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車内

 馬車の中はゆったりとした広さがあり、リーメイの荷物を置いても窮屈にならないほどだった。

 しかも、内装はリーメイが見たことのないほど綺麗で、知識のないリーメイにもそれが上質なものであると推し測ることができた。

 窓もついており、外の様子も伺える。しかし、何故か薄手の布が垂れており、外の様子は薄っすらとしか見えなかった。

 

 リーメイは名残惜しさと緊張を飲み込んで、前を見た。

 向かいには結婚相手の男性、ヨウが座っている。

 噂通りの白い髪に、整った顔立ちだ。そして、側頭部のあたりから角が生えている。

 椅子のあたりに尻尾が乗っているのが見えるが、どのあたりから生えているのだろうか。話を聞いたときはそれでは座りづらいだろうと思ったのだが、見たところ普通に座っているように見える。

 

「……珍しいか?」

 

 声をかけられてはっとする。ヨウはこちらの視線に気づいていたようだ。

 

「あわわわ、すいません!じろじろと見ちゃって……」

 

 リーメイは顔が熱くなるのを感じながらあたふたと弁明をした。

 

「別に慣れているからいい。君もこんな得体のしれない男に嫁ぐんだ、警戒するのは当然だろう」

 

「そんな、得体のしれないなんて……まあ、噂しか聞いたことがないのでそう言われればそうかもしれませんけど……」

 

 リーメイは顎に手を添え、考える素振りをした。

 

「噂では、角が生えてるとか、龍になって敵兵を丸呑みにしただとか、大変強いお方だとか……

 『邪竜のフーシェイ』と呼ばれているくらいにお強いとは聞きました。一太刀振るえば相手が真っ二つ、とか」

 

 どこから聞いたのかは分からないが、両親や村の人たちは皆、ヨウのことを恐ろしいほど強いと言っていた。

 刀を振るえば真っ二つ、弓を引けば百発百中。弓に関しては、船に乗っていた人の頭上に構えられた扇の中心を見事撃ち抜いたとさえ言われているらしい。

 

「……角は生えてるが、相手を飲み込んだことはない。人を食べるなんて冗談じゃないからね。

 それと、真っ二つは言い過ぎだ。」

 

「じゃあ……四等分とか……」

 

「……それじゃあ増えてるだろう」

 

「ああそうですね……こう、すぱっと、鶏の首をやるように……って思っちゃって」

 

「君は血なまぐさい話が好きなのか……?」

 

 ヨウは少し呆れたようにそう言ったが、視線はきちんとリーメイの方へ向いていた。

 

「いえ、そういうわけでは……屠殺が身近だっただけですね……」

 

 リーメイが住んでいた村では家畜を締めることもたびたびあった。その度に悲鳴を上げていては、年下の子に心配をかけてしまう。

 

「……本当に、君は話に聞いた通りのようだね。ご両親が悲しむわけだ」

 

 ヨウは窓の方へ目をやった。

 はっきりとは見えないが、もう村を出たらしい。リーメイにとっては見知らぬ景色が広がっている。

 

「お嫁さんにいくところのお父さんお母さんは皆そんなもんですよ。この前も友達がお嫁さんに行きましたけど、すごい泣いてました」

 

「立派に育った娘の晴れ姿を見られるんだから、そうだろうな」

 

「ですねぇ。わたしも感動しちゃいましたもん。昨日までちょっとお姉さんだな、なんて思っていたのに、その日は綺麗な着物とお化粧で……ひとまわり大人になって見えちゃって、ああ、本当にお嫁さんになるんだなぁって……」

 

 リーメイがしみじみと言うと、ヨウは目を細めてこちらを見た。

 

「……君、それが素なのかい?」

 

「え?はい」

 

「ご両親からは何も聞いていないのか?」


「さっき言った噂の話とか……あとしっかり言うことは聞くんだよ、とか……抵抗しちゃいけないっても言ってました。」

 

「そうか。……聖竜の巫女に関する話は?」

 

「聞いてます。聖竜さまのお力を授かった子はほとんどの子が巫女になるんですよね。

 それに近い形にはなるだろうっては聞いてますけど、偉い人が前歯を抜く必要はないって伝えてくれたみたいなので、抜いてません」

 

 聖竜の力を授かった子は皆、邪気を祓うための巫女になる。

 リーメイも本来そうなるはずだったが、両親が報告するや否や、すぐさま婚姻の話が舞い込んできたのだ。

 ヨウは邪竜と人間の母親との間に産まれた者らしく、普通の人間より邪気が溜まりやすいという。

 その邪気を祓うためにリーメイが選ばれた、と婚姻の話をしてくれた偉い人が言っていた。

 

「それ以外は?」

 

「……聞いてません」

 

 両親の表情と、床に就いた後に聞こえてきた話が脳裏を掠めたが、リーメイは口をつぐんだ。

 

「そうか。そうする親もいるだろうな……

 だが、前歯を抜く必要は本当にない。僕はそういうのが大嫌いなんだ」

 

