悪役令嬢に転生したけど、断罪イベントで誰も来なかった
真っ白な空間で、私は目を覚ました。
「……ここは?」
周囲を見渡す。何もない。壁も床も天井もない、ただ白い空間。
そして——目の前に、誰かが立っていた。
中性的な青年。
サイズの合っていないとんがり帽子。星柄のマント。「MAGIC」と刺繍されたチープな杖。
胡散臭い——魔法使いのコスプレ。
「やあ、初めまして」
青年が、疲れた目で言った。
「私は転生神ツクヨ。あなたを担当することになりました」
「転生……神?」
「はい。あなたは——死にました」
「……ああ」
私——桐谷美咲、27歳、独身、会社員——は、なんとなく理解した。
確か私は、残業帰りに階段を踏み外したはずだ。
スマホで乙女ゲームの攻略サイトを見ながら歩いていて——
「過労+不注意による転落死、ですね」
ツクヨが、淡々と言った。
「スマホ歩きは危険ですよ」
「……今更言われても」
「ですよね」
ツクヨが、苦笑した。
「さて——本題です」
ツクヨが、表情を改めた。
「あなたには、異世界に転生してもらいます」
「異世界転生……!」
私は、目を輝かせた。
乙女ゲームが大好きな私にとって、これは夢のような話だ。
「どんな世界ですか!? イケメンはいますか!?」
「落ち着いてください」
ツクヨが、呆れたように言った。
「転生先は——あなたがプレイしていた乙女ゲーム『ローズ・オブ・エルディア』の世界です」
「え……!?」
私は、目を見開いた。
『ローズ・オブ・エルディア』——
私が死ぬ直前まで攻略していた、大人気乙女ゲームだ。
「しかも——」
ツクヨが、少し申し訳なさそうに言った。
「転生先は——悪役令嬢、エレノア・クレストウッドです」
「悪役令嬢……!?」
「はい。ヒロインをいじめて、最後は断罪されて破滅する——あのキャラクターです」
「……」
私は、固まった。
エレノア・クレストウッド。
侯爵令嬢で、王太子の婚約者。
ヒロインに嫉妬して、数々の嫌がらせをする悪役令嬢。
そして最後は——王太子に婚約破棄を突きつけられ、断罪される。
「破滅エンド確定じゃないですか!」
「まあ、そうですね」
ツクヨが、淡々と言った。
「頑張ってください」
「頑張ってって——!」
「転生を開始します」
ツクヨが手をかざした。
白い光が、私を包み込む。
「ちょっと待っ——!」
私の声は、光の中に消えていった。
*
気がついたら、豪華なベッドの中にいた。
天蓋付きの大きなベッド。シルクのシーツ。豪華なカーテン。
「……本当に転生したのか」
私は、ゆっくりと起き上がった。
鏡を見ると——
見事な金髪。蒼い瞳。整った顔立ち。
間違いない。エレノア・クレストウッドだ。
「お嬢様、お目覚めですか」
ドアが開いて、メイドが入ってきた。
「本日のご予定ですが——」
「待って」
私は、メイドを止めた。
「今日は何月何日?」
「エルディア暦315年、秋の月の1日ですが」
「秋の月の1日……」
私は、記憶を辿った。
ゲームの設定では——
「学園3年目の秋……断罪イベントまで、あと半年か」
原作では、エレノアは学園3年目の春——卒業パーティで断罪される。
王太子に婚約破棄を突きつけられ、侯爵家は没落し、エレノアは国外追放。
それが——悪役令嬢エレノアの「破滅エンド」だ。
「……どうしよう」
私は、考えた。
普通なら「破滅フラグを回避しよう!」と頑張るところだ。
ヒロインに優しくして、王太子との関係を改善して——
でも——
「……面倒くさいな」
私は、ため息をついた。
前世でも、人間関係に疲れていた。
上司の機嫌を取り、同僚の愚痴を聞き、後輩のフォローをして——
正直、もう疲れた。
「いっそ——」
