2-4ベルティア祭
朝の光が差し込み煌めく校舎。
エドモンド・グレイサンはしんと静まり返った廊下を神妙な面持ちで歩いている。
下唇を少し噛みながら、目線はしっかりと一点を見つめて。
壁際で立ち止まり、軽く深呼吸をし、決意を固めた顔で一枚の紙を壁に貼り、
しばらく壁を見つめ様々な想いを巡らせた後、ひとつ頷きグレイサンはその場を後にした。
* * * * *
ルシエルは学園内でエバンと会い、途中でハンナ、メルバと遭遇し、珍しく4人で歩いていた。
「ねえルシエルぅ、今度の『ベルティア祭』は誰かと行くのぉ?」
ルシエルの隣につき、朝からやけに甘ったるい声を出すメルバに、ルシエルは半歩横にずれて
「誰とも約束してないよ。インクが切れそうだから一人で買いに行こうとは思っているけど」
「あら、同じ!私もちょうど新しい羽ペンを買おうと思ってたの。ねぇルシエルぅ?よかったら一緒に行かない?」
「え?あ、ああそうだね」
「本当?それじゃあ、何時に待ち合わせにする?」
気のない返事をしたルシエルに対し、とんとん拍子で話を進めていくメルバ、ハンナはそれを俯きながら聞いている。
エバンは『ベルティア祭』の存在は知っているが行ったことがなかった。
「なぁ、ルーシー、『ベルティア祭』ってどんな感じなの?オイラ、一度も行ったことがないんだよなー」
「あのさーエバン、何を普通にルーシーって言ってんの?当たり前のように!ったっく。
『ベルティア祭』って城下町の賑やかなお祭りだよ。他の地域から行商人も来て。
食べ物もたくさんあるし、そしてそれが安いんだよ。あとは、古書とか珍しい魔道具とか、それと──」
「えー!どんな食べ物があるの?いいなぁ、オイラも行ってみてぇなー」
「食べ物ってとこに食い付いて話最後まで聞いてないし、、、。まぁそれがエバンか。
それじゃあさ、せっかくだから四人で行ってみない?ハンナも行くでしょ?ねえメルバ、どうかな?みんなで行こうよ」
「え?あ、そうね。に、人数が多い方が楽しいもんね。そ、そうしましょ」
メルバは「お前、余計な事言ってんじゃねぇよ」と心の中でエバンを毒づきつつも無理やり口角を上げる。
──まぁいいわ。当日に二人を撒いちゃえばいいんじゃない。
と思いついた名案にメルバの気持ちは昂ってきていた。
ハンナは「うん」と小さく頷き、心の内が漏れていないか心配になり鞄を胸の前で持ち歩き出した。
城下町で開催される、蚤の市『ベルティア祭』
元々は別の名称だったが、
各露天の軒先から聞こえる小さな鈴の音色が印象的だったことから、
国王がこの名を与えた。
この祭りは年に二回開催され、
郊外からも買いに来るほどの賑わいである。
行商人が来てこの地域にはない織り物や衣類、食べ物などを販売したり、
音楽や演劇などの芸術も楽しめる祭となっている。
ここ王立アーク・ヴァルティア学園は全寮制であり、
広大な敷地内にある複数の寮で生徒たちは夜を過ごしている。
ルシエルとエバンは違う寮、ハンナとメルバは同じ寮で、
夜の寮外への外出は禁じられている。
週末は休日扱いとなり、学園から出るには事前に申請しなくてはならない。
言い換えれば、申請が受理されれば毎週末外出することも可能なのだが、
学園の周辺に娯楽施設はなく、むしろ学園内の方が遊技場、
などの娯楽施設は充実している。
けれども祭りともなれば誰もが心を躍らせる一大イベントなのだ。
踊り場から教室へ向かう途中掲示板付近で人だかりが出来ており、
何やら騒がしい。
──!
ルシエルたちは大股で人だかりへと急ぎ掲示板を見つめた。
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魔導科二年実技試験内容について
①静謐感知試験
②薬理応用実地試験
尚、薬理応用実地試験については各自用意した薬剤の使用を許可する。
詳しくはHRにて。
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ルシエル、ハンナ、メルバは絶句した。
──嘘、だ、ろ?
