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驕っていた自分が、何よりもやるせない

 明るい金の髪も褐色の肌もルビー色の瞳も、トルヴァリエ家の血筋によく見られる特徴だ。それに加えて、この学園にいるこの年代の女性とくれば、ジョアンナしかいない。

 それにしても、どうしてこんな場所に。というかまさか屋根から来たのだろうか。


「まあ、ご存知なのね。さすが、噂に違わぬ賢い方だわ」

「噂……? 私のですか?」

「ええ。あ、でも学園に流れてる噂の方じゃないのよ。リタから聞いていた方」


 そうだった。リタは、ジョアンナのお気に入りだとエレノアが言っていた。この分だと本当に親しい仲らしい。


「ジョアンナ様は、リタとどのようなご関係なのですか?」

「ええ。その話ができたらいいな、と思ったのだけれど……随分と落ち込んだ様子だったじゃない? 何かあったなら聞くわよ」

「……ジョアンナ様には関係のないことですわ。それより、その話ができたらいい、ということは、ジョアンナ様とリタのご関係は私にも関係のあることなのですか?」


 ジョアンナはにっこりと笑った。目が笑っていない気がするのが、どこか不気味だ。


「そうねえ。あるわ。大アリよ。だって貴女は……ああ、言わない方がいいわね」


 すごく気になるんですが……!


「その話をしに、来られたのでは?」

「ちょっと違うわね。正確には、取引をしに来たの。私と貴女は、協力関係を結べるはずよ」

「取引……ですか?」


 侯爵家のご令嬢と平民の私が? カツアゲの間違いじゃないだろうか。


「ええ。でも、その話は後で。それより今は貴女の話よ。何を落ち込んだ顔をしていたの?」


 どうやら、この話をしないと本題の『取引』とやらの話をしてくれる気はないらしい。


「……ジョアンナ様は、ルキウス殿下の魔力特性をご存知ですか?」


 婚約者ならば、知っていてもおかしくない。そう思って確認すると、ジョアンナは少し驚いた顔をした。


「まあ、聞いたの?」

「はい……先程」

「すごいわ! 期待されているのね」

「そう……なんでしょうか」


 ジョアンナは不思議そうに首を傾げる。


「それで何を落ち込む理由があるのよ。王家の秘密を明かされたのよ。誇るべきところでしょう?」

「それは、そうなんですけど……その、内容の方が……」

「内容? 何を聞いたの?」

「ええと……私の口から申し上げることはできませんわ。それに、このような場所で話すのも……」


 リタのように屋根からいきなり降って来る人がいないとも限らない。それに、もしジョアンナが知らなかった場合、機密事項をよりにもよって私の口から漏らすわけにはいかない。


「ああ。そうね、賢明なことで素晴らしいわ。でも、心配はいらないわ。人が来ないかは、リタが上で見張っているから」


 そう言ってジョアンナは屋根の上を指差す。


「えっ? いるんですか?」

「うん。じゃないと私もここまで来られないし。まあ、それでも、私が知ってるかわからない以上は貴女の口からは言えないわよね。だから、私が言い当ててあげるわ」


 ジョアンナは悪戯っぽく微笑むと、手摺から下りてまっすぐに私に近づいてきた。女性にしては高い身長。長い手足。美しい金の髪。堂々とした彼女に、思わず気押された。

 私が動けずにいるうちに、ジョアンナは私の部屋の中まで踏み入ってくる。目の前で立ち止まると、少し屈んで私の耳元で囁いた。


「貴女が未来の王妃かもしれない、と言われたのでしょう?」

「ッ……!」

「当たりかしら? でも、喜ばしいことじゃないの。それで何を落ち込んでいるの?」


 何を落ち込んでいるのか。改めて聞かれても、うまく言葉にできる気がしなかった。それでも、何か答えなければと考え考え口を開く。


「……私が、頑張ったから期待されたわけじゃなかった。実力なんて、なかったんです。はじめから、そう予定されていただけ。私は、頑張ったのに。私の努力なんて、いらなかったみたいに」


 声が震えた。この感情が、怒りなのか悲しみなのか、はたまた悔しさなのかもわからない。努力が報われたわけじゃなかった。私の才能も実力も何一つ関係なかった。

 あまり上手く言えた気はしなかったが、ジョアンナは納得したように頷いた。


「ああ……実力の外で評価されたことを嘆いているのね。わかるわ。私はただ運が良かっただけなのに、無条件に評価されるのはムカつくものよ。誰もが肩書を見ていた。誰も私を見ていなかった。そんな、仮初の賞賛に」


