こちらの方が面白いのだから仕方ない
翌日から、またいつも通りの日常が戻った。
王家の血筋に宿る魔力特性だとか、ジョアンナとリタの衝撃的な関係とか、昨日はなんだか忙しい1日だった。とはいえ、それがわかったから私の日常が変わるわけでもない。
また次の……9月にある試験に向けて頑張るだけだ。
それは、魔道学の実技授業を終えてレジーナとは別れて剣術に向かう道中のことだった。
カツン、と何かが落ちたような音が響いた。
誰かがペンでも落としたのだろうかと視線を向けると、まさしくペンのような何かがカラカラと私の方へ転がってくる。それは私の靴先にぶつかって止まった。
拾い上げてみれば、金属質な光沢を帯びた円柱型の棒だ。少なくともペンではない。何かのパーツのように見えるが、何のパーツかは見当もつかない。落とし主を探して視線を上げると、見覚えのある後ろ姿があった。
長身を低く屈めて、長い茶髪は地面の上にとぐろを巻いている。体の影になって何をしているのかは見えないが、屈んで何かをしていることは確実だ。
あんなに髪の長い人、そういない。昨日会ったルーウェンだ。
「……あの、これ落としましたか?」
円柱型の謎のパーツ片手に声をかけると、ルーウェンは私を見上げるように振り向いて、あ、という顔をした。
「ああ。ありがとう。でも、必要なくなったから放ったんだ。その辺に置いておいてもらえるか? 後で片付ける」
地面で作業しているのに、カツンと落下音がしたのは放り投げたからだろう。
それだけ言って作業に戻っていくルーウェンの手元を覗き込むと、手のひら大の小さな円盤を弄っていた。
「それ……魔道具ですか?」
「そうだ」
「どうやって使うんですか?」
話したいとは思っていた。だが、純粋に興味を惹かれて隣に座り込む。ルーウェンは意外そうな顔で私を見た。線みたいに細い目が僅かに見開かれる。
「興味があるのか?」
「はい! あの、私も魔力濃度と粘度が低くて、でもこの力を活かす方法があると思うんです。ルーウェン様はそういった魔道具を研究していると伺いました。これもその1つなんですか?」
ルーウェンは再び小さな円盤に目を落とした。
「これは魔力濃度を高める装置だ。魔力を流し込み、装置の中で循環させる。循環させながら圧縮をかけて魔力濃度を上昇させるんだ。そして充分に高まったところで、この線を開通させる。すると、ここに組み込んでおいた魔法陣が反応する……というようにしたい。魔力を循環させるまでは一応成功はしたところなんだが、圧縮に時間がかかりすぎる。そこで、その君が持っている棒を組み込んで、圧力の上昇を試したんだが……」
ツラツラと語り始めたルーウェンは一向に口を止める様子がなく、その淡々とした講義は20分ほど続いたところでようやく終わりを見た。当然だが、剣術の授業はもうサボるしかない。
「……だから、君が今持っているそれでは足りないんだ。そういうわけで、それは君にあげよう」
「…………なるほど。ありがとうございます。それじゃあ、その魔力濃度を効率よく上げるには、結局こういう圧縮方法だと限界があるってことですよね。魔力の循環をもっと狭い半径でまわすことはできないんですか? 遠心力を大きくできれば」
「それはもう試した。というより、できなかった。これ以上の小型化は全体のパワーを落とすことになる」
「全体のパワーって圧力を加える機構とかですか? そこってどういう仕組みに……」
興味の赴くままに尋ねれば、ルーウェンはスラスラと答えてくれた。その回答にまたもや興味をくすぐられてしまう。ルーウェンの話し方も上手い。まだ先があるように話すのだ。きっともっと深くまで理解していることを、表層だけ話されるから先を覗きたくなってしまう。
アレは、コレは、と話していたら、あっという間に1時間が経過した。そろそろ工学の授業の時間だが、こちらの方が面白いのだから仕方ない。ルーウェンの特別講義の方が貴重だ。
「1つ考えているのが、量的な勢いで補うということだ。大量の魔力を一気に流し込めば、それもまた1つの圧力になる。だが……そんなにも量を突っ込んでいれば、実用に耐えない」
「量……あの! 私、魔力量は一等級なんです! 試せないでしょうか?」
ルーウェンが怪訝そうな顔で私を見た。1時間ぶりの視線だ。
「魔力量がか? 魔力濃度と魔力粘度が低いのに?」
「はい! 珍しいみたいですね」
「初めて見た。間違いないのか?」
「た、たぶん……ルキウス殿下が見てくださったので」
ルーウェンの口元に仄かに笑みが浮かんだ。
「殿下の見立てなら、間違いないか。なら、いくつか取りたいデータがあるんだ。まずは……」
そこから、試行錯誤が始まった。ルーウェンは懐から似たような小型の円盤を次々と取り出す。私はそこに指示されるがまま魔力を流す。私にはよくわからないが、ルーウェンはどことなく楽しげに何かをメモしては時にパーツを組み替える。
そんなことを、1時間は続けただろうか。
「ッあ! 光った! 光りましたよ!」
中央の魔法陣が眩い輝きを放ったのを見て、思わず叫んだ。ルーウェンも隣で興奮気味に手帳に何かを走り書く。
「ッ……ああ! これだ! これなら、君には実用できるかもしれない……! そしたら次は他の魔法陣でも……それに、この機構であればより小型化して……」
1人でぶつぶつ言い始めた内容も、私には半分くらいしかわからない。けれど、何かすごいことが成し遂げられようとしていることを感じて、高揚した。
「私にできることなら何でも」
「エリィ! こんなところにいたのね!」
突然、レジーナの声が聞こえた。振り返ればレジーナが立っている。その隣には冷ややかな視線で私を見下ろすフィリップもいた。
「君は本当に男と2人になるのが好きだね」
「いや……その、これは、不可抗力と言いますか……」
「ッ……素晴らしい! 素晴らしいよ!」
空気を読まないルーウェンがいきなり私の手をガシッと掴んで、感激の意を表明してきた。
「えあっ、ありがとうございます……」
「じゃあ行こうかジーナ。2人の邪魔みたいだし」
フィリップがそうレジーナの手を引いて行こうとする。
「えっ、フィル待ってちょうだい。エリィ、こんなところでいったい何をしていたの?」
「ええっと、その、ルーウェン様に魔道具のことを教わっていたといいますか……」
「ん? フィリップ様……と、そのご夫人でしたか。何か御用でしたか?」
ルーウェンが今更気がついたのか2人を見上げる。
「御用じゃない。ジーナ、行こう」
「もう……エリィ、帰ったら聞かせてちょうだいね!」
「は、はい! すみません、レジーナ」
去っていく2人からルーウェンは早々に視線を私に戻すと、今更なことを言った。
「ところで、君の名前は?」
そういえば、名乗っていなかった。
「申し遅れました。私、エリンと申します。エリィと呼んでください」
ルーウェンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに元の真顔に戻る。
「エリィ……か。わかった。エリィ。良ければこのまま魔道具開発部の部室へ行かないか? というか入部してくれないか? この場では持ち合わせのないものも部室に置いてあるんだ。まだやりたい検証が山ほど」
「ルーウェン」
聞き違えようのない、ルキウス殿下の声に私は弾かれたように顔を上げた。ルーウェンも殿下を見て立ち上がる。私も慌ててそれに続いて直立する。
「ルキウス殿下。お久しぶりです。是非お話したいことが」
「それは後でな。まったく……意気投合したようで何よりだ」




