第15話 闇の中の企み
深い森の奥、陽光も届かぬ湿った空気の中に、古びた石造りの祭壇があった。
その前に、昨夜ライルと戦った魔将ガルドが膝をつく。
「……お許しを、魔王様」
祭壇の上には、黒い霧のようなものがゆらめいている。
その中心から響く声は、低く、地の底から湧き上がるようだった。
『勇者ライル……まだ生きていたとはな』
「思わぬ誤算でございます。ですが、次は必ず――」
『愚か者。貴様一人で挑めば、また同じ結果になるだろう』
声が冷たくなり、ガルドは背筋を正した。
悔しさを噛み殺すように拳を握る。
『あの村……勇者にとって特別な存在がいるようだな』
「……あの女か」
ミナの姿が脳裏に浮かぶ。
戦いの最中、必死に罠を仕掛けたあの瞳。
弱いはずの人間が、勇者を助けた瞬間の光。
『あれを捕らえれば、勇者の心は揺らぐ』
「承知しました。ですが、どうやって村の防備を破るか……」
『それは心配いらぬ。人間の中には、必ず欲と恐れに支配される者がいる』
その言葉と同時に、黒い霧が形を変え、一人の村人の顔が浮かび上がる。
――見覚えのある顔。村の荷車を管理している、穏やかな中年男。
「まさか……裏切ると?」
『家族を守るためとあれば、いくらでも口を開くものだ』
ガルドは口の端を歪めた。
勇者の強さは認める。だが、人間の弱さもまた熟知している。
「では、明晩には村に忍び込み、女を――」
『よいな、ガルド。あの女を傷つけるな。生きたまま連れて来い。勇者を壊すのは、貴様の剣ではなく、あの女の悲鳴だ』
背筋に冷たいものが走る。
それでもガルドは、深く頭を垂れた。
「御意……必ず、勇者を跪かせてみせます」
黒い霧が消え、森は再び静寂に包まれる。
だが、その奥底には、確実に村へと迫る影があった。
*
同じ頃、村では。
私はライルと共に、堀の補強作業をしていた。
木の杭を打ち込み、縄で繋ぎ、防御柵を作る。
「よし、これで東側は終わりだな」
「西側も今日中に終わらせたいね」
汗を拭いながら、私は空を見上げた。
夏の終わりを告げるような、少し涼しい風が吹き抜ける。
――まさかこの平和な時間の裏で、あんな企みが進んでいるなんて、夢にも思わなかった。