第2話 幼なじみじゃない
あの日から、村の空気は一変した。
いや、正確には――勇者ライルが私に求婚したあの日からだ。
買い物に出れば、村の誰かが私を見てくる。
「ミナちゃん、すごいじゃない!」と笑顔で言われたり、
「勇者様のお嫁さんなんて、村の誇りだねえ」と頷かれたり。
まだ結婚すると決めたわけじゃないのに。
家に帰っても、母はどこか浮かれ気味だ。
「ライルくん、立派になったねぇ。優しそうだし……」
――母よ、その笑顔、やめてほしい。
こっちは頭の整理すらできてないのに。
しかも肝心の本人、ライルはというと……。
「おはよう、ミナ」
庭先に立っていた。
朝日を背に、にこやかな笑顔。
うん、爽やかだ。爽やかすぎて、逆に腹立つ。
「……なんでいるの」
「なんでって、お前の家の庭だろ?」
「そうじゃなくて!」
「お前を迎えに来たって言っただろ。毎日来るに決まってる」
――毎日?
さらっと言ったけど、ちょっと待って。
そんな宣言、聞いてない。
「ライル、あのね。私たち、もう五年も会ってなかったんだよ? 急にそんな……」
「五年離れてても、俺の気持ちは変わらなかった」
低く、落ち着いた声。
昔の、無邪気な少年の声とは違う。
大人の男の声だ。
心臓が一拍、強く跳ねる。
「それに――」
ライルは一歩近づき、私の肩に手を置いた。
近い。近い近い近い。
黄金色の瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。
「俺はもう、あの頃の“幼なじみ”じゃない」
瞬間、呼吸が浅くなった。
彼の指先が、私の髪をそっとすくい上げる。
旅で鍛えられた指。硬くて、温かい。
「……勇者様、らしくなったね」
なんとかそう口にすると、ライルは少し笑った。
「勇者なんて肩書き、どうでもいい。俺にとっては、お前の隣に立つための力だ」
……ずるい。
そういう言葉を、真顔で言うなんて。
私が言葉を探していると、村の子どもたちが駆けてきた。
「ライル兄ちゃん! 剣を見せて!」
「戦いの話して!」
ライルは笑いながら応じ、子どもたちと剣を振ったり、武勇伝を語ったりしている。
その姿は、村のヒーローそのものだった。
でも、時々視線がこちらに戻ってくる。
人に囲まれていても、私を探すみたいに。
……気のせいじゃない。
夕方、子どもたちが解散し、私たちは並んで帰った。
空は茜色に染まり、風が少し涼しい。
「ねえ、ライル」
「なんだ」
「……本当に、なんで私なの?」
自分でも卑屈だと思う。
彼は英雄で、私はただの村娘。
釣り合わないことくらい、わかってる。
ライルは立ち止まり、真剣な目で私を見た。
「理由なんて、いるのか?」
「……いるでしょ」
「じゃあ言う。――好きだからだ」
それだけを言い、歩き出す。
あまりに真っ直ぐすぎて、反論もできない。
……ずるい。本当に、ずるい。
でも、胸の奥が温かくなるのを止められなかった。