数種ある実技試験の内、最も困難とされる試験の名前が掲げられていた。それも二つ。
静謐感知試験とは、魔の沈黙時間と言われるほどに恐れられている試験で、自分の声、頭に共鳴する音すら聞こえず、
沈黙の結界内では一切の音が遮断された環境で試されるものであり、精神的負担の多い試験である。
一方、薬理応用実地試験は、模擬フィールドに用意された課題を魔術や自身で用意した薬などを駆使し出口まで向かうというもので、
知識と対応力が求められる。
エバンは掲示板を見つめたまま口を開けている。
文字だけでは判断できず、ルシエルたちはこの試験がいかに困難かを必死に説明していた。
* * * * *
生徒たちが待ち望んでいた『ベルティア祭』
ルシエルは一人で必要なものだけ買いに行く予定だったのだが、
話の流れ上グループで行くことになり──ルシエル本人が提案したのだけれども──
朝からやや落ち着きがない。
男子だけならまだしも女子もいることにより、何を着ていけばいいのかわからないのだ。
こんなことなら昨日のうちにエバンに聞いておくんだったと今さら悔やんでも仕方のないことを口にし、
数少ない持っている服の中から一番無難そうなシャツを選んだ。
川沿いにある白樺の林道を抜け、小高い丘に見えるのがセリエ王国の城郭、そこにそびえ立つのがセリエ城である。
そしてその麓にあるのが城下町「セルドー」石造りの家々が放射線状に立ち並び通りには用水路があり、
住人が生活用水として利用している。
普段から各地から訪れる旅人や行商人で賑わっているが、『ベルティア祭』には大道芸や交響楽団などの余興も加わり、
朝から深夜まで様々な催しがあり子供から大人まで楽しめるため、この日のために地方から来る人も多く宿屋はどこも満室だ。
ルシエルたちは正午前には到着していた。
皆それぞれ目的があるので順番に見て回ろうとルシエルが提案し、
食い意地が張るエバンの先に腹ごしらえをしようという要求は呆気なく却下され、
まずは買い物から始まることとなった。
そして、もうすぐ行われる実技試験で使えそうな薬草やその他の材料も見て買うことにした。
──「今日は楽しもう。テストのことは明日から考えればいいじゃない」というメルバの意見に対し、
せっかくこんなにいろんな材料が目の前にあるのだから見なくては勿体無いといかにもルシエルらしい意見。
ハンナはおとなしく後ろをついてまわり、エバンは物には目もくれずひたすら食べ物を物色している。
とりあえずメルバ、ルシエル、ハンナの買い物は終わり、
メルバが昼食にしようかと言いかけたところでエバンは待ちきれず
「オイラ先に行って買ってくるから、噴水の前で待っててー」
と足早に行ってしまった。
呆気に取られた三人はパイ生地が焼ける香ばしい香りに誘われて足をそちらに向けた。
そこは人気の店でお昼時も手伝って長い列をなしている。
三人は最後尾に並び、その間にメニューを考える。
「ねぇ、ルシエルぅ。このあとは少し自由時間にしない?帰りは馬車で帰れば早いから長くいられるじゃない?」
相変わらず距離の近いメルバが髪を指で丸めながら何やら含みのある言い方をする。
「うん、そうだね。そうしよう。僕も見てみたいところがあるんだ。
午後は自由時間にして時間を決めてまた噴水前で待ち合わせにしようか?エバンにも言っておくよ」
──メルバが提案してくれて助かった。どうやって切り出そうか思案していたルシエルは胸を撫で下ろした。
「そうしましょう!ね、ハンナ」
メルバはハンナにだけ見えるように片目を閉じて見せ、
ハンナは小さな声で「うん」とだけ言い、下唇を噛み視線を足元に逸らした。
出来立てパイの香りが一層濃くなりルシエルのお腹も早くとせがむように鳴ったときエバンが
「ふぉーい」と気の抜ける声で呼んでいる。
見ると、口には大きな肉の串を咥え、両手にはそれぞれ山盛りの肉料理とパスタのようなものを持ち、
長い焼きたてパンを小脇に抱えながらこちらに向かってきており、
メルバとハンナは目を見開き、ルシエルは手で顔を覆い小声で言った。
「──どうする?とりあえず知らない人のふり、しておく?」と。




