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寮といえば普通男女別じゃないだろうか

「あら? 既に運び込んだのではなかったの?」

「はい。既に運び込んであります」

「……すみません、私の荷物、あれだけで……」


 事実であるだけに、恥ずかしい。


「ああ! そうだったのね」


 中身は普段着の洋服や、小物類。それにお気に入りのアクセサリーと化粧品といったものだ。だが、どれもレジーナからすれば安物だろう。


「あ、あの……やっぱり、私一人でできますので」

「そう? 遠慮しなくても」

「いえ! その、ベッドとかはもう整えられてるみたいですし。あとは服をしまったりするだけですから」


 レジーナは少し考える素振りを見せたが、本当に荷物も少ないし問題ないと思ったのだろう。


「わかったわ……そしたら、またお夕食の時に会いましょう。行きましょうアンナ」

「はい、奥さま」


 アンナと呼ばれた使用人とレジーナが部屋を出て行き、扉が閉まる。部屋に一人きりになった私は、その場に崩れ落ちた。


「………………すごい」


 すごい、としか言いようがない。貴族だ。あまりにも貴族。おそらくあの使用人よりも私の方が貧しいだろう。なのに、頭を下げられてしまったことが、申し訳なく思えてくる。


「すごい、世界に、来ちゃったんだなぁ……」


 これまでの生活が嘘のようだ。必死で勉強して、両親に頼み込んで、ここまで来た。卒業すれば、それなりの職が望めるから、と。同年代の子たちが働き始め、花嫁修行をするのを横目に、ただひたすら書物を読んで、寝る間も惜しんで勉強した。紙もないから地面を木の枝で引っ掻いて、図書館が開いている昼のうちに書物の内容を頭に叩き込んだ。


「…………なんか、もう、いいかも」


 恋が叶わなくとも、ここに来れただけで。充分に頑張ったんじゃないだろうか。すごいものが手に入ったんじゃないだろうか。あんな自己紹介の掴みなんて、きっとすぐに忘れられてしまう。そうなれば、学年の違う殿下との接点など…………。頭を振って弱気になりそうな自分を叱咤した。


「だめ。だめよ、エリィ。私は……リタと結婚するわけにはいかないもの」


 リタは、こんな場所で終わる人じゃない。彼は私と違って、優秀なのだ。それこそ、家の仕事を手伝いながらこの学園に合格できるほどに。その隣に立つべきは、私じゃない。幼馴染の私なんかじゃなくて、もっと彼を広い世界に連れて行ける人でないと。

 それに何より、私が好きなのはルキウス殿下だし。


「うん……よし!」


 部屋の整理はすぐに終わった。部屋にはなんとバルコニーもついていて、片付けを終えた私は恐る恐る外に出てみた。

 同じ間取りの屋敷が並んでいるからだろう。右隣にもバルコニーがあって、向かいにも二つ同じ形のバルコニーが並ぶ。磨き抜かれた手摺に手を置くのを躊躇っていた時だった。


「おかえりなさいませ」


 声がしたのは玄関の方だ。身を乗り出すようにしても、去って行く馬車がチラリと見えただけで誰が帰って来たのかはわからない。だが、よくよく考えてみれば、ここは六人用の屋敷なのである。つまり、私とレジーナ以外にも四人の住民がいるわけだ。全員貴族……なのだろうか。同級生なのだろうか、それとも上級生かもしれない。

 見物に行くのも憚られて、結局夕食どきまで時間を潰してから階下へ降りたところで、はたと足が止まった。

 食堂がどこかわからない。待っていれば誰か来るかもしれないが、それまで呆然と突っ立っているわけにもいかない。どうする、一か八か適当に開けてみようかと無謀なことを考え始めた時だった。


「おい、新入生か?」

「はいっ! すみません!」


 広間に立ち尽くしていたところ、突然背後から声をかけられて跳び上がりそうな勢いで振り返ると、赤毛がいた。王子の護衛その一である。既視感を覚えるが、それは向こうも同じだったらしい。


「あれ、またお前か。ははっ、毎度びっくりしすぎだろ」

「すみ……申し訳ございません。お恥ずかしいところを……」

「慣れてないなら言葉遣いは別にいいぞ。俺も堅苦しいの苦手だし。で、何やってんだ?」

「えと……間取りが……まだよくわからなくて」


 迷っていた、と言いたくなくて迂遠な言い方をしたのだが赤毛はカラリと笑って言った。


「ははは、なんだ迷ってたのか。そろそろ夕飯だもんな。食堂はこっちだ」


 そう言って右手手前の扉に先導する。後を追おうとして、ブレーキをかけた。違和感に気がついたのだ。

 なぜあの赤毛がここにいるのか。より正確に言うならば、どうして男の人がここにいるのか。寮といえば普通男女別じゃないだろうか。自分が何か途轍もない間違いを犯しているような不安に襲われていると、トントンと後ろから肩を叩かれた。


