表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

〈3〉龍化練習

日が改まった夕方。ジンヤオ達四龍は放課後、教室に集められた。

教室の窓の向こうは淡い灰に包まれている。

雲が空を覆い、温度のない明るさが漂っていた。外の景色は輪郭をなくし、数ある遠くの建物さえ霞んで見える。時折雷のゴロゴロと言う音が鳴り響いた。

「よ!メガネ!今日も元気そうだな!」

ジンヤオが弾んだ声を放つと、机に突っ伏していたズイリンがゆっくりと顔を上げた。

その表情には、うんざりした色が浮かんでいる。

「お前はこれが元気に見えるほど脳が溶けているのか?」

ズイリンの目の下には濃い隈が出来ていて、明らかに不健康な顔色だった。

「ズイリン、なんかあったの?大丈夫?」

前方で読書をしていたセイゲツが、眉を下げてズイリンの顔を覗き込む。

「ああ、ズイリンは昨日僕と一晩中囲棋で遊んでたんだ。心配させちゃってごめんよ」

「シユ、お前も徹夜したのになんて健康そうな顔色をしてるんだ...すげえよ...」

「え?お前ら仲良いの?」

自分が投げかけた話題のくせに窓の外を見ていたジンヤオが、意外そうな顔で振り返る。

「うん、僕らは生まれたすぐ後同じ宮廷育成院で育てられたんだ。ジンヤオは国の関係者の血縁なだけあって、もっと格式高い所で育てられたみたいだけどね。」

まあ、龍の皆んなは結局格式なんて関係ないよ。シユは最後にそう付け足した。

ジンヤオは心底つまらなそうな顔をした後、大きく欠伸をする。鋭い八重歯がキラリと光り、セイゲツは心臓が高鳴った。

「そ、そう言えばだけどね、私達、なんで教室に集められたんだろう?」

「そう、俺ら四龍だけだもんな。なんだろ」

「かれこれ十分は経つよね。流石にそろそろ誰か来るんじゃない?」

セイゲツはズイリンとシユの言葉にうん、うんと頷いた後、ジンヤオの顔を伺い反応を待つ。

ジンヤオが嫌悪を露わにしセイゲツを睨んだ時、セイゲツはジンヤオが意地でも反応しないでみせている事を理解した。

悲しい感情と恥ずかしい感情に襲われ、赤くなった顔を髪で隠した。

話題が途切れ、静けさに包まれた教室。

少し気まずくなったセイゲツが口を開きかけた時、勢いよく教室の扉が開く。

「四龍様方、待たせたな」

黒色の官服を纏った老人が、ゆっくりと足を運んで現れた。

背は少し丸まり、手も細く弱々しい印象だった。しかし、眉間の皺や眼差しには長年の研鑽が滲み、静かな威厳を放っていた。

知り合いなのか、ズイリンとシユが喜びを露わにして手を振る。

ジンヤオは、顔に小さな困惑を浮かべながら眉を吊り上げる。

「なんだよジジイ、俺を十五分も待たせやがって」

そう言い放ったジンヤオに、老人は真っ直ぐな眼光を向けた。だが、一秒も経たないうちに、安心感のある柔らかな表情へと変わる。

「すまんすまん、便所が長引いてしまっての...ところでジンヤオ、貴方様が二又の龍子かな?」

「なんだよジジイ、老眼でこの龍の尾が見えないのか?」

そのあまりの失礼さに呆れているシユ、ズイリンを傍目に、ジンヤオは二つの尻尾を交互に振る。

「安心せい、目は見えておりますぞ!....そうかそうか...この国に二又の龍子が....めでたい、めでたい」

心から嬉しそうに笑う老人を見て、ズイリンはかなり気に食わなそうな顔をした。

「爺さん、こいつ、たまたま二又の龍でちょっと炎も大きいからって買い被り過ぎですよ。聞きました?貴方の事を初っ端からジジイと」

そう言うズイリンの隣で、シユは苦笑いし肩をすくめた。

老人はズイリンを見て優しく微笑む。

「ズイリン、お前はジンヤオが気に食わないか?」

「多分このクラス全員ジンヤオが嫌いっすよ。」

セイゲツがぶんぶんと首を振ったのは、誰も気が付かなかった。

「やはりな、そんな感じがしておったわ!まあ、同じ四龍じゃ.....共に過ごしていくうちにいつか互いを分かり合える日が来よう。」

ムリムリとでも言いたげな顔をしたズイリンにまた微笑んで、老人は「着いてこい」と歩き出す。

不機嫌そうに眉をひそめるジンヤオをゆるんだ顔で眺めていたセイゲツが、教室の入り口で盛大にすっ転んだ。



「.....ここは....ロン・ヤ祭の時の広場?なんでこんな所に来たんですか?」

時折空を裂く雷鳴に顔をしかめながら、シユは辺りを見回す。

そこは、四龍達に非常に見覚えのある所であった。祭式の際の熱気ある雰囲気とは打って変わり、銀色の手すりは灰色に霞んで、砂利のせいか空気が砂っぽかった。

老人はしばし曇天を仰ぎ、深く息を吐いた後、静かに四龍たちへ視線を戻す。

「今から貴方がたには龍になる練習をしてもらう。」

一同に困惑の色が浮かんだ。

「お爺ちゃん、私達、もう龍だよ?」

