第11話 迫る嵐と離れたくない
小屋を出た瞬間、空気が変わっていた。
夕暮れの風が生温く、遠くの地平線に黒い煙が立ち昇っている。
「何があった?」
ライルが村人に問いかけると、息を切らした青年が答えた。
「近くの森に……魔族が数十、いや百はいるかもしれないと……!」
「百……?」
思わず声が漏れる。
七体であんなに大変だったのに、それが百――想像するだけで足がすくむ。
「急いで村の守りを固める。俺は先に様子を見てくる」
そう言って歩き出すライルの腕を、私は反射的に掴んでいた。
「待って! 一人で行く気なの?」
「偵察だ。お前は村で――」
「嫌。行く」
「ミナ――」
「一人にされる方が怖いの。……また、あの日みたいに、置いていかれるのは嫌」
視線を逸らさずに言うと、ライルはしばらく黙ったまま私を見つめていた。
やがて小さくため息をつき、掴んでいた腕を逆に包み込む。
「……分かった。ただし、絶対に俺の後ろから離れるな」
「うん」
*
森へ向かう道すがら、空は徐々に暗くなり、風が強まっていく。
ライルは何度も周囲を見回しながら進んでいた。
そんな中でも、私の手をしっかり握ったまま離さない。
「……怖くないのか?」
突然の問いに、少し考えてから答える。
「怖いよ。でも、ライルと一緒なら……怖いだけじゃない」
「……お前って、本当に無茶だな」
小さく笑いながらも、彼の手の力は強くなった気がした。
やがて森の入り口にたどり着く。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
木々の間に、無数の赤い瞳が光っている。
ざっと見ただけで数十はいる。それがまだ奥にもいるのだ。
「……これは、ただの偶然じゃない」
ライルの表情が険しくなる。
「誰かが魔族を集めている」と低く呟いた。
その時――森の奥から、他とは違う圧を持つ気配が迫ってきた。
重い足音。地面がわずかに揺れる。
「ミナ、下がれ」
「でも――」
「これは……俺でも簡単じゃない相手だ」
冗談じゃない、と思った。
それでもライルは剣を抜き、私をかばうように一歩前へ出る。
――怖い。だけど、離れたくない。
その気持ちだけが、胸いっぱいに広がっていた。