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二人も旦那がいたら子供の親がわからなくなる

 翌日。鐘の音と共に起床し、朝の六時に食堂へ行くと、そこには殿下が一人座っていた。慌てて居住まいを正して、できる限り優雅に礼をする。


「おはようございます。殿下」

「ん、おはよう。おや……昨日ぶりだな」


 覚えててくれたぁ!


「は、はい。その……」


 ああ、気の利いた一言、出て来い……!


「座ったらどうだ?」

「っ……はい。失礼いたします」


 昨日の夕飯と同じ席に座る。殿下の席は一番奥、ちょうどテーブルの対角線上で私から最も遠い席だ。


「早起きなんだな。今日は休みだろう」

「出来立てが食べたいと思いまして……」

「そうだな。出来立ての方が美味い。僕も出来立ての方が好きだ」


 ああ、殿下と話している。会話をしている。同じ食卓で同じ食事を摂れる。どうしよう、頭が真っ白だ。変なことを口走らないか心配でならない。出来立てが食べたいってなんだ。食い意地が張ってると思われる……!

 一人、軽くパニックになっていると、厨房から使用人が出てきた。アンナではない。昨日は見なかった黒髪の男性だ。その使用人の手によってテキパキと食事の準備が整えられていく。それでも一人だと大変そうだ。どうしよう、『手伝いたい』と申し出ても良いシーンだろうか。けれども、私が迷っているうちに準備は完了してしまった。


「………………」

「………………」


 どうしよう。気まずい。食べたい。けれど、殿下が動かない。


「……み、皆さん来られませんね……?」

「ああ、そろそろレオが来ると思うんだが……」


 言ったところでガチャリと背後で扉が開いた。


「おはようございます。悪い、遅くなった」

「ああ、本当だ。エリン嬢がお待ちかねだぞ」


 名前……! 名前覚えて……! うわあぁぁやったああぁぁ! という心の叫びは胸の奥に閉じ込めて。


「いえ、私のことはお気になさらず」

「……ルキウスの前だと上品なんだな」


 入ってきたばかりのレオンが余計なことを呟く。まぁそれは構わない。どの道猫を被り続けるのは大変だし。


「意中の殿方の前ですもの。自分を良く見せようとはいたしますわ」

「…………エリン嬢」

「レオン様もいらっしゃったのでしたら、いただきましょう! もう六時を五分もまわっておりますわ」


 なんとなく申し訳なさそうな表情で殿下に名を呼ばれて、慌てて話を逸らす。今はまだ、その先を聞きたくなかった。幸いにも殿下もそれ以上言おうとはせず、フォークを手に取る。


「……そうだな。いただこう」

「おう」

「いただきます」


 しばし、三人分の食器の鳴る音が響く。やはり焼き立てのパンは美味しい。スープの味も複雑で、どんな調味料を使っているのかが気になる。もしかして砂糖も置いてあるのだろうか。それなら焼き菓子だとか、そういう甘味が出てくることも……なんなら、自分で作ることも……。


「ルキウス、今朝戻ってきたのか?」

「あぁ、今しがたな。フィリップの奥方に会ってみたかったのだが……」


 そう、少し顔を曇らせる。


「レジーナ様か……しかし、もう一人がエリンだったのは意外だな。俺はてっきりジョアンナ様かと」


 レオンの言葉にギクリとする。ジョアンナは殿下の婚約者の方だ。ちなみに侯爵家のご息女である。


「彼女は僕と同じ寮は嫌がるだろうさ。第一、今更寮を移るのもなんだしな」

「ま、それはそうか」

「……どうして、嫌がられるのですか?」


 婚約者との仲が上手くいっていないのだろうか。結婚相手など親の都合が第一であるから相性が良くない、ということはもちろんあり得る。だが、第一王子、それも見目麗しく優秀と評判の王子相手に不満を唱える者がいるとは信じ難い。


「彼女は、僕のことを嫌っているからな。婚約破棄も何度も迫られている。僕としてもご希望には答えたいのだが……彼女の両親がなあ」


 殿下は、ハァとため息をつく。


「ご両親のご意向……ですか」

「ああ。何としても次代の国王の祖父母となりたいらしく、目をギラつかせている。ただ、人としては信が置けないが能力だけは確かでな。こちらとしても無下にできないんだ」


 ジョアンナの家、トルヴァリエ家は由緒正しき家柄ということしか私もよく知らない。というか、妙に目立たない家なのだ。肥沃な領土を持つわけでも、取り立てて有名な特産品や技術を持つわけでもない。だが、どうしてかいつの時代にも有力貴族の一角にいる。堅実で立ち回りが上手い……そんな印象に、殿下の話は矛盾しないのだが。