「龍では無い。龍人であろ?....ではセイゲツ、ジンヤオを見ておれ」

「は?俺?」

ジンヤオは元々不機嫌な表情を曇天よりも曇らせて、老人とセイゲツをじろりと見た。

「ジンヤオ、雷じゃ」

「そうだな、今日は雷だな。」

全くなんだよと言う様に、ジンヤオは曇り空を見上げる。

天を仰いだジンヤオの頬を生ぬるい風が撫でた時、空に雷が一閃した。

その刹那だった。

彼の身体の内側から、何かが目を覚ましたように光が走る。

薄群青の瞳が、深紅へと溶けていく。

皮膚は光を弾き、赤い鱗が連なり始める。

轟く音がその広場を、大地を、天を、震わせた。

そこに現れたのは、紅蓮の龍。

炎のように揺らめく立て髪をまとい、天を仰ぐ巨体。

厚い雲さえもが、まるで彼に道を空けるように割れていった。

辺りには突き刺す様な強風が吹き荒れる。

三人が唖然としている一方で、老人は手を叩き喜ぶ。

「素晴らしい!!やはり二又の子!!真紅の龍じゃ......素晴らしい.....これは....」

「お、お爺さん、これ、これ、戻れるよね?」

セイゲツが状況を理解し始め、真っ赤に火照った顔で老人の服を引っ張る。

「心配するな!本人の意思で戻れるぞ」

「.....すごいな........」

シユがそう呟いたからか、ズイリンがハッと我に返った。

「爺さん、俺も出来るか!?ジンヤオの奴、先越しやがって許さねえ!!」

そう叫んだズイリンの隣を、龍になったジンヤオが勢いよく滑り込む。

立っていられない程の豪風が皆を襲う。砂利が舞い、風が巻き上がる中、龍の身体は揺らぎ、鱗が光を失って人の形へと変わっていった。

そのまま地面に倒れ込むように着地し、ジンヤオは無造作に砂利へ手をつきながら口元を拭った。

「〜〜っっ体!!いってえええ!!」

座り込んでいたセイゲツは立ち上がり、痛みに呻くジンヤオの元へと駆け寄る。

「すごい!すごいよ....!痛いの?大丈夫?でも、でもすごかった、私、私、見惚れちゃった!」

「こっち来んなカス!!」

そう叫んだジンヤオ、拍子に体の何処かが痛んだのか、また苦しそうに呻いた。

「ジンヤオ、君に初めて感心したよ.....!」

シユは駆け寄りこそしなかったが、口元に浮かんだ小さな笑みが、驚きと称賛を静かに伝えていた。

「では、次はセイゲツにするかの。セイゲツ、光を見るのじゃ」

「光?」

雷の事かな、そう思ったセイゲツは空を見上げる。

ジンヤオが雲を退けてしまったせいか、雷が現れるまで数分掛かった。

雷鳴が走りセイゲツの体が静かに震えた後、空気が軋むようにざわめき、足元の砂利が微かに跳ねる。

彼女の瞳が優しく輝くと、肌を覆っていた光が紺青に染まり、次第に全身から龍の輪郭が立ち上がった。

砂塵を巻き上げながら、紺青の龍は空へと跳躍し、風を裂くように旋回する。

光を反射する鱗はとても美しかった。

セイゲツはジンヤオの四倍程天空に留まっていて、ようやく痛みのピークを超えたジンヤオが舌打ちを何度も鳴らしていた。

紺青の龍は光を揺らしながら溶けて、広場にそっと着地する。

龍の形は消え、曲線は人の姿に変わった。

「セイゲツ、すげえ!どっかの誰かさんよりずっと長いじゃねえか!」

ズイリンの言葉に照れながらも、セイゲツは申し訳なさそうにジンヤオを見た。(ジンヤオは地面に唾を吐きたくなった)

「でも爺さん、ただ光を見ると言うだけだったら今までいくらでも龍になれたはずだよね....それはどう言う事?」

そのシユの表情からはなんとなく予測が付いてそうな感じであったが、確認の為に聞いたのだろう。老人ははにかんだ。

「簡単なこと、しかしその概念なくしては何も為せぬ。ジンヤオはワシのほんの少しの言葉によって、心の奥底に微かな概念を呼び覚まし、龍の姿へ変じた。全く……神秘の如き力よ。」

そして最後にこう付け足した。

「セイゲツ、貴方様は他の三人とは違い様々な面で劣っているな?だが、今のを思い出してみろ。天性の才能があるジンヤオをも、龍になる事だけは貴方様が越したのじゃ。それを己の才と覚えておれ」

ジンヤオの顔は老人が言葉を放つ度に険悪な表情へと変わって行ったが、面倒臭くなったのか何も言わなかった。

「.....!うん!ありがと、お爺さん!でも、でも、ジンヤオも本当に憧れだよ!すごいよ!」

ジンヤオは重い鋼が粉々になったかの如き顔をした。

老人にこの二人はまた今度にするかと言われたズイリン、シユの機嫌は良いものでは無かったが、自分達について知る事が出来た皆...ジンヤオ以外はどこか満足気だった。

二匹の龍の姿を見かけた幸運な市民達は、この上なく喜び、涙を流しながら喜び合っていたであろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