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てのひらころころ

「君、なかなかに運がいいね」

 

 またヨウがいないときにやってきたホウがお茶を啜りながらそう言った。

 彼は定期的にくる。最初は丁重にもてなそうとしていたリーメイだったが、ホウ自身はあまりそれを望んでいないようで、友達の家にふらっと来た、というような様子なので、ご近所さんが来たときのような対応をしている。

 

「……よくそれだけで分かりますね……」

 

「情報を掴んだのは君の夫さ。目が良いからね、あいつは」

 

 ホウが誇らしげに言う。

 先日、チャンフェイに描いてもらった絵を名前を伏せてヨウに見せたのだが、ヨウは誰が描いた絵なのかすぐに分かったらしい。

 チャンフェイはどうやらホウの仕事仲間――しかしあまりよく思っていないようだ――の妻らしく、普段は家に閉じ込められているらしい。

 だが、彼女はあの性格なので、たびたび家から抜け出して外に出ているようだ。見張りはいるらしいのだが、おそらく目を盗むか、価値のあるものを渡して見逃してもらうかして、外に出ているのだろう。

 それでも外出できるのは滅多にないらしいので、リーメイがあそこでチャンフェイと出会えたのは奇跡と言っても過言ではないのだ。

 

「名前は言わなかったんですけどね……ヨウさまが言いふらすような人ではないって分かってますけど、こう……チャンフェイさんは自由にふらついているのが良いみたいだから、と思って……」

 

「君の言っていることに間違いはない。君の気遣いもヨウにふさわしい妻として十分なものだね。

 しかしあいつの目が良いことも覚えておいてくれたまえよ。今度髪飾りでもねだってみればいい。君の予想を上回るものを買ってくるよ」

 

「ヨウさま、こんなに豪華なの受け取れないです!ってのは買ってこないですけど、これよく見たらすごい良いものなのでは……?っていうのは買ってくれますもんね。」

 

 服もそうだ。見た目こそ華々しいものではないし、物語に出てくる位の高い人の奥様が着ていそうなものではないが、質はよく、意匠はリーメイが好むものばかりだ。機能性も良いあたり、ヨウの気遣いが見て取れる。

 

「ああ見えて優しいところがあるだろう?君は本当に良い夫に嫁いだんだ」

 

「そうですね!毎日幸せです!」

 

「そうだろうそうだろう!

 ……それはヨウにも言っておくれよ?」

 

 誇らしげだったホウが困ったような笑みに変わった。この人はこんな顔もするのか、とリーメイは内心で驚いたが、にこりと笑って頷いた。

 ホウは本当にヨウのことが友達として好きなのだ。だからリーメイのことも気に掛けるし、ヨウのことを自慢しにくる。

 ヨウを誤解してほしくないのだ。不器用だけども優しいあの人を嫌ってほしくない。きっとそれだけなのだろう。

 

「まあ、それはヨウに伝えてくれということで。

 しかし、チャンフェイが外に出てくるとなると、あれがそろそろ動くな。気を付けてくれよ?チャンフェイは良いが、その夫は厄介だ。君を利用する可能性もあるからね」

 

 ホウの表情が曇る。ホウほど優秀な人間でも厄介だと言うのなら、本当にそうなのだろう。

 しかし、なぜこちらを利用するのだろうか?特に利用できるような力はないし、チャンフェイを家に留めておくような取引はできない。

 

「あれは自分の目的のためなら何でもできるからね。

 チャンフェイと結婚したのだって、あれこれ根回ししまくって、チャンフェイもそれを察して対策を講じたのにこれだ。

 一時期ヨウのことも欲しがっていたんだが……目が濁っていないのは褒めるべきだね。しかしヨウは既に私の元で働くことにしていたから、盗られるわけにはいかなかったのさ。」

 

「ええ……厄介な人と戦ったんですか……?」

 

 リーメイが心配そうに言ったが、ホウは得意げに胸を張った。

 

「戦ったとも。舌戦だけどね?あれが何か言うたびに潰してやったさ。ふふ、あれの睨みつけてくる顔、本当に良かったよ。あんな腹黒で陰湿なのにヨウを渡すものか。あれの下で働いたら毎日雨が降るぞ。ヨウもああいうのは好かないからね」

 

