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陰のある美形は『暗い』ではなく『クール』という

「あ! 忘れてた!」


 唐突に叫んだのは赤毛だった。


「食事中に叫ぶな」


 不愉快そうにフィリップが嗜める。


「ん、悪い。自己紹介してなかったなと思って」

「ああ、そういえば。エリンちゃんにされてたから忘れてたよ。僕はロレンス・スピアリット。父が宰相をしてる。家格は侯爵家。よろしくね」

「んぐっ……よろしくお願いします」


 本来なら立って挨拶すべきなのだろうが、口いっぱいにパンを頬張っていた私は慌てて飲み込むのに精一杯で、会釈で返してしまった。このパンすごく美味しい。柔らかくてふわふわしている。もちろん歓迎会でも食事はしたし、そちらも美味しかったのだが、ここの食事は出来たてホカホカである。


「俺はレオン・ブラックマン。よろしくな」

「よろしくお願いします」


 今度こそきちんと飲み込んだ上で、ぺこりと座ったまま頭を下げる。ブラックマンという姓からして、この男は王国騎士団長の血縁…….おそらくは子息。そう予想を立てながら様子を窺うも、レオンは何も言う素振りがない。代わりにロレンスが言葉を添えた。


「レオのお父さんは王国騎士団長なんだよ」

「そうなのですね」


 当たりだ。となると、家格的には伯爵家。だが、今この学園にいるということは彼は団員でもないのだろうか。嫡子であれば将来の騎士団長の有力候補として入団しないはずがないだろうし、上に兄弟がいるのかもしれない。


「ほら、フィリップの番だぞ」


 レオンが促したが、フィリップは素っ気なく返す。


「僕はもうした。ジーナ、このパン美味しいよ」

「そんなに食べられませんわ……」


 この二人は先ほどからずっとこんな感じだ。おしどり夫婦、というよりフィリップがレジーナにべったりという風に見える。公爵家嫡男に対して、レジーナの出身は子爵家だったはずだ。微妙に家格がつり合っていないが……そのあたりも関係しているのだろうか。

 二人とも慣れたものなのか、呆れたようにフィリップとレジーナを眺めていたが、気を取り直したようにロレンスが顔を戻した。


「まぁいいや……ここのルールもちゃんと説明しておくね。食事は基本的に朝六時と夜十八時。昼食はたぶん学園で食べると思うけど、言えばお弁当も作ってくれると思うよ。浴室は順番に使う。まずルキウス、フィリップと……レジーナさん、その次が僕で、レオで、最後がエリンちゃん。けど、いないこともあるからその時は先に使ってくれて大丈夫だよ」


 言われたことを必死で頭にメモする。殿下で、フィリップで……実家の爵位順……だろうか。食事の支度や掃除は使用人がやるのだろう。そうなると……。


「えっと……学園が休みの日も、ですか?」

「まあ、基本的には。でもその時間に来れば出来立てが食べられるってだけだから。別に時間厳守じゃなくても大丈夫だよ」

「……わかりました。ありがとうございます」


 にこりと笑って礼を言う。絶対時間通りに来よう。

 その日の晩。慣れない浴室に四苦八苦しつつもなんとか入浴も終えて、一日を乗り切った私は自室のベッドの上に倒れ伏していた。長い一日だった。けれどもまだ本格的な学園生活は始まってすらいない。


「……すごい……ふかふかだぁ……」


 なんなんだろうか、この弾力は。これが高価な寝台というものなのか。ここに来てからというもの、見るもの食べるもの、すべてが『高そう』なのだ。いや、実際高価なのだろう。この寝台一つ買うお金で、いったい何年暮らせるだろうか。別世界に来てしまったと思うと同時に、殿下と自分との間にある差を痛感した。


「まぁ、わかってたしっ……」


 弾みをつけて、ガバッと体を起こす。喉が渇いたと思っていたのだ。冷たい水を飲みたい欲求が萎まないうちに、とそろりと扉を開ける。尞の中は静まり返っていた。足音を立てないようにそろそろと階段を降りて、食堂へ。水は……厨房だろうか。そっと押し開けて中へ入り……。


「わっ!?︎」


 入った扉の真横、何か大きなものが動いて叫び声を上げる。慌てて振り返るも暗くてよく見えない。しかし、相手にはこちらが見えたらしい。


「なんだ、君か」


 あからさまに落胆した声が聞こえてきた。だが、その声で私にも相手が誰かわかった。


「……フィリップ様……? 何をなさっているのですか?」


 私の問いに、フィリップは迷うような沈黙の後で、渋々というように答えた。


「……まあ、君も一応女性か……。どうしたら女性に好かれるか、わかる?」


 唐突な質問が来た。だが、フィリップからの問いであることを考えればある程度の察しはつく。


「…………一応というのが気になりますが……レジーナと何かあったのですか?」

「別に」


 フイとそっぽを向いたのが気配でわかった。暗闇に目も慣れてきて、フィリップの輪郭が見えてくる。何かあったんだな。

 何かあったからこんな場所で不貞腐れているのだろう。しかも先ほどの反応からして、レジーナが探しに来ることを期待していた。めんどくさい人だな。


「そうですか……でも、フィリップ様なら何もしなくても好かれるのではないですか?」

「そんなわけないでしょ」


 いっそ清々しいほどに呆れたように言われた。


「ですが……フィリップ様は容姿端麗でいらっしゃいますし……公爵家の嫡男でしょう」


 少し陰気なところはあるが、陰のある美形は『暗い』ではなく『クール』というのだ。フィリップが超絶美形であることは疑う余地もない。モテない要素を探す方が難しいと思う。


