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世界の音を、君はまだ知らない  作者: 此崎 りつ
一章 学園生活編
11/17

1-10 触れる空気と違和感

やや冷たく感じる空気が今は心地よい。

遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声が疲弊していた身体を優しく包み込んでくれる。

目を閉じると森の香りがするようだ。

──この感じ、久しぶりだな。

放課後、ルシエルは今、誰もいない図書館にいる。

窓際の席に腰を下ろして足を前に伸ばして天井を仰ぎ、もう一度ゆっくり目を閉じて大きく息を吸った。


竜騒動後の騒ぎも静まり、普段の学園生活に戻りつつあるが自身の魔力に違和感を感じている。

それは針がほんの僅かに震えているようなごく僅かなズレだ。

ルシエルは手のひらを眺め、そして握った。


翌日、担任のマーレ・クルシア先生はいつもの抑揚のない声で前期最後にある実技試験について告知をした。

詳細は廊下の掲示板にあるので各自目を通しておくようにと。

実技試験はそれぞれの科に用意された、これまでの学習の成果を問う試験だ。

これに合格しないと受かるまで続く地獄の補習、再試験が待っている。

試験内容は実施日の一週間前に発表されるのだ。

ここにいる生徒で、エバン・ヒルティ以外は皆一年時に実技試験を経験しているため、教室内は騒然としている。

実技というからには身体を使うものだろう、故にそれは実践的な魔術試験なのだろうと思い心を躍らせているエバンだが、

経験者の中で同じ思いをしている者は誰もいない。


「実技試験ってなんか楽しそうだな?ルーシー」


エバンは体力測定くらいの感覚で言っているのだろう。

だが、現状は全く違う。

それを今教えていいものかルシエルは言いあぐねていた。

いや、遅かれ早かれ知るのだから今でもいいのだろう。

そう思ったら急に悪戯心が芽生えてきた。

ルシエルは目を細め、不適な笑みを浮かべながら


「そう言ってられるのも今のうちだよ?エバンくん。我々魔導科に限って言えば、実技とは身体を動かすだけではなかろう?」


ルシエルは口髭を触るような仕草をして随分と挑発的な物言いでエバンに言い寄る。


「えっ?う、嘘だろ?それって、まさか」


さっきまで楽しみだと言っていたエバンは青ざめた顔になった。


「そう、その、ま・さ・か なんだよ」


「うわあぁぁぁぁぁぁ!無理、絶対に無理だって!オイラにできる訳ないだろ⁈」


さっきの威勢はどこへやら?エバンは両手で頭を掻きむしり、机の下で足をばたつかせている。

実技試験には『静』と『動』があり、身体以外の能力が試される場面もあると言う訳だ。

先述の通り、詳細は未発表だが間違いなく『静』の試験も実施される。

地獄に突き落とされたかのような顔をしているエバンにクラスの緊張感は解れた。


ルシエルは快活に笑うが、一方でどこか冷めた自分もいることに気がついている。

一年時は今までの成果を発表できる絶好の機会とばかりに張り切っていたのだが、今年は何故か以前のような高揚がない。

それはおそらくあの時、全開で氷霧を繰り出したことによるゲートの破損が原因なのかもしれない。

ルシエルは、自身の中で何かを超えてしまった感覚が残っている。

それは良い意味での超越ではなく、おそらく悪い意味でのそれなのだろう。

超えてしまったものが何なのかは見当もつかないのだが、感覚的にあまり良いものではないと推測する。


やや置いてけぼりにしてしまったが、エバンは今も嘆いている。


そして、教室内で闘志の火が灯している者が一名いる。

以前の魔法薬の実習でルシエルに全てを持って行かれたと思い込んでいるノエル・フロストだ。


──「見ているがいいルシエル・バートン。お前なんてこの僕の手で奈落の底に落としてくれよう。クックックッ、震えて待つがよい」


教室の正反対にいるルシエルに目を細め、獲物を待つハイエナのような眼差しを送るノエルだったが、

その時ふとルシエルと目が合い、慌てて逸らした。



放課後、ルシエルは昨日と同様に図書館へ向かった。

少しざわついている気持ちを落ち着かせるには誰もいない図書館が最適な空間なのだ。

扉に手をかけた時、ふわりと柔らかい何かを感じ、肩を小さく振るわせた。

図書館の中央付近にひとり生徒が見える。

近づくとそれはハンナ・クレイリッジだった。


「やあ、ハンナ、ひとり?」


ルシエルはハンナの向かい側に座り、カバンを置いた。

窓から差し込む西陽がハンナの髪を明るく照らす。

ハンナは口角を上げ「うん」と頷く。


「さっき、エバンくんちょっと面白かったね。笑っちゃいけないんだけど」


「すっごく焦ってたね。まさか身体を動かさない実技試験があるとは思っていなかったんだろうねぇ」


くつくつと笑うルシエルを見てハンナは


「わたしはエバンくんの反対で、実践的な実技が苦手だから不安だなあ」


「僕もだよ。身体を使う方は苦手なんだよね。こればっかりは対策の取りようがないからなあ」


どうやら二人にも実技試験に対する不安要素はあるようだ。

静かな図書館に小さな笑い声がふたつ、それらはやがて穏やかな空気となって溶けてゆき、

紙とインクの匂いがルシエルの鼻腔を刺激し、いつになく二人を饒舌にさせた。


この穏やかな空気が、やがて彼らを試すものへと変わることを、まだ誰も知らなかった。

ここまでご覧いただきありがとうございました。

ここで1章はおしまいです。

よろしければ評価やリアクションなどを頂けたら幸いです。

2章からも引き続きよろしくお願いいたします。


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