叶うわけがなくたって
未来予知の魔力特性。そんなものが実在したなんて。
「では、殿下の予知に、私が……?」
「残念ながらそこまではわからない。僕が幼い頃に見た夢でな。わかっているのは、黒髪の……おそらくは平民が、花嫁のような格好をして僕の隣に立つ未来がある、ということだけだ」
「…………それだけ、ですか?」
「ああ。それだけだ。ちなみに、僕は能力は持っているが、自在に使えるわけではない。加えて言えば、予知夢で見たことが必ず起きるわけでもない。あくまでも、可能性としてゼロではないというだけの話だ」
たったそれだけの根拠で、私がその花嫁かもしれないと、この人たちは本気で考えていたのかと思うと拍子抜けだった。
「黒髪の平民なんて、いくらでもいるじゃないですか」
私である必然性なんてまったくない。それに平民と言っても田舎の農民から、私のような城下の娘、それに大きな商会のお嬢様までいる。
「でも、私は絶対にエリィだと思っているわ!」
レジーナが力強く断言する。
「どうしてですか?」
「だって、王族の寵愛を得ようなんて無謀で大胆な平民がエリィ以外にいるなんて考えられないもの!」
「こんなのが2人も3人もいて欲しくないよね」
フィリップが冷ややかに言う。
「エリンちゃんほど肝の据わった図々しい子、見たことないよ」
「最初っから度胸あったもんな。最初は度胸だけかとも思ったが、執念まで凄まじいときた」
ロレンスとレオンまで。おかしい。あまり褒められている気がしない。
「ただの無謀で、終わる可能性の方が、客観的に見て高いと思うのですが」
ただの無謀で終わらせるようなつもりはサラサラないんだけど。
「それはそうなんだけど、エリンちゃんには期待したくなるんだよね。実際に7位を取って来られるとさ」
「剣の筋だって良かったぜ。ちゃんと頭で考えた上で、考えた通りに体を動かせてる。そう簡単にできることじゃない」
「たった1ヶ月で何人絆したと思ってるの? そもそもこの寮に入れた時点で、可能性だけで言うなら黒髪の子の中で1番高いでしょ」
「エリィにしては随分と弱気じゃない。どうしたの?」
レジーナが心配そうに私の顔を窺う。
「弱気……というか、だって……」
こんな風に、期待を寄せられたのなんて初めてなのだから仕方ない。どう反応していいかわからないのだ。鼻で笑い飛ばされたことなんて数え切れないし、私が学園に入学できることさえ、期待してくれる人なんてレジーナくらいしかいなかったのだ。急にこんな話をされたからって、素直に喜ぶ気になれない。
「何度も言うが、あくまで可能性だ。第一、僕とジョアンナの婚約も破棄される予定はない。まして、ジョアンナの代わりに平民が立つような未来、実現するならば見てみたいくらいだ」
「そう、ですよね。ま、まさか私が殿下の正妃だなんてそんな口にするだけでも畏れ多いですもの……」
あれ? 私、ビビってる……? 側妃を目指していたはずなのに……? 正妃を超えるとさえ息巻いていたくせに?
