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つまりこの屋敷には私を含めて十人が住んでいる

「い、いえ! 手伝います!」

「不要です」

「でも!」

「高貴なお立場の方がやることではございませんので」

「へ……? こ、高貴……?」

「はい」


 淡々と答える従者の男に、ようやく思い違いをされていることに思い至った。


「違います! 私は平民です!」

「え?」


 ものすごい疑わしい目で見られた。


「平民です! ですから、その、敬語も不要ですし、手伝いますから!」


 一方的に言って空になった食器を掴む。視線を感じる。けれど、今更引っ込みがつかない。


「……ありがとうございます。ですが、今後は不要です。これは自分の仕事ですので」


 敬語を取ってくれないばかりか、これでは『今回だけは見逃してやる』と言われているようなもので……。なんだろう、釈然としない。

 釈然としないまま、それでも片付けた食器を持って厨房へ行くと、少年がいた。そう、少年だ。癖のある髪は綺麗な空色をしている、どう見ても十代前半にしか見えない子供。どうしてこんなところにいるのか。どう対応したものかわからずに瞬間フリーズする。


「あ。ありがとうございます。食器はそこに置いておいてください」


 未だ声変わりしていない、少年特有の声でそう言われた。


「あ、は、はい」


 食器を言われた場所に置いて、と。ん? いや待て。なぜこの少年が指示を出して……。


「タキ様。お疲れ様です。お三方がお食事になられました」

「そうですか。ありがとうございます」

「タキ様……? って、あの……」


 私の後から入ってきた従者の男の言葉に、まさかと思うが……。


「ああ、ご紹介いたしますね。こちらの寮専属でいらっしゃるシェフのタキ様です」


 シェフ!?︎ この子供が……!?︎ いや、それよりも。私は視線を合わせるように中腰になると、子供……タキの手をしっかと握った。


「すっっっごく美味しかったです! ご馳走様でした!」

「えっ! わ……あ、ありがとうございます。嬉しいです」

「あの、特にパン! 焼き立てだからですかね! すごく美味しくて、あとあのスープ、隠し味入ってますよね!?︎ 何を使って…………あ、すみません……つい」


 興奮してしまった。そんな私は意に介さず、従者の男は食器を台に置いている。ついでに蛇口を捻ると、水受けに水を溜め始めた。私も手伝わなくては、と立ち上がろうとすると手をグッと握り返される。


「……すごく嬉しいです! あの、皆さま何も言ってくださらないので……いえ、もちろんボクを雇っていただいてるだけでそのお気持ちはわかっているのですが、皆さま朝起きられるのはお辛いのか休日には無駄になってしまうことも多くて……」


 ションボリと項垂れるタキに、不思議な心地になった。これが、母性本能というやつだろうか。なんだろうこの可愛い生き物は。


「……それなら、事前に教えていただけば良いのではないですか? 必要かどうか」


 そう提案するもタキは残念そうに首を振る。


「ボクの立場でそこまで言えませんよ。ルキウス様がお気遣いくださって、出来立てを食べられるように同じ時間に皆で食べましょうと言ってくださっただけで充分です」


 ああ、それで皆で揃って食べるのか……。


「……でも、皆さん起きてきてくださらないのですね……」


 何とかならないものかと思案していると、食器を洗っていた男が呆れたようにため息をついた。


「はあ……貴族というのはそういうものです。正直疑っておりましたが、そのご様子からして本当に平民のようですね」


 疑われていたのか。


「私、そんなに平民に見えませんか?」

「平民の方はそのように流暢に敬語を操られませんので。言葉も訛るものですし」


 おお、これは特訓の成果……! やった……! しかし……。


「そういうもの、ですか」

「そういうものです。家によっては、旦那様方がご起床なさってから作り始めるところもあるようですが、起きて来ないとわかっていても用意はしておくものです。そして、毒味等の後お届けすることになりますので、出来立てを食されることはまずございません」

