第3話 村人の視線
翌日も、ライルはやって来た。
しかも朝から、堂々と私の家の前に立って。
「おはよう、ミナ。今日は一緒に市場に行こう」
開口一番、そんなことを言う。
市場なんて、村の真ん中だ。人通りも多い。
勇者様と並んで歩くなんて、注目されるに決まってる。
「……私、一人で行くから」
「却下」
即答された。
笑顔なのに、全く譲る気がない。
「お前は狙われやすい」
「は?」
「魔王は倒したけど、残党がいる。勇者の弱点を狙うなら、お前だ」
そんな真剣な理由を言われたら、拒否しづらいじゃないか。
仕方なく並んで歩くことになった。
案の定、村の中心に入った瞬間、皆の視線が集まった。
おばさんたちは笑顔でひそひそ話し、子どもたちは「あ、勇者だ!」と声を上げる。
私は恥ずかしくて、視線を地面に落とした。
「ミナちゃん、立派になったねぇ!」
「勇者様に選ばれるなんて、昔から仲良しだったもんねぇ」
次々と声をかけられる。
ライルはそのたびに、誇らしげに私の肩へ手を回した。
「俺の嫁になる人だ。大事にする」
――だから! そういうことを大声で言わないでほしい!
市場の空気が一瞬止まったあと、「おお〜!」という歓声が上がった。
顔が熱い。耳まで真っ赤だと思う。
「……やめてよ」
小声で抗議すると、ライルはさらっと答えた。
「なんで。俺は事実を言ってるだけだ」
事実、ねぇ……。
まだ「嫁になる」って決めた覚えはないのに。
買い物を済ませ、帰り道。
すれ違った老人が「お幸せにな」と笑った。
あぁ、もう村全体に誤解されてる。
いや、もしかしたら誤解じゃないのかもしれないけど……。
「ライル、本当にこうやってみんなの前で言わなくても――」
「隠す理由がない」
即答。
そして歩きながら、私の手を取る。
自然すぎて、反射的に握り返してしまった。
「……あのね」
「ん?」
「こういうの、恥ずかしいんだけど」
ライルは少し笑って、私の指を強く握った。
「恥ずかしがる必要なんてない。俺はずっと、お前を世界一大事にするって決めてる」
あぁ、まただ。
真っ直ぐで、逃げ場のない言葉。
胸が温かくなって、どうしようもなく顔が緩む。
家に着く頃には、市場での視線のことなんて、少しだけどうでもよくなっていた。