「あの……それ、私が聞いても大丈夫な話ですか……?」


 すごい裏事情を話してくれている気がする。と、思ったらその通りだったらしい。殿下が悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ここだけの話、だ」

「はい……承知いたしました」


 神妙に答えたら、レオンが真顔で付け足した。


「エリン、冗談だ」

「えっ」

「ははは、そんな機密を話すわけがないだろう。こんなことは貴族の間じゃ周知の事実だ」


 殿下が朗らかに笑う。うわぁ、こんな顔もするんだなぁ、と軽く感動を覚えた。


「暗黙の了解だ。ここまではっきり言うのはルキウスくらいだろ」

「僕が言わずに誰が言うんだ。まったく、望まぬ結婚などやめれば良いものを……第一、どうして国王は側室を囲っていいのに、王妃は愛人を持てないんだ? おかしいだろう」

「まーた、始まった……」


 レオンが呆れたようにため息をつく。だが、たしかに。殿下の言うことには共感できた。男は側室として堂々と複数の女性をそばに置けるが、一方で女性が愛人を持とうと思えばあくまでも人目を忍んで、というのがこの国だ。王妃がそんなことしたら醜聞もいいところである。


「たしかにそうですね……女性も男性も二番目が許されれば……」

「君もそう思うのか。ジョアンナと気が合いそうだ」

「ジョアンナ様も、同じご意見でいらっしゃるのですか?」

「ああ、二人の妻になれるなら僕と結婚してやっても構わない、だそうだ」

「だから何度も言うが、二人も旦那がいたら子供の親がわからなくなるだろう」


 レオンがうんざりしたように言う。


「なるほど……確かにそうですね。だから男性だけ許されているのでしょうか?」

「そんなのどっちでもいいだろう」

「ルキウス、王家の血をなんだと思っているんだ。なぁ、エリン?」


 レオンがこちらに水を向ける。


「え? それは……レオン様の仰る通りですわ。王家の血が途絶えてしまえば国の根幹が揺らぎますもの」

「王家の血など……僕には煩わしいものだがな」

「な、なぜそのようなことを仰るのですか!?︎」


 殿下が疲れたように呟いた言葉に驚いて、思わず大きな声が出た。王家の血だ。高貴な血だ。受け継ぐことが名誉であれ、煩わしいなど。言ったのが殿下でなければ不敬罪になりかねない。しかし、それが不愉快だったのか。殿下の顔からふっと表情が消えた。


「そうだな。不適切な言葉だった。取り消そう」


 淡々と呟く言葉は、その内心が読めず、私はただ自分が何かを間違えたことを察した。縋るようにレオンに目を向けるが、スッと視線を逸らされる。同じテーブルで食事をしているというのに、その間には高い、とても高い壁が立ちはだかっているようだった。

 その後は特に会話もなく、黙々と食事を終えた殿下とレオンはひと足先に部屋へ戻って行った。先程までいた使用人の男性も殿下付きの従者だったのか、一緒に行ってしまった。

 私もまた食事を終えたのだが、時間を持て余していた。食卓には、レジーナたち三人分の食事が手付かずのまま残っている。

 じっ……と、食卓を見つめて思案する。このままの状態で立ち去ることが憚られた。昨日は促されるまま部屋を出てしまった……食卓の後片付けなど、きっと貴族は自分でしないのだろう……。しかし、いつまでもこうしているわけにも。


「まだ、お部屋に戻られないのですか?」


 突然背後から声をかけられてギョッとして振り返ると、先ほど殿下について出て行ったはずの従者がいた。


「あ、え、ええと。もう戻るところで……」


 言いながら、慌てて立ち上がる。けれど、私は本来であればきっとこの従者より余程低い立場のはずで……。


「そうですか。でしたら、片付けてしまいますね」


 そう言って食べ終えた食器に向かう彼の後ろ姿に、声をかけた。


「あ、あの……」

「はい?」


 振り返った彼は、改めて見ると綺麗な顔をしていた。肌荒れなど無縁そうな、育ちの良さが伺える顔だ。長いまつ毛といい、ツヤのある黒髪といい、良い生活をしているであろうことが見てとれた。


「私も、手伝います」

「不要です」


 ばっさりだった。

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