「虫歯でもないのに抜くなんてもったいないですしね」

 

「……そうだな」

 

 ヨウは複雑な色を目に浮かべながら、窓の方を眺めていた。尻尾が揺れ、椅子の上をするすると滑る。

 

 暫くすると、雨が降ってきた。晴れていたのに、急に雨音が聞こえてきたので、リーメイは窓の布を少し捲って外の様子を確認する。

 外は明るく晴れていたが、小雨が降っているようだ。雨粒が陽の光を浴びて、金色に輝いている。

 

「あら、狐の嫁入りですね。わたしとお揃いだ」

 

 晴れているのに雨が降っているのを、狐の嫁入りと呼んでいた母の顔を思い出した。

 子どものころは晴れと雨が一緒だなんて面白いとはしゃいだものだ。


「じきに雨雲がやってくるよ。僕の近くにいるとよく起こるんだ」

 

「へぇ、そうなんですね。雨男なんですか?」

 

「そういうわけじゃないが、気が滅入ったりするとこうなるんだ。

 邪竜の子だからね。雷だってたまに降ってくるんだぞ」

 

「邪竜さまは天災や死を司る、っていいますもんね。

 じゃあお洗濯とか大変じゃないですか?嫌なことがあったら服が乾きづらいじゃないですか」

 

「……何度かあったな」

 

「わあ、やっぱりそうなんですか。わたしもちょっと離れたところの畑仕事を手伝ってたときに雨が突然降ってきちゃって……皆どこかに出てたので、洗濯物がびしょびしょになっちゃったことがあるんですよ〜。

 ああ、でもヨウさまのところにはわたしが行きますから、洗濯物の心配は大丈夫ですね。雨が降ってきたらとりこんじゃいますから!」

 

 リーメイが明るく笑いかけると、ヨウは複雑そうな、戸惑っているような顔で固まっていた。

 何か問題でもあるのだろうか。家事は大抵できるよう、両親に教わったので大丈夫なのだが。

 

「……君、よく喋るね」

 

「そうですか?すごい方と結婚するんだーってちょっと緊張してたり舞い上がってたりで、いつもより喋っちゃうのかもです」

 

 リーメイは照れ笑いを浮かべて、自分の両頬に手をあてた。

 やはり緊張と嬉しさで熱い。ついつい色んなことが口から出てしまうのはそのせいだろう。

 

「君、僕が周りからなんて呼ばれてるのか分かってる?」

 

 ヨウが訝しげに聞くので、リーメイは首を傾げた。

 

「『邪竜のフーシェイ』ですよね?すごい強いお方だって」

 

「それもあるけど……だいたい、それだってお伽噺の恐ろしい人物に例えられてるんだぞ」

 

「挑んだ人の刀が折られたりしてましたもんね」


「つまりだな……君の婚姻相手は普通の人からしたら妖や化け物に近い存在なんだ。そんな相手によく饒舌でいられるね」

 

 ヨウは言い聞かせるような素振りでそう言った。

 

「ええ、そう思います?そしたらわたしの授かった力もそう見えるじゃないですか。

 このお天気だって、そうかもしれないですよ?もしかしたらわたしはヨウさまを化かして玉の輿に乗っかろう!って企んでる狐かもしれませんし……」

 

 リーメイは軽く握った手を胸の前まで持っていき、こんこん、と前後に揺らしてみせた。

 

「……君の素性は僕の友人が調べている。もしも君の言うことが真実なら、あいつが見逃すはずがない」

 

 ヨウは当然のようにそう言いながら、何度か不規則なまばたきをした。

 

「まあそうですよね。わたし、お父さんとお母さんの子どもですし。似てるって何度も言われてますし……」


「そういうことだ。君は勝手に授けられた力に運命を乱された普通の女の子だよ」

 

「……えへへ」

 

 リーメイは再び頬を手で覆った。自然とほころんでしまう口元をどうすることもできず、ただこうするしかない。

 

「何を笑っている?」

 

 苦い色を浮かべた目を向けて、ヨウは微かに眉をひそめた。

 

「いえ。村では色々手伝ってるだけで、男の人に女の子扱いされたことなんてあんまりなかったから……なんか嬉しくて」

 

 リーメイがそう言うと、ヨウは驚いたように目を見張った。そしてすぐに軽いため息をつく。

 

「肝が据わっているね、君」

 

「そうですかね?怖いものは怖いですけど」

 

「君が恐ろしいと思うことがあるのか、これから見ものだな」

 

 ヨウの表情が少し和らいだ気がする。少なくとも、あの苦い色は差し込んでくる微かな光に溶けていったように見えた。

 

 降っていた雨は小降りになっていき、残ったのは地面の凹みにできた水たまりだけになった。

 窓からは見えないが、どこかに虹がかかっているだろうか。リーメイはヨウのことを眺めながら、鮮やかなその色を密かに重ねていた。

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