「……だとしても、見た目がいいだけで好かれはしないだろう」


 いや、割と結構本格的に好かれると思うが。


「引く手数多だったのではありませんか?」

「それは……これでも一応次期公爵だからね。それより、僕はどうしたら好かれるかを聞いてるんだけど」

「知りませんよ、そんなの」


 早く水を飲んで戻ろうと、室内を見渡すが暗くてわからない。


「…………なら、君は?」

「はい?」

「ルキウスのどこが好きなの?」


 今更な問いに、私は失笑と共に答えた。


「全部です」


 どこが好きか? 馬鹿げた質問だと思う。強いて言うなら彼であるところ、になるのだろうか。同じ好きな要素を持っていれば好きだとはならない。仮に彼に瓜二つな双子の兄弟がいたとしても、私が好きになったのは殿下だったことだろう。だが、フィリップはその答えでは満足しなかったらしい。


「全部……って。何かあるだろう。きっかけとか」

「一目惚れですかね」

「顔……?」

「違います!」


 本当に失礼だ。言われ慣れているが、言われるたびに思う。一眼見てわかるのは顔だけだろう、と言われるがそんなことはない。瞳に映る内面とか、立ち姿とか、振る舞いとか、漂う気品とか、優雅さとか格好良さとか周囲の目からだって彼がどんな評価を受ける人物なのかということが…………ともかく、色々あるのだ。と、湧き起こる激情を持て余しているとフィリップが笑った気配がした。


「そう……。そうだよね。なら、聞き方を変えよう。どうしたら僕を好きになる?」

「え、あり得ませんけど……」


 いけない。思わずドン引きしてしまった。しかし、答えを予期していたようにフィリップは淡々と聞き返す。


「どうしてあり得ない?」


 ここまで来ればさすがに察しがつくというものだ。何かあった、というより、そのものズバリ。


「あの……もしかして、レジーナに好かれてないことで悩んでる……とか?」

「………………悪かったね」


 否定はしないんだ……。


「私があり得ないのは殿下のことが好きだからです。他の殿方に目移りするはずがありませんわ」

「それだ」

「え? それって……」

「ジーナに僕以外の思い人がいるんだ……どこのどいつだ……」


 何か怖いオーラを放ち始めた。お水飲みに来ただけなのに……。


「でも、そうと決まったわけでは……」

「さっき君が言ったんだろう。僕は何もしなくとも好かれるはずだって」


 まあ、確かに言ったし、実際その通りだとも思う。身分は申し分なく、容姿端麗であることは言うまでもない。少し愛が重い気がしなくもないが、むしろそれはプラスにすら働くだろう。性格にさほどの難があるようにも見えない。というか。


「レジーナは、フィリップ様に好意を寄せていると思いますけど」


 それは確かに、フィリップの方が明らかに愛が重いし、べったりしているのは今日会ったばかりの私でもわかった。けれど、レジーナの態度も……他に思い人がいるようには見えなかったのだ。満更でもない様子、とでも言おうか。心の底から迷惑しているように見えなかった。もしそんな風に見えていたら、私は二人を残して広間に戻ったりしなかっただろう。


「僕は一度だって、彼女から愛の言葉を聞いたことはないよ」

「……一度も、ですか?」

「ああ。言わせたことならあるけれどね。でも、それは違うだろう。彼女はとても奥ゆかしく、礼儀正しい人だ。家格的にも目上の婚約者相手に、好いているのかと聞かれてノーとは言わない」

「それは……そうかもしれませんが……」

「君、友達なんだろう。誰が僕のジーナを唆しているのか探ってくれないか?」

「唆してるって……というか、どうして私が」

「誰がルキウスの婚約者を差し置いてこの寮に捩じ込んでやったと思ってるんだ」


 その言葉にハッとした。フィリップとレジーナが同じ寮なのだ。殿下の婚約者だって、同じ寮であって当然ではないか。


「ま、まさか……」


 なんという恐ろしいことを……。


「まあ、それは冗談だけど」

「へっ!?︎」

「融通したのは本当。婚約者を押し退けたわけじゃない。僕にそんな権力あるわけないでしょ。それより、やってくれるよね?」


 にこり、と初めて見る笑顔でフィリップが笑う。暗闇に慣れた瞳にはそれがしっかりと視認できて、有無を言わせぬ態度に私は素直に頷くしかなかった。


「……わかり、ました」


 それに、協力すればちょっとだけ恩を売れるかもしれない。


「うん。それで……君は何しに来たの?」


 フィリップの言葉にようやく当初の目的を思い出した。


「あっ! そうでした、お水を飲みに……あの、水樽って……」

「樽? ここは上水道通ってるから、そこの蛇口。捻れば出てくるよ」

「えっ! あっ……本当だ……」


 書物で見たことはあったが、本当に実用化されていたのか。溢れてきた水を手で受けて口に含む。あぁ、生き返る……。


「それでよく浴室使えたね」

「え……えぇ、まぁ……」


 そうか、装飾が違うからわからなかったが浴室で見たのも蛇口だったのだろう。残り湯で済ませたなんて言えない……。


「というか、部屋に水差しもないわけ?」

「ありませんよ……そんなの」


 水差しなんて、家に一つしかなかった。それで事足りたのだ。何しろ、ここでの私一人の部屋より狭い家なのだ。


「そっか。じゃ、おやすみ」

「あ、おやすみなさい」


 食堂を出て行くフィリップを見送って、私もまた自分の部屋へ戻ったのだった。

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