第8話 昔話と告白未遂
訓練を始めてから、もう一週間が経った。
筋肉痛はまだ毎日だけど、木剣も少しは重く感じなくなってきた。
何より――ライルと一緒に過ごす時間が、驚くほど心地いい。
その日の夕方、訓練を終えて村はずれの丘に座っていた。
西の空が茜色に染まり、遠くまで広がる畑が金色に輝いている。
「……綺麗だね」
思わず呟くと、ライルは隣で小さく笑った。
「俺はこっちの方が綺麗だと思うけどな」
そう言って、視線を私に向ける。
――もう、そういうこと言うのやめてほしい。心臓に悪い。
「昔もよく、こうして一緒に夕日を見たよな」
「……覚えてるんだ?」
「忘れるわけないだろ。剣の稽古サボって、ミナと丘に登った日もあった」
「え、それは初耳」
「当時は村のために強くならなきゃと思ってたけど……本当は、お前と過ごす時間の方が大事だったんだ」
――そんな真顔で言わないで。
頬が熱くなるのを必死で隠す。
「俺が旅に出る前、お前に渡そうと思ってた物がある」
ライルは腰のポーチから、小さな布袋を取り出した。
中には銀色の指輪が入っていた。
細い蔦の模様が刻まれ、中央には淡い緑色の宝石。
「これ……」
「護符の役目もある。だけど本当は……俺の気持ちを形にしたかった」
その声が、少しだけ震えている。
私の心臓も、もう限界だった。
――これって、もしかして。
ライルはゆっくりと手を伸ばし、私の左手を取った。
指先が触れるだけで、全身が熱くなる。
「ミナ、俺は――」
その瞬間、空気が一変した。
背筋を鋭い寒気が走る。
次いで、地の奥から響くような低い唸り声。
「……来やがったな」
ライルの顔が一気に戦士のものに変わる。
立ち上がった彼の視線の先、丘の下の森から黒い影がいくつも現れた。
赤い瞳、鋭い牙――魔族だ。しかも複数。
「ミナ、下がれ!」
「でも――」
「いいから!」
有無を言わせぬ声に、私は息を呑んだ。
丘の上に立つライルの背中が、夕日の中で黒く影を落とす。
剣が抜かれ、金色の瞳が鋭く光った。
告白の続きを聞くこともできず、胸の奥がざわめくまま――また、戦いが始まった。