「ぼんやりしてどうかしたの?」

「わっ!?︎」


 驚いて振り返れば、今度はレジーナである。


「あら、驚かせてしまったかしら?」

「い、いえ。少し考えごとをしていて……その……寮って、男女別じゃないんですか……?」


 別ですよ、という答えを期待しての問いだったが、レジーナはキョトンとこちらを見返した。


「え? どうして?」

「だ、だって。ほら、年頃の男女が同じ家に住むとか……」


 いかがわしいことがあるかもしれない、というのをどう言葉にしたものかと迷っていると、レジーナは得心したように頷いた。


「ああ! 浴室は一人ずつ使うから問題ないわよ」


 違うそうじゃない。いや、それも大事なのかもしれないけどそうじゃない。


「みんなしてこんなとこで何してるの? もうそろそろ夕飯じゃない?」


 私が何と説明したものかと思っていると左手奥の扉が開いて人が出てきた。これまた見た顔だ。薄く緑がかった髪の眼鏡である。


「なんか、その女が男女別の寮じゃないのかって。なんでそんなこと気にするんだ?」


 傍観していた赤毛が不思議そうに言う。二人の態度にいよいよ、私がおかしいのか? と思い始めていたのだが、常識人らしい眼鏡は心得たように笑った。


「ああ、平民は盛んだと聞くからね。寝込みを襲われないか心配なんじゃない?」


 めちゃくちゃはっきり言った。


「ば、馬鹿なこと言うなよ! あるわけないだろ!」


 意外なことに真っ先にそう吠えたのは赤毛だった。耳まで真っ赤になっている。一番盛んそうなのに。レジーナはといえば、気まずそうに苦笑していた。


「エリィ……大丈夫よ。高貴な方々相手にそのようなことを疑う方が失礼だわ。それに、まともな貴人であれば、そのような乱暴はなさらないわ。女性一人口説けない、と自白しているようなものだもの」


 それが貴族の間の常識らしく、眼鏡と赤毛も同意している様子だった。それでも一応体面的に分けるものでは、と思うのだが、それこそ庶民の感覚なのだろう。

 その時、食堂から顔を覗かせた人がいた。


「何してるの。早くして。ジーナ、おいで」

「あ、はい」


 フィリップだ。ずっと食堂で待っていたのだろう。手招くようにフィリップが広げた腕の中へレジーナが向かう。


「ああ、ごめんね。待たせて。さ、行こう二人とも」


 眼鏡に促されて私と赤毛も続く。そして、部屋の中を見た私は歓声を上げた。


「うわぁっ……」


 白いクロスがかけられた長テーブルの上には、既に料理が用意されていた。こんもりと盛られた白いパン。肉と野菜が贅沢に入ったスープ。チーズとジャム、それに赤い飲み物はワインだろうか。食欲をそそられたのか、腹がグゥッと鳴ったのを慌てて抑えるがもう遅い。背後で眼鏡が「ふふっ」と吹き出すような声がした。

 テーブルを挟んで向かい合うように並んだ六脚の椅子も意匠からして高価そうだ。テーブルを挟んだ向こう側に赤毛と眼鏡、手前にフィリップとレジーナ、私が座ったところでその場の音頭を取るように眼鏡が口を開いた。


「それじゃあ、いただこうか」

「だな」

「ジーナ、欲しいのあれば取るよ」


 それぞれに食事を開始する。壁際にはアンナが控えるように立っていて、少し気後れする。なんとなくフィリップが皆が揃うのを待っていたのが意外だったが、レジーナも同じことを思ったらしい。


「皆さん揃って食べられるのですね」

「ああ、ルキウスの案でね。なんとなくいない時も待つようになった」


 そう微笑んで答えたのは眼鏡だった。というか待て。このそうそうたるメンツ、まさかとは思っていたが、本当に六人目は殿下なのか。


「そうなのですね。殿下は本日は……?」

「なんか王宮の方でパーティがあるらしいよ」


 今度はフィリップが答える。


「存じませんでしたわ」

「ま、俺らは今回不参加だからな。ああ……お前の親父は出てるのか?」

「ああ、出てるんじゃないかな。宰相なんだし」

「……ゴフッ」


 思わず吹き出しになったのを危ういところで飲み込み、咳き込んだ。宰相? 眼鏡の父親が? 宰相といえば国のナンバーツーと言っても過言ではない。国王の右腕である。いや、殿下の友人であるならそれくらい不思議ではないのかもしれないが。


「大丈夫?」


 心配そうに眼鏡が尋ねる。


「は、はい……」

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