第6話 守られるのは嫌
あの夜のことを、私は一生忘れないだろう。
玄関先で魔族と対峙したライルの背中。
剣が振るわれるたび、空気が震え、耳に金属音が響く。
そして、あっという間に魔族は地面に沈んだ。
それなのに、私は――何もできなかった。
声も出せず、足も動かず、ただ震えていた。
「……怪我はないか?」
戦いを終えたライルが、剣を収めてこちらを振り返る。
その顔には安堵と、それ以上に怒りが混ざっていた。
「ごめんなさい……」
気づけば、そう呟いていた。
何もできなかった自分が、情けなくて。
「謝るな。お前が無事ならそれでいい」
ライルはそう言って、私の髪をそっと撫でた。
優しいはずのその手が、今は重たく感じる。
――守られるだけの自分が、悔しかった。
*
翌日。
村は昨夜の騒ぎで持ちきりだった。
「魔族が村に?」と皆が口々に不安を漏らす。
私も心配されたけれど、「ライルが守ってくれたから」としか答えられなかった。
家の裏で水汲みをしていると、足音が近づいてきた。
振り向けば、案の定ライルだ。
「……昨日から、ずっと付きっきりだね」
「当たり前だ。お前を一人にするわけがない」
即答。
その言葉は嬉しいはずなのに、胸の奥が少しざわつく。
「……でもさ、私、昨日何もできなかった」
「できなくていい。危ないことは俺がする」
「違うの。私、守られるだけなのが嫌なの」
ライルの眉がわずかに動く。
驚いたような、でもどこか困ったような顔。
「昨日、私、本当に何もできなかった。足も動かないし、声も出ないし……すごく悔しかった。
だから……教えてほしい。戦う方法とか、逃げる方法とか。少しでもいいから」
沈黙が落ちる。
水桶の中で光が揺れ、風が木々を揺らす音がやけに大きく聞こえた。
「……危険だ」
「わかってる。でも、このままじゃ、また同じになる。私は嫌なの。あなたが傷つくのを、ただ見てるだけなんて」
ライルの目が、ゆっくりと細くなる。
黄金色の瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。
「……本気か?」
「本気」
しばらくの沈黙のあと、ライルは深く息を吐いた。
「わかった。ただし、俺がそばにいる時だけだ。絶対に一人でやらないこと」
「……うん!」
返事をすると、ライルは苦笑した。
「やれやれ」という顔をしているけど、その目はどこか嬉しそうだった。
「じゃあ明日からだ。覚悟しろよ、ミナ。訓練は甘くない」
「望むところ」
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
昨夜の自分より、少しだけ強くなれる気がした。
――勇者の隣に立つために。