私は、決意した。
「さっさと断罪されて、田舎で静かに暮らそう」
破滅フラグを回避するのではなく——むしろ、積極的に破滅する。
国外追放されれば、王太子との婚約も解消される。
そうすれば——自由だ。
「よし、決めた」
私は、ベッドから起き上がった。
「悪役令嬢らしく、悪役らしく振る舞おう」
*
それから半年間——
私は「悪役令嬢」として振る舞った。
ヒロインに嫌味を言い——
「あなた、その服はなんですの? 田舎者丸出しですわね」
王太子に冷たくし——
「殿下、私に構わないでくださいませ。どうぞ、あちらの令嬢とお話しください」
貴族令嬢たちにも辛辣に——
「皆様、もう少し勉強なさったらいかがですか? 基礎的な知識もないなんて、恥ずかしいですわ」
我ながら、完璧な悪役令嬢だと思った。
これで断罪イベントは確実だ。
*
そして——卒業パーティの日。
豪華な会場に、貴族の子息令嬢が集まっている。
「いよいよですわね……」
私は、ドキドキしながら会場に入った。
原作では、この場で王太子が「エレノア、婚約を破棄する!」と宣言する。
そして、エレノアの悪行が暴かれ、周囲から糾弾される——
「早く断罪されないかな……」
私は、王太子の姿を探した。
いた。王太子——レオナルド殿下。
金髪碧眼の完璧なイケメン。
原作では、ヒロインに一目惚れして、エレノアを断罪する張本人だ。
「殿下——」
私は、王太子に近づいた。
さあ、断罪を——
「エレノア」
王太子が、私を見た。
「今日は……ありがとう」
「……え?」
「この半年間——お前には、感謝している」
「感謝……?」
私は、困惑した。
何を言っているんだ、この人は。
「お前の——率直な言葉のおかげで、救われた者が多い」
「は……?」
「本当のことを言ってくれる人は、貴重だからな」
王太子が、微笑んだ。
——待て。
何かがおかしい。
*
「エレノア様!」
ヒロイン——平民出身のリゼット——が、私に駆け寄ってきた。
「今日は、お話しする機会ができて嬉しいです!」
「え……あなた、私を恨んでないの?」
「恨む……? どうしてですか?」
リゼットが、目を丸くした。
「エレノア様は——私に本当のことを教えてくれました」
「本当のこと……?」
「『田舎者丸出しですわね』って、言ってくださったでしょう?」
「……言った」
あれは、嫌がらせのつもりだったのだが。
「あのおかげで、私は自分の服装を見直すことができました」
リゼットが、にっこりと笑った。
「今の私の服——エレノア様に見立てていただいたものを参考にしてるんですよ」
「……参考に?」
「はい! エレノア様は、いつも素敵な服を着ていらっしゃるから」
「……」
私は、固まった。
——ちょっと待って。
これ、嫌がらせになってなくない?
*
「エレノア様!」
今度は、貴族令嬢たちが私を囲んだ。
——来た。
これが、糾弾の始まりだ。
「エレノア様——いつも、ありがとうございます」
「……は?」
「私たちに、勉強の大切さを教えていただいて」
令嬢の一人——オリヴィア——が言った。
「『恥ずかしい』と言われて、最初は悔しかったんです」
「……」
「でも——本当に勉強してみたら、楽しくなって」
オリヴィアが、にっこりと笑った。
「おかげで、今は歴史が大好きになりました。エレノア様のおかげです」
「……私のおかげ?」
「はい! 本当のことを言ってくれる方は、貴重ですから」
「……」
私は、頭が混乱してきた。
——おかしい。
絶対におかしい。
私は悪役令嬢として振る舞っていたはずなのに——
なぜか全員に感謝されている。
*
「さて——」
王太子が、会場の中央に立った。
「皆、注目してくれ」
——来た!
