恋文指導
あれから暫くチャンフェイの姿を見ることはなかった。
彼女はホウと同じくらいに偉い人の奥さんらしい。その旦那さんはチャンフェイの性格とは逆、と言っていいような性格らしく、優秀ではあるがかなり陰湿で執念深いようだ。
チャンフェイはあの通り、さっぱりとして気が強い性格なので、そういう人と結婚してもそのままなのだろう。何をされても何を言われても、言いたいことは言っていそうな感じがする。もしかしたら、彼女の旦那さんはそういうところが好きになったのかもしれない。
リーメイはいつものように買い物に出て、今ちょうど帰るところだった。
どこかの家の影にチャンフェイがいないかつい見てしまう。彼女はなかなか外出が叶わないらしいので、そうそう出てこられないと分かってはいるが、話すとこちらの気分も明るくなるので、また会ったら話してみたいのだ。
リーメイは青菜に塩を振りかけたような、ちょっとしおしお……とした顔でため息をつく。こんな顔をヨウに見られたら心配されそうだ。
「……おーい、そこのあんた!どうしたのさ、そんな顔して!」
呼び止められて振り返る。そしてリーメイはハッと目を輝かせた。
チャンフェイだ。店と店の間からちょうど出てきたようだ。
「あ!あのときの――」
リーメイは彼女の名前を口にしようとしてすんでで口を手で覆った。
すると、チャンフェイは眉尻を下げて気持ちのよい笑い声を上げる。
「大丈夫さ、あんたが今口に出そうとした名前は言っても大丈夫なヤツだからさ!」
「じゃあ……チャンフェイさんこんにちは!お久しぶりです!」
リーメイが明るく笑うと、チャンフェイはうんうん、と頷く。
「やっぱあんたは笑顔がいいね。
お久しぶり、元気にしてたかい?」
「元気ですよ!チャンフェイさんも元気ですか?」
「あたしは常に元気ってやつだよ。元気がないときの方が珍しいね」
「お仕事も忙しいのに疲れたりしないんですか?」
「だからこうやって適度にサボってんのさ」
チャンフェイは片目を瞑ってみせた。
「息抜きって大切ですもんね!」
「大切大切。あんたもちゃんと息抜きしてんのかい?」
「外をぼんやり眺めたり……あと、最近読み書きを教わってるので、本も簡単なのなら読めるようになってきました!」
「それじゃあ次は『書き』の方だね。愛しの旦那サマに手紙でも書いてみたらどうだい?」
チャンフェイは筆で何かを書くような仕草をする。
「て、手紙ですか……!まだ上手に書けなくて……」
リーメイはヨウに教わりながら書いた字を思い返す。
お手本として隣に書かれた綺麗なヨウの字とはかけ離れた……不格好で子どもが土に書いたらくがきのような字だ。
ヨウの字はその性格が出ているのか、丁寧で淑やかなのに、リーメイのは勢いがあり過ぎるときもあれば、それをどうにかしようとして不格好になっていたりもする。
ヨウは楽しそうにそれを眺めて、根気強く教えてくれているが、リーメイとしては本当にこんなに下手で申し訳ないという気持ちでいっぱいである。
「なーに言ってんだい!字なんて読めりゃいいのさ!大切なのは気持ちだろ?」
チャンフェイはどこにしまっていたのか、いつのまにか紙と矢立――筆と墨壺を一つにおさめられるもの――を取り出して何やら書き始めた。
「え、それいつも持ってるんですか?」
リーメイは何を書いているのか気になって、チャンフェイが店の壁を机代わりにして書いているものを覗く。
「何かかきたいもんがあったらパパっとかきたいからね」
「さすがですね……ん?でもそれって息抜きになってるんですか……?」
「息抜きに絵ェ描いて書き物するのさ。」
「本をかく息抜きに絵を描いて書き物を……?」
会話をしながらも、文章は出来上がっていく。内容は恋文のように見えた。しかもリーメイが理解できる範囲の字を使っている。
「……な、なんだか内容が、その……!すてきすぎません!?これ……!」
書かれていく字を追っていくリーメイが顔を赤くし始める。
「恋文なんだから当たり前だろ?」
「恋文ってこういうのが普通なんですか!?」
「いや、うちの旦那宛に来てたやつはもうちっと下心が見えるような内容だったね。まあ、恋情だってそんなもんだろうけれど」
「チャンフェイさんの旦那さんなのに恋文来ちゃうんですか!?」
高貴な身分の男性は複数人の妻を持つことがあると教わってはいたが、周囲に妻が一人しかいない男性が多いせいで、リーメイはついそう言ってしまった。
「はっはっはっは!なんだ、あんた心配してくれてんのかい?
大丈夫さ、うちの旦那は性格は面倒くさいが人を見る目はあるからね!下心なんてあっさり見抜けるし、あたしにぞっこんだから!」
チャンフェイは自信満々に笑った。
「じゃあ大丈夫ですね!他の人と仲良くしてたら、こう、ちょっともやもやーってしちゃうことありますから……」
「そりゃやきもちだね!いやァー良いね!あんた素直だね!自分の気持ちに!」
「や、やきもち!?お餅ですか!?」
リーメイが素直に驚くと、今まで筆を止めることのなかったチャンフェイが声を上げて笑った。
「いやぁ、すまないね、バカにしてるわけじゃないんだよ。
そうだねぇ……好きなヤツが他のと仲良くしてたら自然とわくもんなのさ、『やきもち』ってのは。決して相手が自分のものだとか、そういう風に思ってるわけじゃなくてもね。
だからあんた、もやもやーってしても落ち込むんじゃないよ?なんなら旦那に話してみなよ、喜ぶかもよ?」
チャンフェイはリーメイの方を見て、にこりと笑った。背中を押してくれるような笑顔に、こころがふわり、としたような感じがする。
「さて、そういうあんたじゃこういう文より、自分が感じたことをそのまま書いたほうがいいかも、だが。参考はあった方がいい。ほら、持っていきな」
チャンフェイはいつの間に書き終わったのか、恋文のお手本をリーメイの手にぽんと乗せた。
早速目を通すと、頬が熱くなる。
「あ、ありがとうございます……」
「これで頬が赤くなるなんて、あんたやっぱりかわいいねぇ〜。あんたの旦那は良い奥さんと結婚したってわけだ」
チャンフェイはからかうように言った。
「だ、だって〜!これって、好きな人と似た感じのお花を見つけて……それを見て〜って言おうと思ったら、そういえば二人で出かけたのは昨日だった〜ってアレで……摘んで帰ろうと思ったけれど、好きな人と似たお花だから摘んでしまいたくなくって……っていう話ですよね!?こんなの読んだらキャーってなっちゃいますよ普通に!」
リーメイが顔を真っ赤にして手をぶんぶんとする。
「そうなるような内容を書いたんだから当然さ、あたしは物書きだよ?」
チャンフェイは得意げに力こぶをつくってみせた。
やはり本を書ける人は一味違うようだ。
「……参考に、します!こうはなりませんけど……」
リーメイはお手本を大切そうにしまった。
「一番大切なのは自分の言葉で書くことだからねぇ、応援してるよ?」
チャンフェイはリーメイの肩をとんとん、と叩くと、後ろ手を振りながら人通りのなかにまぎれていった。
風のように去っていく彼女にリーメイも手を振った。もう見えていないかもしれないが、分かってくれていると信じて。




