第9話 初めての戦場
魔族の唸り声が丘を包む。
ライルは一歩前へ出て、私を背中にかばった。
「数は……七体か。面倒だな」
そう呟く声は低く落ち着いている。
でも、私にはその落ち着きが嵐の前の静けさにしか思えなかった。
「ライル、私も――」
「駄目だ。ここで下がってろ」
言い終わる前に、ライルは駆け出した。
剣が閃き、一体目の魔族の首が飛ぶ。
その動きは速すぎて、私の目では追いきれない。
だけど――魔族は次々と湧いてくる。
ライルが二体目を斬り伏せた瞬間、別の魔族が背後から回り込もうとした。
「ライル! 後ろ!」
叫んだと同時に、黄金色の瞳が振り返る。
間一髪で剣が振るわれ、魔族は地面に沈んだ。
でも、その直後――
「くっ……!」
ライルが膝をついた。
肩口に深い傷。赤い血が、服を濡らしていく。
「ライル!!」
私は走り出していた。
足が震えても、怖くても――放っておけるわけがない。
「ミナ、下がれって――!」
「嫌! 私だって戦う!」
腰に差していた木剣を抜く。
訓練用だから本物の剣ほどの威力はないけれど、今はこれしかない。
正面から飛びかかってきた魔族が牙を剥く。
心臓が耳元で爆発しそうなほど鳴っている。
頭が真っ白になりそうなのを必死で押しとどめ、ライルの声を思い出す。
――足は肩幅、重心は低く。腕じゃなく腰と足で。
「やああああっ!」
木剣を振り下ろすと、鈍い衝撃が手に走った。
魔族の腕を打ち払い、間合いを外すことに成功する。
「ミナ……!」
驚きと、わずかな誇りが混ざった声が聞こえた。
その声が背中を押す。
「来るなら来い!」
恐怖は消えない。
でも、あの夜のように立ち尽くすだけの自分には戻らない。
私が一体を引きつけ、その隙にライルが残りを次々と倒していく。
気づけば、最後の魔族が地面に崩れ落ちていた。
――終わった。
剣を握る手が震えている。
でも、立っている。逃げなかった。
「ミナ……!」
駆け寄ったライルが、私を抱きしめた。
血の匂いと汗の匂いが混ざっているのに、不思議と安心する。
「馬鹿……でも、ありがとう」
その声はかすれていたけれど、私には何よりも温かく響いた。