第16話 忍び寄る影
翌日。
村の西側の防御柵を作る作業は、朝から始まっていた。
私も木槌を持って杭を打ち込み、縄を結び、慣れない力仕事で腕が悲鳴を上げる。
「大丈夫か? 手、見せてみろ」
休憩中、ライルが私の手を取った。
「平気だって。ちょっと豆ができただけ」
「俺がやるから、お前は休んでろ」
「でも――」
「言っただろ。守るって」
押し切られる形で切り株に座らされ、木陰で水を飲む。
そんな時だった。村の荷車係のラントさんが、何やらこそこそと話しているのが目に入った。
相手は旅の商人風の男。
けれど、この時期に外から商人が来るなんて珍しい。
しかも二人は防御柵の陰に隠れるように立ち、声を潜めている。
「……あれ、誰だろ?」
私が呟くと、隣の年配女性が首を傾げた。
「あの男? 見たことない顔だねぇ。ま、ラントさんは昔から顔が広いから、知り合いかもしれないけど」
気にしすぎかもしれない。
でも、ラントさんの表情は固く、何かを受け取る手元が一瞬見えた。
小さな袋――中には銀貨か、それとも。
「ミナ、何を見てる?」
不意にライルが近づき、視線を追う。
その瞬間には、二人はもう離れてしまっていた。
「……いや、ちょっと気になることがあって」
「気になるなら言え。危険な匂いがする」
ライルの声が低くなる。
私は迷った末に、ラントさんの様子を話した。
「……わかった。俺が探る」
その言葉に安心したけど、同時に妙な不安も胸に残った。
もし本当に裏切り者だったら――?
その事実は、この村にとって何よりも重い傷になる。
*
夕暮れ時。
私は夕飯の材料を取りに、倉庫に向かった。
戸を開けると、ひやりとした空気と、わずかな土埃の匂いが広がる。
奥の棚から野菜を取ろうとした時――背後で、足音。
「……誰かいるの?」
返事はない。
ただ、足音だけが、ゆっくりと近づいてくる。
振り返った瞬間、視界が暗くなった。
布が頭からかぶせられ、口元を押さえられる。
「んっ……!?」
必死に暴れるが、力の強い腕が身体を拘束する。
鼻腔に広がる、甘くむせるような匂い――眠り薬。
「大人しくしてろ。すぐ終わる」
耳元で低い声が囁かれ、意識が遠のいていく。
最後に見えたのは、倉庫の扉の隙間から差し込む夕日と――
その向こうで、ラントさんが無表情にこちらを見ている姿だった。