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君こそ理想的な女性だ

 殿下は僅かに苦笑しながら言う。


「ああ、エリィのことですか。本当に、これほど話のわかる女性は初めてですよ。実に聡明な方だ。何より魔道具に興味関心がある。その上実験にも協力して貰える。どうだろうか? 良ければ僕の妻にならないか?」


 さらりと言われた言葉を理解するのに、数秒を要した。ルキウス殿下がプッと吹き出した声にようやく我に帰る。


「え、ええええっ!? つつつ、つま!? 妻って仰いました!?」

「ああ。君こそ理想的な女性だ。まったく魔道具の良さを理解しない他の退屈な女性とは違う」

「いえ、あの、でも私たちまだ知り合って数時間……というか、無理です! すみません! 私には心に決めた人がおりますので!」

「既に婚約者が? 僕はこれでも伯爵家の長男なんだが、君のお相手はどこの」

「家柄の問題ではございません!!」

「ッ……く、くくくくっ。ははははっ!」


 堪えきれない様子で、殿下が声を上げて笑い出した。


「殿下? 僕は何かおかしなことを申し上げましたか?」

「わ、笑い事じゃないです!」

「はははは、悪い。本当に君たちは面白いな。だが、ルーウェン。そう無理強いをするものじゃない。女性を口説き落とすのであれば、相応の順序というものがあるだろう」


 だから順序とかの問題じゃない……! と、余程言いたかったが、殿下の言葉を真正面から否定するのも憚られて言葉を飲み込む。

 ルーウェンは少し考える顔になると、どんな結論を出したのか話を戻した。


「それで、魔道具開発部に入る気は?」

「ええ……? ええと、入りたいのは山々なのですが、私では活動費を払えませんので」

「なんだ。金の問題ならば、僕が出そう」

「え゛っ! いえ、その、そこまでしていただくのは……」

「遠慮するな。僕が君に協力を要請しているのだから。謝礼を支払ってもいいくらいだ」

「それは……ありがたいのですが、あの、でも私本当にルーウェン様の妻にはなれませんので……!」

「それは構わない。口説くのも面倒だ。今は後回しにすることにした。それよりも今はもっと重要なことがある」


 私にとって一番重要なことは言うまでもなく殿下のことなのだが……ルーウェン言うところの『もっと重要なこと』とは魔道具のことなのだろう。本当に変わり者だ。


「ええと……それでしたら、魔道具開発部への入部は是非私としてもさせていただきたく」

「そうか、良かった。ならば、早速今から」


 善は急げとばかりに動き出そうとしたルーウェンを殿下が制した。


「待て。悪いが、それは次の機会にしてくれ。エリン嬢、学生会の推薦状をまだ出していないだろう。早いうちに話を通しておきたい。今からいいだろうか?」

「ああっ! はい! すみません。そういうことですので、ルーウェン様。ええと……明日の放課後でもよろしいでしょうか?」


 ルーウェンは露骨に気落ちした様子で肩を落としながらも頷いた。


「……仕方ないな。こちらも君に試して欲しいものを準備しておこう」

「はい! ありがとうございます!」

「では、行こうか。エリン嬢」

「はい! ルーウェン様、失礼致します」


 ルーウェンとは別れて、殿下と二人で職員室に寄ってから帰寮した。推薦状はあっさり受理して貰えて、これで私も晴れて学生会の一員だ。


「どうだった? ルーウェンと話して、得るものはあったか?」


 帰りの馬車の中で、殿下にそう尋ねられた。


「はい! とても面白いお話を聞かせていただきました。魔道具というものは奥が深いのですね」


 殿下が楽し気な笑みを浮かべる。同じ趣味を共有できている気がして、感激に胸が震えた。まだ、まだすごく遠いけれど……ほんの少し近づけたのかもしれない。


「だろう? 魔道具とひと言で言っても、目的も手段も色々とある。分野自体が曖昧なんだ。研究が進めば、きっと細かく派生していく。今この学園の魔道具開発部でやっていることは、その源流となるものだ」