 後半は恨みのようなものが籠もってるような感じがした。おそらく相当長い期間言い合ったのだろう。相手は執念深いのかもしれない。

 

「じゃあわたしとも合わないかもなので気をつけますね」

 

「ああ、気をつけてくれたまえ。あれが君に触れたなんて聞いたら、どしゃぶりの雨が降るからねぇ。」

 

「そんなに嫌いなんですか?」

 

 どしゃぶりの雨が降るくらいにヨウが怒ったり悲しんだりするということは、そういうことなのだろう。普段は酷くても通り雨くらいのものなのだ。

 

「嫌いっていうより……ヨウは君のことを好いているからねぇ。私がこうして話しているのは構わないが……ほら、私は自分の妻一筋だからね。他のはそうとは限らないし、警戒すべき相手と君が話していたら割って入りたい気持ちにはなると思うよ?」

 

 ホウのその言葉を聞いて、口角が上がりそうになった。だが、笑うべき状況ではないので平然を装う。

 地位が高い人となれば、妻が複数人いる人もいる。血を絶やさないためというのもあるのだろうが、そういうことができるのは財力がある人だけだ。

 妻は複数人持って良いとはいえ、人数が多ければお金もかかるし、子どもができればもっとだ。

 昔、リーメイの父の知り合いに豊かな暮らしをしていた人がいたらしく、その人は多くの妻と子どもを支える財力があったというが、夫婦喧嘩になると一方的に負けるので大変だったらしい。

 

 女性の繋がりというのは蓋を開けて見てみると驚くものがある。一部の読者に分かる表現を使うと、『爆弾』というのもその一つだろう。

 どこもかしこも皆仲がいいわけはないのだろうが、妻同士の仲がいい場合は、誰かが旦那がこんな酷いことをしてきた……なんて言ったら総員出撃である。袋叩きだ。

 たくさんの女性を侍らせるというのは夢があるかもしれないが、それ相応の大変さもある。政治や国が絡んだらもっと大変だろう。

 両手に花、という風に見える者の手にある花は、案外毒や棘を持ったものなのかもしれない。

 

「あ、因みにだけども、ヨウは妻は一人がいいっていう考えだから、君は家庭内の政治を考える必要はないからね。」

 

「ああ……何となく、それは大丈夫かな〜っては思ってました。ヨウさま、そういう感じじゃないですもんね。人気はあっても……」

 

 リーメイが半ば安堵しつつそう言うと、ホウはにやりと笑った。

 

「……そうそう。人気はあるんだよ、結構ね」

 

「……や、やっぱりですか?」

 

 リーメイはちょっと不安になって胸のあたりをぎゅっと握る。

 

「勿論。……訓練をつけてる兵士たちからね?

 ほら、ヨウは刀も弓も上手いだろう?」

 

 ホウはからかうような目でリーメイを眺めた。自分の悪戯にうまく引っかかったのを見ているような表情だ。

 

「……ホウ様、もしかしていじわるですか?」

 

 リーメイが頬を膨らませると、ホウは上品に吹き出した。袖で口を隠しながらくすくすと笑っている。

 

「ははは、すまないすまない。君を見ているとからかいたくなるな。ヨウが君をかわいいと思う気持ちも分かる。

 あれだな、久しぶりに会った姪の頬をつつきたくなるのと似ている。君の雰囲気がそうさせるんだろうね」

 

「つ、つまり……わたしが子どもっぽいってことですか……?」

 

 リーメイはちょっぴり傷ついた。大人の女性とはほど遠いことを少し気にしているからだ。

 

「純粋、天真爛漫……快活、そう言いたまえよ。それは君の美点だ。ヨウは君のそういうところが好きなのだから、無理して色気のある女性みたいなことはしなくていいんだよ?」

 

 リーメイは自分のこころを見透かされたような気がして、目をぎゅむっと瞑った。そしてしなしなとする。

 

「うう……そうですよね……ちょっと気にしてたんですが、気にしないようにします……」

 

 ホウは笑顔で頷いた。

 何だか手のひらの上で転がされているような気がする。もしくは、どんな攻撃をしてもさらりと躱されるような、うまく扱われているような感じだ。

 確かにこういう人が友達にいたら楽しいかもしれない。リーメイはヨウのことを思って、微かに口元を綻ばせた。

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