これだ! 断罪イベント!
「本日は——重大な発表がある」
王太子が、私を見た。
——さあ、婚約破棄を宣言するんだ!
「エレノア・クレストウッド」
王太子が、私の名前を呼んだ。
「はい……!」
私は、ドキドキしながら答えた。
さあ、破滅エンドだ——!
「我が婚約者として——これからもよろしく頼む」
「…………は?」
私は、固まった。
「エレノア、お前は素晴らしい女性だ」
王太子が、にっこりと笑った。
「本音で話してくれる人は、貴重だからな」
「ちょ——ちょっと待って……!」
「卒業後は、正式に婚約の儀を行う。そのつもりでいてくれ」
「え、あ、その——」
「皆も、祝福してくれ」
会場から——拍手が起こった。
「おめでとうございます、エレノア様!」
「殿下とお似合いですよ!」
「素敵なカップルですわ!」
私は——呆然と立ち尽くした。
*
「……何がどうなってるの」
パーティ後、私は一人で庭園にいた。
断罪イベントは——起きなかった。
むしろ——婚約が強化された。
「破滅エンドのはずだったのに……」
私は、頭を抱えた。
「あ、あなた——」
声がして、振り向いた。
ヒロイン——リゼットが立っていた。
「……何か用?」
「エレノア様——ちょっと、お話ししてもいいですか?」
「……どうぞ」
リゼットが、私の隣に座った。
「実は——私、分かってるんです」
「何が?」
「エレノア様が——わざと嫌われようとしていたこと」
「……!」
私は、目を見開いた。
「最初は、本当に嫌な人だと思いました」
リゼットが、苦笑した。
「でも——おかしいんですよ。エレノア様の『嫌がらせ』」
「おかしい……?」
「だって——全部、ためになることばかりなんですもの」
リゼットが、私を見た。
「『田舎者丸出し』って言われて気づきました。私の服、本当に場違いだったんです」
「……」
「『もっと勉強しろ』って言われて気づきました。貴族社会では、基礎的な教養が必要なんです」
「……」
「エレノア様——本当は、私たちのことを心配してくれてたんじゃないですか?」
「……」
私は、黙った。
——違う。
私は、ただ嫌われたかっただけだ。
破滅エンドを迎えて、自由になりたかっただけだ。
でも——
「……もしかして」
私は、気づいた。
前世の私は——「嫌な言い方」しかできない人間だった。
上司に意見するとき、いつも角が立った。
同僚にアドバイスするとき、いつも嫌われた。
正しいことを言っているのに——なぜか伝わらなかった。
でも——この世界では。
「悪役令嬢」という肩書きがあるおかげで——
「本音を言う嫌な人」ではなく、「本当のことを言ってくれる貴重な人」として受け入れられている。
「……そういうこと」
私は、笑った。
「前世では——私の『本音』は、嫌われるだけだった」
「前世……?」
「でも、この世界では——『悪役令嬢の辛辣な言葉』として、受け入れてもらえた」
「……?」
リゼットが、首を傾げた。
「ごめんなさい、よく分からないけど——」
リゼットが、笑った。
「エレノア様が良い人だってことは、皆、分かってますよ」
「良い人……私が?」
「はい。だから——断罪イベントなんて、起きなかったんです」
「……」
「誰も、エレノア様を悪く思ってないですから」
リゼットが、にっこりと笑った。
「これからも——本当のこと、言ってくださいね?」
「……」
私は——少し、泣きそうになった。
*
その夜——
私は、夢の中でツクヨに出会った。
「やあ、お久しぶりです」
ツクヨが、相変わらず胡散臭いコスプレで立っていた。
「あなた……! あれはどういうことですか!?」
「あれとは?」
「断罪イベントが起きなかったんですけど!?」
「ああ——」
ツクヨが、苦笑した。
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって——!」
「あなたの『悪役ムーブ』——全然、悪役じゃなかったですからね」
「え……」
