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ホウ

 燦々と降り注ぐ日の中、リーメイは洗濯物を干していた。

 最近は天気に恵まれている。布団だって干していいかもしれない。

 

 偉い人の家に嫁いだからといって、リーメイの生活が一変したということはなかった。

 畑仕事はないが、家事をして、たまに庭の草むしりをしたりして、ヨウが帰って来るころに合わせて晩御飯を作る。

 服装も自由にしていいと言われたので、村にいたときと似たような服装で家事をしていた。

 かといって、村で着ていたものと同じ服を着ているわけではない。別に村で着ていたものを着ても構わないと言った上で、上質な生地が使われているものをヨウが何着かくれたのだ。

 こんないい服で家事なんて、とは思ったが、ヨウからの贈り物が嬉しかったので毎日着ている。

 

 ヨウの家は偉い人だというのにこじんまりとしていた。しかし、人一人が住むには少し広いような広さで、リーメイが来てちょうど良いような広さだった。

 家具もいいものを使っているようだが、どれも年季が入っており、長年大切にされてきたのが分かる色合いをしている。

 贅沢は趣味ではないのだろう。それなのにリーメイには新しくて良いものをくれる。そんなところがリーメイにとってはすてきに思えた。

 

 洗濯物を干し終え、部屋の掃除にとりかかろうとしたとき、玄関のほうで戸を叩く音がした。

 誰か来たのだろうか。お客さんがくるとは聞いていないが、対応せねばならない。

 リーメイはヨウからもらった前掛けの帯を結び直して、玄関に向かった。

 

「いらっしゃいませ、どちらさまでしょう――」

 

「いやぁ突然押しかけてすまないねえ。なんと言ってもこの私の友人のことだからね、気にならないわけがないからね?」

 

 そこにいたのは、烏の濡羽のような艶のある黒の服で身を包んだ男だった。

 透けた帯びのようなものを後ろでたわませ、垂らしているような冠を見て、結婚の話をしに来た偉い人のことを思い出す。

 顔をよく見てみると、見覚えがある。少ししか見たことがなかったのでぴんとくるのに時間がかかったが、間違いない。

 自信ありげでしたたかそうで、それなのに品がある顔つきだ。記憶に残っている。

 

「……もしかして、結婚の話をしにきてくれた偉い方ですか……?」

 

 間違っていたら申し訳ないなと思いながらそう訊ねると、男は満足そうに微笑んだ。

 

「そうだともそうだとも。会えた時間は少なかったが、私の顔は覚えやすいからね。

 顔は母上に似たんだ。夫がいる君でもなかなか記憶に残る顔をしているだろう?」

 

「はい!なんかこう、強そうだけど偉いひとって感じがして、綺麗な方でしたね!」

 

 リーメイが素直にそう言うと、男は少し驚いたように眉を微かに上げ、くすりと笑って袖で口を覆い隠した。

 

「君、素直で眩しい子だねえ。やっぱりヨウに紹介して良かったよ。

 さて、ちょっと上がらせてもらうよ。ああ、お茶はヨウがいつも飲んでるので頼むね」

 

 慣れた様子で上がる男にお茶を出すべく、リーメイは小走りで台所へ向かった。

 急いでお湯を沸かして茶を淹れる。ヨウが飲んでいるお茶がなぜ分かるのかは疑問だが、結婚の話をしにきてくれた人なのだから、何かしら付き合いがあるのだろう。

 

「あ、別に菓子を出す必要はないからね。お茶だって君が来る前は私が勝手に淹れていたのだし」

 

「……とても、お付き合いが長いんですね」

 

 お茶を出しながら、リーメイはくすりと笑った。

 お客であるのに、自分で茶を淹れている姿を想像すると、何故か笑いが込み上げてくる。

 

「そうだとも。ヨウとは学生時代からの付き合いでね……

 ああそうだ。私の名前は結婚の話をしたときに名乗ったよね。覚えているかい?」

 

「たしか……ツィン様、でしたよね?」

 

 近所の人たちが、名高い家の名だと噂していたのを思い出した。

 滅多にお目にかかれない人らしい。

 

「そうだとも。しかしそれは苗字でね、私は名の方で呼ばれる方が好きなんだ。

 改めて名乗るとしよう。私はツィン・ホウ。父上の苗字を受け継いでいることは確かに誇り高いことだけど、両親がつけてくれた名前の方が好きでね。」

 

「そうなんですね、ホウ様。なんだかヨウさまと名前が似てますね」

 

