〈2〉リエリエ
教室に入り、鞄を荷物棚に投げ入れ、机の上にドカッと足を乗せる。
登校中延々と注目されていて気分が良かった。母親が国の関係者な事、二又の龍だと言う事、昨日の事.....。ジンヤオはまた少し気持ちが高揚した。
「全く、他の龍は見込みなさそうだな!見たか?あの炎の大きさ」
そう言ってジンヤオがハハッ!と高らかに笑い声を上げると、周りが自分に怯えるのが分かった。
龍でもなんでもないお前らなんて、この富豪校に入ってさえしても価値なんてないんだよ!
気分が良い。
しかし、その満ち足りた気持ちも束の間だった。
「おい、お前」
どうやら昨日のメガネだ。
ジンヤオが無視すると、鋭い拳の一撃が飛んできた。それをひらりと飛んで躱して、机の上に乗る。
「って、この机めっちゃ軋むじゃねえか....」
大袈裟に顔を顰めて見せ、降りた後「龍様を入れる学校にゴミ置くんじゃねえよ」
とボヤいた。
「それでゴミは無いんじゃないか」
殴ってきたメガネは鋭利な眼光でこちらを睨み付ける。
龍特有の細長い瞳孔だ。ジンヤオはこんな奴が自分と同じ龍な事に嫌悪感を覚えた。
「お前、ジンヤオ、昨日のあれ。随臣からの台本と全く違っただろ」
「メガネよりは出来が良かっただろう?」
メガネは「メガネ」を自分の事では無く物の名詞である「メガネ」だと思ったらしく、一瞬キョトンとする。馬鹿すぎるぞ、こいつ。
「は、はあ!?俺はな、ズイリンって言う名前があるんだよ!」
「本当の事だから別にいいだろ」
そう言って舌をちろっと出してやると、メガネは一瞬で諦めたらしい。
「それで話に戻るが......あの祭りは幾千年も続く伝統的な行事なんだよ お前がその伝統ある台本をさらっと変えていい事は全く無いんだ!お前と居ると俺らの評価も落ちかねないからこれからそこは気を付けろ、分かったか?」
「そうか?むしろ評価を上げたと思ってたんだけど」
「.....あの炎は凄かったけど.....違う、そうじゃない!そうした結果じゃなくてそう言う事をするその性格に問題があるって言ってんだ!!だからそこのな...」
「凄かった?ありがとうな!」
再度メガネの攻撃を躱すのは赤子の手を捻るより簡単だった。
「怖すぎるだろお前、ほぼ初対面なのに相手の事を知ろうともせずに殴ってくるなよ」
「もうお前の事は充分に知れたよ。そう、つまりお前の性格がそれだけ浅いって事だ」
メガネはいつのまにかジンヤオを名前を呼ばなくなっていた。これでお互い様だ。
もう少しで新学期一番最初の授業が始まると言うのに教室の後ろで喧嘩を繰り広げている二人を見て、一年五のクラスの生徒は呆れと恐怖、それぞれの感情でこの龍達を傍観していた。
そこに新たな風が吹いた。
「絶対やると思った.....」
そう言って、鞄を背負ったまま二人の中に割って入ったのはシユだった。
「ほらバカ龍二人、もう最初の授業始まるよ」
「「バカ.......!?」」
「い、い、今入ったらセーフ、今入ったらセーフ、今入ったらセーフ!間に合って!!」
シユに掴み掛かろうとしていたジンヤオは、駆け込んできたセイゲツと共に激しい音を立て床に倒れ込んだ。教室の生徒達の数人がビクリと反応する。
二人でドミノ倒しになり、恐る恐る顔を上げたセイゲツ。自分が押し倒しているのがジンヤオだと気付いたらしい。
「きゃああ!?ジンヤオ君、ごめんね!!」
顔を真っ赤にしているのを隠す様に両手と尻尾で顔を覆う。ジンヤオは苛立った。