「エリィ? 大丈夫?」
レジーナが心配そうに声をかける。
「すみ、ません。私……お先に失礼いたしますわ」
かたんと立ち上がって、そそくさと食堂を後にした。殿下のことは好きだ。側室になりたいのも本当だ。その寵愛を受けたいと確かにそう思う。なのに。
私自身が、その実現を誰より信じられていない。どれだけ強がった言葉を口にしていても、使命感さえ感じているというのに。心のどこかで確かに思ってしまっている。
そんなの、できるわけないじゃん、って。
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「エリィ……どうしたのかしら?」
不思議そうにレジーナが首を傾げる。
「怖気付いたんじゃないの」
フィリップが興味なさそうに呟いた。
「エリィは怖気付いたりしませんわ!」
「……ジーナは、あの子に心酔してるね。ただの平民の女の子に、何をそこまで期待してるの?」
「だって、エリィは……エリィはいつだって、前を向いているのです。堂々としていて、誇りを持っていて、どんなに高い壁があっても胸を張れる、とてもかっこいい方なのですわ!」
「そんなに僕以外を評価されると、嫉妬するな」
「フィル、揶揄わないでください! 私……やっぱりエリィと話してきます!」
レジーナが飛び出して行くのを、4人は黙って見送る。
一瞬の静寂の後で、口火を切ったのはルキウスだった。
「はは、面白いな。いや、笑うことでもないのかもしれないが」
「ジーナを笑ったなら、ルキウスでも許さないけど」
真顔で言ったフィリップに、ルキウスは笑って否定する。
「そういうことじゃない。ただ……同じことを言われたんだ。エリン嬢に、僕の人柄の何を知っているのかと聞いたら、今のグレイス夫人と同じことを言われた。堂々としていて格好いい、とな」
ロレンスがくしゃりと笑う。
「あはは、それは確かに面白いね。きっと、ルキウスに憧れて頑張って来たんだろう。本当に努力家だよね」
レオンもつられたように笑う。
「ああ。ほんと、大した奴だ。あれはまるで……恋に突っ走るバーサーカーだな」
「ふふ、言い得て妙だ。なら今は……正気に戻ってしまった、ってところかな」
ロレンスの言葉に、フィリップも口の端を僅かに上げた。
「あれなら、またすぐに狂いそうだけどね」
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自室に戻った私は、一直線にバルコニーまで出て来ていた。
手摺りを握りしめる。心の中は絡んだ毛糸玉みたいにぐちゃぐちゃで、叫び出したいような気分がした。
叶うと決まったわけじゃない。状況は何一つ変わっちゃいない。それでも、可能性を期待されただけで、無性に腹立たしい。
「私が……目指してたのは、そんなに、簡単なことじゃない……!」
絶対に無理だと言われて来た。絶対に無理だと思っていた。それでも私にはこれしかないから、叶うわけがなくたって人生を賭けて来た。
それを……まるで、決まってたことみたいに。可能性はあるだなんて。私が無理なら、誰も無理だと思っていた。でも、そんな未来があり得るなら、そこにいるのは私じゃないのかもしれない。
その時、ココン、と扉がノックされた。
「エリィ……? ねえ、大丈夫?」
「ッ……」
レジーナの声だ。一番期待してくれていた人。誰より信じていてくれた人。今ならわかる。きっと、レジーナはあの話をフィリップあたりに聞いて知っていたのだろう。入学直後のフィリップとレジーナの会話も、これですべて説明がつく。
正直今、話す気分にはなれなかった。今顔を合わせたら、八つ当たりしてしまいそうで。
「ねえ? エリィ」
手摺から手を離すと、私はツカツカと部屋の中まで戻って行って、閉まったままの扉に向かって叫んだ。
「一人にさせてください!」
「ッ……わかったわ。その、ごめんなさい」
レジーナがパタパタと走り去る音が聞こえる。言ったことに、後悔はなかった。これ以上話せば、もっと嫌なことを言ってしまいそうだったから。
「あらあら? お友達じゃないの? いいのかしら、そんなこと言って」
突然背後、すなわちバルコニーの方から女性の声がして弾かれたように振り返った。
月明かりに照らされながら、器用にも手摺の上に立っている1人の女性の姿がある。オレンジに近い、明るい金の髪。どこか異国風の雰囲気を醸し出す褐色の肌。夜闇によく映える猫のようなルビー色の瞳。
「……トルヴァリエ……ッジョアンナ……ジョアンナ・トルヴァリエ様!?︎」
「あら、よくわかったわね。初対面だと思ったけれど」
ジョアンナはストンと手摺から降りると、優雅に手すりに腰掛ける。
「それは……トルヴァリエ家の方の特徴が、よく出ておられますから」
15万字を越えました。目標に掲げた30万字まで折り返しですね。作者は26万字書いているので全然終盤の気持ちですが。あと4万字で終わる気は全然していないので、まだまだ続きそうです。
もう私しか読んでいないんじゃないかと思いながら、これまで一作もエタらせていないことだけが私の取り柄なので頑張ります。