「目の付け所が良いね、君は。

 学生時代のころなんてね、ヨウの方が呼ばれているというのに、あいつは自分が呼ばれてるだなんて思わないものだから、いつも私の方を見たりしたものだよ。

 まったく、学問の成績も武術の成績もあいつの方が上だというのに、あいつはこの私より上だということを自覚していないようだ。腹立たしいよ、まったく。自分の価値を正当に評価できていないから、私の部下という立場で満足しているんだ。まあ他の奴に渡すつもりはないし、声をかけたのは私なんだがね……」

 

 ヨウのことを立板に水を流すように喋るので、リーメイは内心で驚きながら相槌をうっていた。

 話し好きな近所のおばさんを思い出す。一話すと十は返ってくると言えば分かりやすいだろうか。小さな話題を振れば無限に喋ってくれるので、結構楽しかった。

 

「……本当に、仲が良いんですね……」

 

「そうだね。君から見ても良い男だろう、あいつは。

 無愛想に見えるかもしれないが、あいつは色々と真面目すぎるだけなんだ。何事に対しても真剣なんだろうねえ。

 そもそもこの私の友人なんだ、良いやつでないはずがない。無口に感じることはあるかもしれないが、あいつは好ましい相手だからこそ言葉を選んで話すような人間だからね。嫌いだったら取り合いもしないはずだよ」

 

「やっぱり、いい人なんですね、ヨウさま。村の人たちは色々噂してましたけど、悪い人には見えないし……」

 

 両親や村の人たちがしていた噂話を思い出す。

 一太刀で相手を屠る恐ろしい将。彼と相対したものは帰ってこられない。災害と死を司る邪竜の子――

 その素顔はどこか影のある青年だった。

 誰かに触れることすら恐れているように見える。その手で刀を持っているとは考えられなかった。

 

「……慧眼だね、君は。やはりヨウにふさわしい。」

 

 ホウは優しく微笑み、満足そうに茶を飲んだ。

 

「あいつはその実力故に色々と噂されるんだ。ああ見えて刀を持たせれば一刀両断、弓を持たせたら百発百中だからね。

 だから周りの者たちは邪竜の力があるからだとか、生まれ持っての才能だとか、面白くもない噂をするんだが、私からしたら見方が甘いね。あいつは勿論筋が良いが、何より努力を怠らない。そもそも、この私の上をいくんだよ?才能だけで片付けられては困るね。

 ああ、本当にうんざりするよ。だいたい、あいつは私が熱を出して倒れたと聞いたときなんて珍しく動揺して駆けつけてきたくらいなんだよ?普段表情があまり変わらないあいつの驚いた顔、本当に面白かったよ。私と刀の稽古をしているときは眉ひとつ動かさないくせにねえ。」

 

 要するに、腕が立つ上に性格が良いらしい。

 なんだか、できが悪いが憎めない兄弟の話を聞かされているような気分だ。ヨウはできが悪いわけではないのだろうが。

 

「お二人とも……ご兄弟みたいですね〜……」

 

 リーメイが思ったことを素直に言うと、ホウは自慢げに笑った。

 

「そうだとも。ほとんど私の家にいたしね。あいつの家は雰囲気が暗いんだ。それなら私といた方がいいだろう?

 この家が建つ前までは寝泊まりも私の家でしていたよ。最初はそこまでじゃなかったんだけどね、あいつも私の頼みは断れないからねえ」

 

「そうなんですか?」

 

 ヨウの実家のことが少しひっかかった。リーメイは少し首を傾げる。

 

「そうだよ。自分の息子の価値にも気付けない親だからねえ。ああ、あまり他人の親をあれこれ言うのは嫌いなんだがね。」

 

 ホウが嫌なものを見たかのように眉をひそめる。

 

「まあそういうわけだ。君は話したところ大丈夫そうだが、あいつはこの私を妬かせるくらいのいい男だ。これからもその調子で色々話してやってくれよ?」

 

 ホウはお茶ご馳走様、と言って立ち上がった。

 リーメイも見送ろうと急いで立ち上がったが、ホウがさらりと振り向いた。

 

「見送る必要はないよ。片付けとか色々あるだろう?その気遣いはヨウのためにとっておいておくれ」

 

 そう言うと、ホウはそよ風に流れる花びらのように去っていた。

 

 何だかヨウの話ばかり聞いたような気がする。リーメイは片付けをしながらホウの話を思い返してみたが、やはりホウ自身のことはあまり知ることができずに終わったという結論が出て、結局どんな人だったのだろう、と首を傾げることとなった。

 

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