きとめた。

時に、沈黙は残酷だ。

思い出したくもない言葉なのにどうしてもそれが全てを覆い被せてやってくる。


──試験を終えて待機していた生徒たちは突然の中止宣言にざわめいた。


「何が起こったんだろう?」


「誰かが怪我でもしたのだろうか?」


ハンナもクラスメイトとそんな話を他人事として話していたのだ。

しかし、教室に戻りそのことを後悔した。


──「ルシエルが壊れちゃったんだって」


目の前が真っ暗になった。

「大丈夫、なんでもない」 

その言葉が聞きたかったが、

担任からも「しばらく静養する」と聞かされ一気に血の気が引いた。


その後も学園側からの正式な発表はない。

ルシエルの身に何が起きたのか、誰も知らないのだ。

週明けには復帰するらしいが、

出来れば今、ルシエルに会いたい。──



寮の脇のベンチに座りエバンを待つハンナとメルバ。

入口の扉に人影が写り、

そっと扉が開き、

ふたりは頬を固くする。

そこに現れたのはエバンだ。


ハンナはベンチから颯爽と立ち上がり扉を見つめる。

高鳴る鼓動が大きくなるのが自分でもわかった。

しかし、出てきたのはエバンひとり。


──(そうだよね)


ハンナは肩の力を抜き、エバンに歩み寄ろうとしたとき、

扉の奥から影が映り、ルシエルが出てきた。


キャーと後方から黄色い声がし、メルバがハンナを追い越す。

駆け足でルシエルに近づいたメルバは両手を握りぶんぶんと上下に揺らしている。

二人の繋ぐ手を見たハンナは持っていたハンカチを強く握る。

下唇を噛み、その場を見守ることしかできなかった。

胸が苦しくなり視界がぼやけてきた。

このまま帰ろうかと思った時


──「ハンナ」


ルシエルはメルバの握る手をそっとほどいて手を振っている。


ハンナは小さく震えながら、胸のあたりで小さく手を振った。

そして、ひとしずくの涙が頬を伝った。


かすかに城下町の鐘の音が聞こえ、

直後、鳥の群れが通過して四人に影を落とした。

西の空にはオレンジと青のコントラストが現れている。

そして穏やかな風はそれぞれの想いをのせて吹き抜けた。


明日もいい天気になりそうだ。

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