 その先に続く言葉は、手に取るようにわかった。


「驕っていた自分が、何よりもやるせない」

「ふふっ……そう。その通りだわ」


 ジョアンナは面白そうに笑う。


「……ジョアンナ様も、そんなことがあったんですか?」

「そうねえ、あったとも言えるし、なかったとも言えるわ。ただ……仕方のないことよ。貴女だって、ルキウスに期待を寄せているんじゃない? 堂々とした誇り高き王子様っていう肩書きを、少しも見ていないと言える?」


 言われて気がついた。同じだったのだ、と。


「私も……そうですね」


 こんなにも恋しているのに、ルキウス殿下のことを、私は少しも知らなかった。ルキウス殿下という存在を見ていながら、彼自身を少しも見ることができていなかった。

 ジョアンナがふっと笑う。


「素直でよろしい。その期待を越えるのは、とても難しいわ。私には無理だった。貴女には、どうかしら?」

「越えてみせます」


 自信なんて少しもないのに、考えるより早く答えていた。それが私だ。強がりと意地だけで、ここまで来た。何も持っていないくせして、図々しく胸を張る。結果なんてものは、後から用意すればいい。


「すごい自信。それじゃ、元気になったところで今度こそ本題ね。私と、取引しましょう?」

「ええと……ジョアンナ様と私が、協力関係を結べるというお話ですか?」


 切り替えの早さにちょっと置いて行かれつつ、先ほど言われたことを鸚鵡返しに尋ねる。

 ジョアンナは妖艶に笑って頷くと、何の前置きもなく本題を口にした。


「私は、ルキウスとは結婚したくない。理由は、リタのことが好きだから。だから、取引。ルキウスは貴女に譲るわ。代わりに、リタを私に譲って欲しいの」


 思考が、止まった。


「……へあ?」


 そんな阿呆みたいな言葉しか出ないくらいには、思考が止まった。


「どうかしら? 悪い話じゃないと思うけれど」


 あのルキウス殿下と結婚したくない? そんな人類がこの世に? いや、百歩譲ってそれはいい。よりにもよって、どうしてリタなのか。非の打ち所がないルキウス殿下と比べるのが、ちょっと魔法の才能があるだけの、礼儀も何も知らないリタ。


「…………あの、リタのどこがいいんですか?」


 言葉にしてみると、まあまあ失礼だ。だが、ジョアンナは気にする風もなく笑う。今度は少し、無邪気な少女のような笑みで。


「だって、かっこいいじゃない。一途で真っ直ぐで、才能に溢れているわ。誰に対しても態度を変えない。才能に驕ったりしない。他者を思いやる心を持っていて、素直で、純朴で、たまに少し素直じゃなくて。でも、やると決めたらきっちりやり遂げる。それに、顔もかっこいいわ。そう思わない?」

「……思います」


 悔しいけれど、ジョアンナの言ったことは一つも間違っていない。それは間違いなく、私が幼い頃から知っているリタだった。いっそ嫉妬してしまうくらい、リタは素敵な人なのだ。

 私はずっと前からそれを知っている。ジョアンナの言ったことに納得してしまうくらいには、そう思っている。

 やっぱりリタは、あんな下町で終わる人じゃなかった。

 私なんかの隣に立つべき人じゃなかった。

 そのことが誇らしくもあり、寂しくもあり、何よりも悔しい。私は、こんなに頑張って幸運にも恵まれて、それでようやくルキウス殿下と同じ寮になれたのに。リタはといえば、努力するまでもなくジョアンナに見初められた。


「ふふっ、それで、取引は成立、でいいかしら?」


 この取引は、ただ恋敵にならない、というだけの約束だ。拒否する理由もなく、頷いた。


「……はい。それは、もちろん。譲るも何も、リタの決めることですし。でも……一つ聞かせてください」

「なあに?」

「ジョアンナ様は、入学以前よりリタと親交があったと聞きました。リタに勉学を教えたのも、同じ寮になるように仕向けたのも、ジョアンナ様なんですよね? どこで、リタと知り合ったんですか?」


 ジョアンナはふと真顔になると、真面目な顔で答えた。


「……うん。それはね、内緒。今は言えないわ。リタにも言ってない。だから、リタに聞いても無駄よ。私はね、ずっと昔からリタを知っているの。そして、リタに恋している。だから会いに行ったの。貴女なら、わからない? 一方的に知って、一方的に恋をした。それだけの話よ」

「……そうですか。わかりました。ありがとうございます」


 思わず少し笑ってしまった。名門の侯爵家で、順当にいけば未来の王妃になるような人。そんな彼女も、私と同じように恋をした少女の顔をしていた。私と同じように恋を叶えようとしていた。それがなんだか、おかしくて不思議だった。

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