「え? でもここ、毒味してないですよね?」

「しておりますよ。お出しする前にこちらで。ですが、隣接した食堂でお召し上がりになりますし、決まった時刻にお越しいただくことで出来立てをご提供できております」


 そうだったのか……。


「あ! あの……今更なんですが……」

「なんでしょうか?」

「お名前……教えていただいてもよろしいでしょうか……?」


 はた、と男の手が止まる。持っていた食器を丁寧に置いてからこちらに向き直った。


「申し遅れました。自分は、ルキウス殿下の従者でありますキエラ・レーヴィルと申します」


 私も慌てて、立ち上がり居住まいを正す。


「私は、エリンと申します。どうぞ、エリィとお呼びください」

「エリィ様……ですか? エリン様ではなく」

「はい。様も要りません。どうぞ、エリィ、と」


 キエラはそれに苦笑した。


「立場上、様は外せません。ですが、承知いたしました。エリィ様と呼ばせていただきます」

「エリィ様……は、平民なんですか?」


 キョトンと、尋ねたのはタキだ。


「はい。平民です」

「わあ……ボクも平民の出身なんです。けど……なんだか、平民に見えませんね。お名前も、三音ですし」


 そう、三音の名前。これは平民としては珍しい。単なる慣習でしかないのだが、平民は二音名が多い。身分が高くなるほど名前を長くしないといけない……なんてことはないのだが、裕福な家柄や貴族になると三音や四音の名前が多くなる。あくまでそういう傾向というだけの話だが。


「……もしかして、それでエリィ……なのですか?」


 と、今度はキエラだ。


「はい……なんというか、恥ずかしくて」

「お気になさることないと思いますが……名前の長さなど慣習でしかありませんし」

「そうなのですが……私のお友達は皆、二音名で……正直、羨ましかったのです」


 名前長いねー、と何の気なく言われた言葉が、チクリと胸に刺さったのはいつだったか。そうして、私はエリィを名乗るようになったのだ。


「……なんとなく、わかります。目立つのは嫌ですよね……。ボクもまだ年齢が低いので。ここだと目立ってしまって……」

「あ、そうですよね。でも、タキはどうしてその年でここで働いてるのですか?」

「あの、落ち着かないので敬語はいらないですよ。働き口が欲しくて、採用試験に応募したら、なんか受かっちゃって……」


 えへへ、と笑うが、受かっちゃうものなんだろうか、と思っていたらキエラが言葉を添えた。


「人手不足なんですよ。ここ、寮も多いでしょう。一つの屋敷に一人つけるとなると、人手が足らない。それで、料理の腕以外不問にして片端から採用しているんです。もちろん、身辺調査くらいはしていると思いますが」

「なるほど……ん? あの……タキって何歳……?」

「今年で十二歳になります。ここで働き始めて丸二年ですね」


 つまり、十歳で採用された……? もしかして結構……いやだいぶすごい人なのでは……。


「十歳で料理の腕が及第点だったなんてすごいね」

「ありがとうございます。あ、そうだ、エリィ様。お昼はどうされますか?」

「お昼? あ、食べる! 食べます!」

「ならご用意いたしますね。そしたら……三人分でいいかな……」

「三人……というと……」


 私と……。


「フィリップ様とレジーナ様です」

「殿下とレオン様は?」

「学舎の方に行かれるんだと思いますよ。昼食については頼まない限り不要だと言われておりますので」

「え、けど」


 休みなのに? と言いかけたところでキエラが割って入ってきた。


「食器洗っておきました」

「あ、ありがとうございます! 賄いは向こうに用意してありますので」

「ありがとうございます。いただきます」


 向こう、と言った方を見ると更に奥に扉があった。


「向こうって?」

「使用人の部屋です。今はボクも含めて四人で使っています」

「へぇ……そんなに……」


 タキと、アンナ。それにキエラさんと……もう一人、と考えているとタキが解説する。


「ボクとキエラさんの他には、フィリップ様たちの侍女の方と、ロレンス様の従者の方ですね」

「ああ、ロレンス様の……」


 つまりこの屋敷には私を含めて十人が住んでいるわけだ。覚えきれるかな……と些か不安になる。


「えっと……エリィ様は、ご予定などないのですか?」

「えっ? うん、特に……あっ! ごめん邪魔だよね! すぐに出て行きます……! ごちそうさまで」

「いえ! そうじゃなくて! ご予定がないのでしたら、先程のスープの隠し味とかについてお話できるかな、と」

「えっ! ……いいの!?︎」


 思わず期待に目を輝かせた私に、タキはにっこりと笑って答えた。


「はい。お昼の仕込みはもう少し後でも大丈夫ですので」

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