「本当のことを言う人は、最初は嫌われても、最後は感謝されるものですよ」
ツクヨが、にっこりと笑った。
「あなたは——前世でも、そうだったはずです」
「……」
「ただ、前世では——受け入れてくれる環境がなかっただけ」
「……」
「この世界では——あなたの『本音』を受け入れてくれる人たちがいます」
ツクヨが言った。
「だから——楽しんでくださいね。この人生」
「……」
私は、少し考えた。
前世では——「嫌な奴」として孤立していた。
でも、この世界では——「本音で話してくれる人」として受け入れられている。
同じ私なのに——環境が違うだけで、こんなにも違う。
「……分かりました」
私は、笑った。
「楽しみます。この人生」
「それは良かった」
ツクヨが、満足そうに頷いた。
「では——また何かあれば、夢で会いましょう」
「……ありがとう、ツクヨ」
「いえいえ」
ツクヨが、手を振った。
「良い人生を——悪役令嬢さん」
*
翌日から——
私は「悪役令嬢」として、堂々と生きることにした。
本音で話す。思ったことを言う。嫌なことは嫌と言う。
前世では嫌われたそれが——この世界では、受け入れられる。
「エレノア様、今日も辛辣ですわね」
オリヴィアが、笑いながら言った。
「当たり前ですわ。私は悪役令嬢ですもの」
「そうでしたわね」
オリヴィアが、くすくすと笑った。
「でも——本当のことを言ってくれるエレノア様が、大好きですわ」
「……そう」
私は、少し照れた。
「エレノア」
王太子——レオナルド殿下が、私のところに来た。
「今日も——率直な意見を聞かせてくれ」
「……何を」
「政策についてだ。お前の視点からの意見が欲しい」
「……私の意見なんて——」
「お前は、本当のことを言ってくれる。それが——貴重なんだ」
レオナルド殿下が、真剣な目で言った。
「建前ばかりの宮廷では——お前のような人間が必要だ」
「……」
私は——少し、嬉しくなった。
「分かりました、殿下」
私は、笑った。
「では——遠慮なく、言わせていただきますわ」
「ああ、頼む」
「殿下の——その髪型、ちょっと古くありませんこと?」
「……は?」
「もう少し、今風にした方がよろしいですわ」
「い、今風って——」
「それから、その服の色合いも——正直、センスがありませんわね」
「待て、政策の話では——」
「政策の前に、見た目ですわ。民の前に立つ者として、もう少し——」
「分かった! 分かったから!」
殿下が、慌てて言った。
「髪型と服は——考え直す!」
「それはよかったですわ」
私は、にっこりと笑った。
周囲の貴族たちが——くすくすと笑っている。
「エレノア様——本当に容赦ないですわね」
「当然ですわ。私は——悪役令嬢ですもの」
*
そして——
私は、この世界で生きていくことにした。
悪役令嬢として。
本音で話し、思ったことを言い、嫌なことは嫌と言う。
それが——私の生き方だ。
「エレノア様——今日も素敵ですわ」
侍女のマリアが、笑いながら言った。
「当たり前ですわ」
私は、笑った。
「私は——悪役令嬢ですもの」
*
断罪イベントは——最後まで、起きなかった。
誰も、私を断罪しようとは思わなかった。
むしろ——
「エレノア様、今日もお願いします」
「本当のこと、言ってくださいね」
「辛辣な意見、待ってますわ」
皆が——私の「悪役ムーブ」を待っている。
「……想定外なんですけど」
私は、苦笑した。
でも——悪くない。
前世では孤立していた私が——
この世界では、受け入れられている。
同じ「本音で話す私」なのに——
環境が違うだけで、こんなにも違う。
「ありがとう——ツクヨ」
私は、空を見上げた。
「この世界に——転生させてくれて」
青い空に——白い雲が流れている。
私は——悪役令嬢として、幸せに生きていく。
本音で話せる、この世界で。
(完)
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