第7話 訓練開始
翌朝。
まだ朝霧が残る時間に、ライルは私の家の前に立っていた。
両手には木剣が二本。
「おはよう。今日は体を叩き起こすところからだ」
「……もう少し寝かせてくれてもよかったんじゃない?」
「戦場じゃ朝寝坊は死に直結する」
相変わらずの即答。
木剣を一本渡され、私は重さに少し腕が沈んだ。
木なのに、意外と重い。
「まずは構えからだ。足は肩幅、重心は低く」
ライルが私の足元を見て、すぐにしゃがみ込み、膝に手を添えてきた。
突然近づかれて、思わず息が詰まる。
「もっと腰を落とせ。そう……いい」
低くなった視線の先、黄金色の瞳が近い。
あぁ、訓練なのに心臓が別の理由でバクバクしてる。
「剣は脇を締めて、力は抜け。握りすぎると動きが鈍る」
背後から手が伸びてきて、私の手の上からそっと木剣を握る。
温かくて、旅で鍛えられた硬い手。
耳まで熱くなる。
「おい、顔が赤いぞ」
「だ、だって近い……!」
「近くないと教えられないだろ」
そのまま腕を引かれて、正しい構えに直される。
剣先が揺れないように、と言われても、意識がそっちに持っていかれて集中できない。
「よし、次は振り下ろしだ」
ライルは軽く木剣を振り下ろして見せた。
風を切る音がする。
私も真似して振ってみるけど、全然音が鳴らない。
「腕の力じゃなく、腰と足を使え。こうだ」
また背後に回り、私の腰に手を添えて動かす。
……あの、勇者様、距離感おかしいです。
何度か繰り返すうちに、ようやく「シュッ」という音が出た。
「お、いいぞ」
ライルの声が少し弾んでいる。
褒められると、やっぱり嬉しい。
その後も構え、振り下ろし、足さばきと進んでいく。
正直、体はすでに悲鳴を上げていた。
でも、不思議とやめたいとは思わなかった。
「……はぁ、はぁ……きつい」
「慣れれば楽になる。だが今日はここまでだな」
そう言って木剣を受け取り、代わりに水筒を渡してくる。
ひんやりとした水が喉を潤し、全身に染み渡った。
「お前、飲む時の顔、昔から変わらないな」
「え?」
「必死で飲んで、最後にふぅって息を吐く。……懐かしい」
ふいにそんなことを言われて、胸の奥が温かくなった。
覚えていてくれたんだ、そんな小さなことまで。
「ミナ」
「なに?」
「こうやって一緒に何かをするのが、ずっと夢だった」
その言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。
ただ守られるだけじゃなく、彼の隣に立つ自分になりたい。
その思いが、また少し強くなる。
「……じゃあ、これからもよろしくね。師匠」
「師匠、か。悪くないな」
ライルは満足そうに笑った。
黄金色の瞳が、朝日にきらめいていた。