「ッ……きっと、この先もっと発展していくんですね。なんだか、わくわくします」

「ああ。君が……歴史に名を残すような偉大な研究成果を出すことも、あるのかもしれないな」


 そう言った殿下は、冗談を言っているのか、はたまた本気で言っているのか、わからなかった。ただ、それは起こり得ても不思議でない可能性の1つなのだろう。

 帰寮して、食堂に行くと既にレジーナが待って……否、待ち構えていた。


「エリィ! 何をしていたのか説明してちょうだい!」


 目の前まで詰め寄ってきたレジーナを落ち着かせるように両手を上げる。


「えっ、ええと……剣術の授業に行く途中でルーウェン様と会って……その、興味深いお話を聞くうちに時間を忘れたと言いますか……」

「じゃあ、剣術から出ていないの?」

「そうです……というか、サフィアから聞いていないのですか?」


 レジーナは一瞬言葉に詰まって、目を逸らした。


「私は……サフィアとはそんなに話す仲ではないから……それに、エレノア様もよ。エリィがいないから、工学の空気……地獄だったわ」


 その場はありありと想像できてしまった。サフィアもエレノアも、元々あまり話すタイプではない。レジーナもエレノアの手前若干委縮する。結果、グループ内の話は基本的に私が中心になってまわすことになりがちだ。


「それは……申し訳ございませんでした」

「……構わないけれど、ルーウェン様と何のお話をされていたの?」

「アレが話すこととか魔道具以外あり得ないでしょ」


 話を聞いていたフィリップが冷めた様子で口を挟む。


「はい……。あっ、そうだレジーナ。私、魔道具開発部に入れていただけることになったんです!」

「えっ? どうして?」

「ルーウェン様が、研究の手伝いを私にして欲しいと言ってくださって。そのお礼に活動費は工面してくださるそうなんです!」


 私の言葉に、レジーナはなぜか不満そうに口を尖らせた。


「…………私が払うって言ったのは断ったのに、ルーウェン様には甘えるのね」

「えっ、いや……私はただ、お礼というお話だったからで。レジーナはお友達ですし、理由もなくそんなことは……」

「エリィは平民で、私は次期公爵夫人なのよ。私にはお金があって、お友達が困っているなら、それくらい払うのは当たり前よ」


 レジーナは以前と同じことを言う。けれど、私の意思も以前と同じだ。


「前も言いましたが……それは、したくないです。私は……レジーナと、対等でありたいので」


 言葉にしてみれば、それは実に不遜な物言いだ。貴族階級の中でも上位に位置するレジーナと、一介の平民である私が対等であるはずがない。レジーナも無意識的には私を下に見ているのだろう。だからこそ、施す側の視点に立った言葉が出てくる。

 だとしても、レジーナに金銭的な借りを作りたくない。私は彼女に、負けたくないのだ。


「……そう。わかったわ。これ以上は言わない。私も……エリィと本当に対等になれる日を、楽しみにしているわ」

「ありがとうございます。レジーナ」

「……バーサーカー」


 フィリップがぽつりと呟く。


「え? ……何の話ですか?」

「君はやっぱり狂ってるな、って話」


 唐突な罵倒!


「……褒め言葉と受け取っておきます」

「やっぱりバーサーカーだ」


 フィリップがくすりと笑みを滲ませたのを、思わず二度見してしまった。この人がレジーナ以外に笑いかけるなんて、明日は雹だろうか。


 ……なんて思っていたが、翌日は普通に快晴だった。

 放課後に顔見せに行った学生会には、予想した通りエレノアもいた。彼女も早々に推薦を集めて入ったらしい。さすが学年1位。

 そして魔道具開発部の方も入部手続きをして、ルーウェンとは週末にじっくりやることで合意を得た。彼は普通に授業をサボって打ち込んでいるようだが、私に同じことはできない。

 ちなみに、昨日道端で作業していたのは授業中に向かう途中で閃いてしまったから、らしい。

 尞対抗戦直前ということで繁忙期の学生会の仕事。加えて、ルーウェンとの魔道具開発。ただでさえ忙しかった日々は一層の忙しさを増して過ぎていった。

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