「早く退けよ」
我ながら痛烈な一言だとジンヤオは思った。セイゲツが元々赤い頬をリンゴの様に赤くし「ごめんね、ごめんね!」と言いながら席に向かって行く様子を見て、ジンヤオはしてやったりと薄ら笑いを浮かべた。
授業中、やたらとこちらを睨むズイリンとこちらをチラチラ見てくるセイゲツが鬱陶しかったが、一時限目、二時限目の時間は難なく過ぎ去って行った。
三時限目に入る前の十分前、ジンヤオは非常に悩んでいた。
ジンヤオは無言で歩いているのだが、大理石の床を踏み歩く自身の後ろで、もうひとつ小さな音がぴたりとついてくる。
振り返らなくてもジンヤオには分かる。セイゲツだ。
距離を取るでもなく、妙に近いのがジンヤオの苛立ちを加速させた。
ジンヤオは眉をひそめ、歩幅を広げた。
その女も慌てて足を速める。
「あのな....」
「ご、ごめんね!鬱陶しいよね....ご、ごめんね!でも私ね、ジンヤオ、貴方と仲良くなりたいの!私、セイゲツって言って...」
「気持ち悪いって俺が思ってんの分かる?そのちまちました喋り方すごい腹立つんだよね。もう付いてくんな!」
セイゲツは酷く傷心した様だった。しかし、それでもセイゲツはめげない姿勢を見せる。
「そう言われても、私、大丈夫だよ!だって、その......私、貴方の事.....」
ジンヤオ心底この女に憎しみが湧いていた。へにゃへにゃした喋り方。龍のくせして、常に自信無さげな表情。媚びた様に赤らめた顔。周囲に居る生徒からの好奇の目。今ここにメガネが居なくて良かったと心から思う。
ジンヤオがどうにかしてこの女を絶望のどん底へ叩き落とせないかと必死に思考を巡らせている所に、黒髪の影がすれ違った。金の瞳が、ふとこちらを見た気がする。
これだ!!
ジンヤオはこれ程天の才に恵まれている自分に感心して、ため息が出そうになった。
黒髪の女の肩へ強引に手を回し、自分の元へと引き寄せる。自分と並べてみると分かる、背の高い女だった。
「クソ女には言ってなかったっけ?俺、こいつと付き合ってるから」
龍は国の宝だ。いくら富豪の娘息子が集まるこの学校の生徒でさえ、そんな俺に逆らえるはずが無い。良い考えだ。そう思った。
「ほら、俺の彼女、行こうぜ!」
その黒髪は俺になされるがままだった。所詮人間ってヤツだ。
セイゲツは呆然と俺と黒髪を見送っている様だった。その青ざめた顔に今日一日分の元気を貰えた気がする。もしかすると今のをセイゲツを突き放したいと言う意思表示では無く、俺とこの黒髪が本気で付き合ってるんだと思ってるんじゃないか?まあ、そこまで馬鹿では無いか...。
「あー!気分良いー!」
そう言って黒髪の肩に回した手を乱暴に離す。この黒髪も俺に貢献する事が出来て多分嬉しいだろ!そんな適当な思考を、ジンヤオは巡らせた。
だから、黒髪が俺に反抗するのは全く持って予想外だった。
「君、堂々としたクズっぷりね」
滑らかでガラスの様な声だった。黒髪は言う。
「お?なんだ?龍様に反論か?」
退学させるなんて屁でもないんだぞ、とジンヤオが口を開きかけたが、黒髪はまた言った。
「あはは!なんでそうなるの?君が気に入ったって言ってるの」
黒髪が耳に艶やかな髪を掛ける。
「あたしリエリエ。私達、結構相性良さそうじゃない?」
クソ女が自己紹介をした時とはまるで違った。
リエリエがジンヤオの胸をしなやかな指で撫でた時、ジンヤオは初めてリエリエが絶句する程の美女と言う事に気が付いた。




