探り
ヨウは眉をひそめていた。
決して怒っているわけではない。表情が険しいといったらいいのだろうか。深く考え事をしているとそういう顔になってしまうだけである。
最近リーメイの様子がおかしい。どうやら字を書く練習をしているようだが、いつもより頑張っている――日頃から努力を積み重ねてはいるが更に、という意味である――ように見える。
それに、考え込む時間も増えた。何かあったのかと聞くと、文字がなかなか上手にかけなくて……という答えが返ってはきたが、時折出るひとり言の内容がそれと合っていない。
別に彼女が嘘をついていると思っているわけでもないし、彼女がそれを理由に家事をおろそかにしているというわけでもない。絶対にない。ただ、彼女の悩んでいる姿を見るとそわそわするのだ。つい尻尾をゆらゆらとさせてしまう。
加えて、彼女は字が下手というわけではない。ちゃんと読めるしバランスも良い。自分がホウから丁寧な字の書き方を教わる前から比べれば、十分上手だ。
何かあったのだろうか。一度ホウに相談したが、ヒェンに関しては動きがないし、個人的なことなら本人に聞くしかない、本人にちゃんと聞けと言われた。
それはごもっともだが、もし本人が言いたくないことだったらと考えると声をかけづらい。言いたくなければ言わなくてもいいという前置きをすれば良いのは分かっているが、どこか声をかけづらいのだ。
「ヨウさま、どうかしました?」
リーメイがこちらの顔を覗き込んでいた。ちょうど練習が終わって片付けが終わったところらしい。
「いや……これといったことは。だいぶ字が上手になってきたね」
ヨウがそう言うと、リーメイは目をパッと輝かせた。
「ありがとうございます!いやあ、前と比べたらだいぶ読めるものになってきましたね!」
リーメイは紙を手にとって字を眺めた。
「僕がホウから教わる前のと比べたら十分だよ。
……それで、何か書く予定とかでもあるのかい?」
「あ〜……あれです!字が書けるようになってきたから何か適当な文章を書いてみたいな〜なんて……」
リーメイは目を泳がせる。明らかに何か隠しています、と言っているような分かりやすい表情に、ヨウは無意識に尻尾を揺らした。
「そうか。何か参考にしたいときは僕の本を使うといいよ。色々あるから……」
「ありがとうございます!そうですね……!参考になりますね!」
リーメイはこくこくと頷いた。
「どんな本がいいかい?出しておくよ」
それとなく、という態度を装いながら、本棚の方へ向かった。
「あぁ……えっと、一昨日読んでもらったのがありましたよね?それがいいです!」
ヨウは本棚から本を取り出した。
一昨日読んだ本は、鬼退治に出かけた男が、鬼を退治した帰りに泊めてもらった家にいた娘に恋をし、やがて互いに惹かれ合うようになった、という話である。
簡単にいってしまえば恋愛ものだ。文章は美しいので書いていて楽しいだろう。
「鬼を退治できるほどの男が結ばれる話、か……」
ヨウは本の題名を眺めながらそう呟いた。
「鬼退治の話は割とありますよね。鬼が退治できるってことは強いってことですし、すてきな人物を書くにはもってこいな話ですよね」
リーメイはさらりと当然のことを言うように言った。ヨウはほろ苦い笑みを浮かべる。
「そうか。やはり君は魅力的に感じるのか」
「はい。強い人とかかっこいいですし……それに、わたしたちみたいに弱い人がやっても死人が出るだけなのを、一人で被害も出さずに退治してくれるのは普通にありがたいことですよね。
……強い人っていうのは、他の人よりも危険に立ち向かわなければいけないから、それはそれで嫌だなぁって気持ちはありますけれど。そんな力がなければ、命を危険に晒す必要も、怖いものに立ち向かう必要もないのにって」
リーメイは目を伏せた。まつ毛が目に翳を差す。
「……強い人、というのはそういうことは考えていないものさ。
自分がその力のせいで面倒事に首を突っ込まなければならない、だなんて一欠片も思っていない」
ヨウはリーメイに本を手渡した。
「それじゃあ、ヨウさまはそういうふうに思ったことがないんですか?なんで自分ばっかりに頼むんだろ〜とか」
リーメイは本を受け取る。表紙を傷つけないように、と思えるような優しい手つきだった。
「ない。僕はこのとおり、普通の人にとっては鬼と同じようなものだからね。そういう頼まれごとをされて然るべきだと思うよ」
「ヨウさまは……そういう感じじゃないと思いますけどね」
自嘲げに笑ったヨウを、リーメイはまっすぐに見つめた。
その目に強い光が見える。芯のある、決して消えることのないような光だ。
「ヨウさまはこうしてわたしに優しくしてくれますし……笑うとすてきですし。
理性のない化物だったら、わたしは今頃死んでいるでしょうし。
力が強かったり、見た目が他の人と違かったり……確かにそういうのを避けるように見る人はたくさん見かけますけど、わたしはそういうものが重要だとは思いませんよ。」
リーメイは本の表紙を指先で優しく撫でる。夢物語に祈りを込めるように、目を細めた。
「一緒にいて良いな、気分が明るくなるな、っていうのが大切ですよね。誰かとの繋がりって。
わたしはヨウさまといて楽しいですよ。毎日元気ですし、たくさん笑えます。だから、この話は案外ありえる話なのかも、なんて思いながら聞いてましたよ」
リーメイは優しく微笑んだ。本を両手で持って、表紙にある題名がヨウに見えるようにする。
「まあ……このお話は男性の方から恋をしてますので……順番は逆なのかな〜なんて思いもしたんですけどね……えへへ……」
リーメイは微かに頬を染めた。
ヨウはそれを見て、目をそらそうか、そらさまいか、と視線を左右させて、目を伏せた。
「逆ではないよ」
ヨウはそう一言言って、戸に向かって歩きだした。
尻尾が少し持ち上がって、その先が揺れている。
「え……逆じゃないんですか!?」
リーメイは顔を赤くして、目を見張った。
ヨウは戸を開けてちらりと振り返る。
「……うん。そうだとも。
さて、君はもう少しで夕食の支度があるだろう。僕は隣の部屋の掃除でもしているから、できたら呼んでおくれ」
ヨウはそう言って部屋を出た。
その頬が微かに赤かったような気がするが、本当にそうだったかは確かめようがない。
茜に染まってきた日の光がリーメイの頬を照らす。頬の色はその色と馴染んで、熱を帯びていた。




