進展
「ホウが来た?」
夕食を食べているときにホウが来た話をすると、ヨウは呆れたような顔をした。
「いつの間に出かけていたんだあいつ……忙しいのによくできるな……」
やはり偉いひとは忙しいらしい。どんな仕事をしているか想像もできないが、目が回るような仕事量なのだろう。
「なんかヨウさまのことばかり話していましたよ。だからホウ様がどんな人かはあんまり分からないままでした……」
「僕のことを心配して来たな、あいつ。まったく、自分の仕事に集中すればいいのに……」
ヨウは困ったように眉尻を下げた。しかし、嫌がっているようには見えない。
「ヨウさまのことが心配で来たんですか?ヨウさま、あのときはいなかったのに」
「僕の人付き合いの悪さは折り紙付きだからな。君に僕がどんな人間か説明しに来たんだろう」
そう言われるとヨウの話ばかりしたのも納得がいく。そもそも、友人であるヨウがいないのに、何故この家に来たか疑問であったが、これですっきりした。
「強くて優しい方っていうのはもう分かってましたけど、ヨウさまがホウ様と仲良しだってことは初めて知りましたね」
リーメイは一瞬頭によぎったことを潜め、下げていた視線を上げて笑った。
「……あいつは物好きなんだ。僕みたいのによく積極的に話しかけられるものだ」
ヨウは目を伏せる。先の方で床をなぞるように尻尾を揺らした。
「あの方、全然気にしてなさそうですもんね。ヨウさまの性格が良いって話ばっかりでしたし」
「そうだな。あいつ、自分より成績がいいからって理由で話しかけてきたからな。
僕が邪竜の力を継いでいることなんて興味がないんだろう。」
「……そういえば、ヨウさまは邪竜さまのお力が使えるんでしたっけ?」
「……君もホウと同じだな?」
ヨウが呆れたように目を細めた。リーメイは笑って誤魔化す。軽く説明を受けた記憶はあるが、緊張していたのもあってあまり覚えていないのだ。
邪竜の力に関しては、興味がないわけではないのだが、そこまで気になるわけではない。重要なのは他の部分だ。
「僕はそもそも見た目から違う。角と尻尾なんて普通の人間には生えていないからね。
憂鬱になれば雨雲を呼ぶし、酷ければ雷を落とす。力が強いのも邪竜の血を継いでいるからだろう。」
ヨウはリーメイにも見えるように尻尾をもたげてみせた。黒い鱗がきらりと光って綺麗だ。
「わたしに関係あるのはお天気くらいですね。洗濯物が乾けばそれでいいので……」
リーメイが夕食を飲み込んでからそう言うと、ヨウはため息をついた。
「君ね……一応聞くけど、我慢してることとかあるかい?正直に言っても僕は何もしないと誓うから……」
リーメイは首を傾げた。何故その話になるのか理解できない。
「我慢?何を?」
「あー……分かった。君、本当にホウと同じだね?それか相当肝が据わってるかだ」
「い、一応怖いものとかもちゃんとありますよ!えーと……流行病とか、鬼とか……」
リーメイは記憶の引き出しをあちこちあけて、ようやくその二つを口にした。
流行病はどうしようもないし、以前近くの村で現れたという鬼の話は、元々はその村の住人だったというのを聞いてから怖いと思っている。
「流行病だったらホウの伝手で良い医者を紹介できるし、鬼は僕が斬れるから問題ないな。
良かったな、君は怖い物知らずだ」
「鬼も斬れるんですか!?」
リーメイが身を乗り出して聞いてくるので、ヨウは困惑したような顔になった。
「斬れるよ。どうしようもないときは僕に依頼がくるからね」
「大人の男の人が何人でかかっても倒せなかったって聞きましたよ?それをヨウさまは一人でできるんですか!?」
「できるよ。どうだ?僕の膂力は」
ヨウは自嘲的な笑みを浮かべたが、リーメイは目を輝かせていた。
「すごいですね!やっぱり強いんですね、ヨウさま!」
ヨウはまた困惑したような顔になった。
「まあ……ほら。僕は普通じゃないから……」
「普通の人よりすごいですもんね!
でも、怖かったりしないんですか?」
ヨウはリーメイの質問に暫くまばたきを繰り返し、やがて目をそらした。
「怖くないさ。やらねばならないと覚悟を決めたら、あとは刀を抜くだけだからね」
「そういうものなんですね……やっぱり強いとお仕事もたくさん来ちゃいますもんね。
たまには違う人にやってほしいなっては思ったりしないんですか?」
「そうは思わないな。必ず負傷者が出るだろうしね。ホウあたりがやればなんとかなりそうだが」
「ホウ様も強いんですか?」
「学生のころから僕と手合わせばかりしてきた物好きだからな。そこらへんの大臣や兵士たちとは腕が違うし頭も回るんだ」
「そうなんですね……大変なんだなぁ……ヨウさま」
「力がある者にはそれ相応の厄介事が舞い込んでくるのさ。君も覚えがあるんじゃないか?」
ヨウが自嘲げな笑みを浮かべる。
「できることが増えると仕事も増えますもんね。
やっぱりできる人には大量の仕事が来るんですねぇ……」
「……」
リーメイがしみじみと頷いていると、ヨウは困ったように指を眉間に添えた。
「君、村の人とは結婚の話はなかったのかい?」
突然の質問にリーメイはきょとんとする。
「なかったです。でも両親がそろそろだな〜って話をしてたのは聞いたことがありますよ」
「そうか。いや、気楽な家庭が欲しい人間は村にはいなかったのかと思ってね」
「そういう家庭がいいと思う人はいるでしょうけど……で、なんでそれがわたしの結婚の話に?」
リーメイが首を傾げると、ヨウは微かに吹き出した。笑いを堪えるように口を手で隠している。
「ふふ、君ね……いや、もう分かったよ。君はそういう人なんだね」
今にも声を出して笑いそう、という言い草に、リーメイは頬を膨らませる。
「もう、ヨウさまってば何でそんなに笑ってるんですか〜?何でかわたし分からないですよ?」
「君が悪いんだぞ?ああ、久々に笑ったよ。村の人たちには申し訳ないことをしたな。」
ヨウはまだ笑いながら箸を置き、一礼してから空の食器が乗った盆を片付けようとする。
「ああわたし片付けます!それと申し訳ないことってなんですか!?」
リーメイは慌てて立ち上がり、盆を受け取ろうと手を伸ばしたが、ヨウにさらりと躱される。
「君はまだ食事の最中だろう。」
「家事はわたしの仕事ですから!」
「いいって。」
「せっかくお嫁に来たんですからお嫁さんっぽいことをしないと〜!」
リーメイが盆を取ろうとするが、やはり躱された。素早い動きなのに食器が微動だにしないあたりが身のこなしの良さを感じさせる。
「もうしてるじゃないか。自分のために食事を作るの、面倒だったんだ」
「だめですよ!身体を動かすような仕事をしてる方が食事を雑にしては!」
「そうだな。問題が解決してよかったよ」
その後も盆を取ろうと頑張ったが、全て軽々と躱された。
途中、こんなところに嫁に来たというのに元気だね、と言われたが、リーメイはにこりと笑い返した。




