どうしようもなく、恋している
殿下は、品定めでもするようにじっと私を見る。私も目を逸らさずに視線を受け止めた。側から見れば、見つめ合っている状況。けれど、その緊張感はとてもでないが呑気に喜べるものではない。
「なら……もし僕が、王位を継がないとしたら? それでも、僕の側室を望むのか?」
その瞬間の驚きは、僅かに顔に出たと思う。殿下は第一王子だ。順当に行けば当然王位を継ぐ。一応第二王子もいるが、継ぐべきはルキウス殿下だと私は思う。どうしてそんなことを聞かれたのかわからないが、答えは決まっていた。
「私がなりたいのは、ルキウス殿下の側室です。無礼を承知で申し上げますが、例え貴方様が王族でなくとも、貴人でなくとも、私は貴方様以外の方の側室の地位には興味がありません」
「なぜそこまで僕に拘る? 僕と君は、まだ知り合ってひと月しか経たないはずだ」
「殿下にとってはそうでしょうが、この国の民に殿下を知らない方など存在いたしません」
「公の……それも、平民の前に出るときなど限られている。それで君は、僕の人柄のどれほどを知っているんだ?」
「……お人柄ですか? それは……殿下は佇まいに気品がございます。いつも胸を張っておられて、周囲の方々も殿下を尊敬していらっしゃることは明らかですわ。幼い頃、初めて殿下のお姿を拝見した時、なんて格好いい方なのだろうと思いました。私と歳もそう変わりませんのに、様々なものを背負って、それでも堂々としている姿が……とても……」
私の声は、尻すぼみに消えた。
違う。
私が言っているのは、人柄じゃない。
「……人を好く理由などそれぞれだ。容姿が好みと言う者もいるだろうし、強さに惹かれる者もいるだろう。君が僕の何に惹かれたのかは、この際どうでも良い。ただ……僕がどんな人間なのかも知らずに側室などと言っているなら、今一度考え直した方がいい。僕は君が思っているほど、完璧で立派な人間ではない」
そんなの関係ない。殿下がどんな人間だろうと、私が好きなのは殿下だけだ。今だってずっとどきどきしていて、きっと明日も明後日も好きで、完璧でも立派でもなくても間違いなく好きなのだ。
彼の好きなものも嫌いなものも信条も習慣も、何一つ知らないのに。
「それでも、お慕いしております」
なんでこんなに、どうしようもなく、恋しているのだろう。
まるで、魅了魔法にでもかかっているようだ。
殿下は戸惑ったように瞳を揺らす。好かれる心当たりもないのに好かれていれば、それは確かに気味が悪いかもしれない。
「……こういうときは、ありがとう、で良いのだろうか」
「えっ……いえ、その……すみません。気を遣わせてしまって。大丈夫です。殿下のお人柄は、これから知っていきたいと思います。どのように思われようと、私の気持ちは変わりません」
良くも悪くも、もうこの気持ちは、止められない。それならもうそれでいい。私が考えることは変わらない。いかにして殿下の隣まで行くか。ただそれだけだ。
正面から殿下の目を見ると、スイと逸らされた。
「……君は、真っ直ぐな目をするな」
「そうでしょうか」
「ああ。なんというか……君は、照れだとかはないのか?」
「ありますよ!?」
思わず大きな声が出てしまって、慌てて口元を押さえる。それは正直、恥ずかしい。殿下と見つめ合うとかもう顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。ただ……今だけは、逸らしちゃいけないと思っただけだ。この気持ちは恥ずべきようなものではないのだから。
「……そういえば、ルーウェンに会ったんだったな」
気を取り直したように話題を変えた殿下に、戸惑いつつも頷く。
「はい。いきなり馬に乗って現れたので、驚きました。あの……もしかして、魔道具開発部の方ですか?」
「ああ。どうしてそう思った?」
「魔力の循環がどうとか仰っていましたので。部活動の関係者の方なのかと」
「なるほど。まあ、察しの通りだ。変わり者だろう?」
「え、ええ……そう、ですね」
「ちなみに魔道具開発部の部員は皆あのレベルで変わっている。むしろルーウェンはまともな方だ」
あれでまともな方……?
「天才肌の方が多いのでしょうか」
「そうかもな。研究者気質なのだろう。そういえば、ルーウェンも君と同じく魔力濃度と魔力粘度が低いタイプだ。それを魔道具で補えないかと試行錯誤している。機会があれば話してみるといい。何か知見が得られるかもしれないぞ」
「そうなんですね。私も……何かこの力を活かせればと思ってたんです。授業でもシン先生にピーキーな性能って言われてしまって」
「ああ……なるほど。だが、魔道具開発部の部室を訪ねるなら気をつけた方がいい。下手に研究分野の話を振ると、どいつも饒舌になって人の話を聞かなくなりがちだ」
殿下はそう言って苦笑する。きっとそこは、殿下にとっては良い居場所なのだろう。どこか呆れ混じりの笑みには親愛も見て取れる。
ああ、入りたかったなあ……。
殿下がいるからってだけじゃなくて、あそこはすごく楽しそうな気がする。
「次の試験こそ、5位以内に入ります」
決意を新たに宣言すると、殿下がふっと笑った。
「張り切るのもいいが、その前に尞対抗戦だ」
「対抗戦……あ、ああっ!」
すっかり忘れていて、一瞬何を言われたのかわからなかった。そういえば言っていた。試験が終わったら種目が公開される、と。
「その様子では、忘れていたな」
「はい……。種目は、もう開示されたのですか?」
「ああ。試験結果と一緒にな。目に入っていなかったようだが。今年の種目は、鬼ごっこだ」
「……鬼ごっこ?」
ってあの? 子供の遊びの定番のあの?
「ああ。教職員が鬼役で、生徒は全員逃げる。時間内逃げ切った生徒が1番多かった寮の勝ちだ。全員捕まった場合は、最後まで残った生徒の寮が勝ちになる」
「……なるほど。それって」
私が質問を口にしかけた時、背後の扉が開く音がした。振り返るとロレンスとレオンがいる。レオンはいつも帰りが遅いのだが、今日は自主練はやめたらしい。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。二人で話してたの?」
ロレンスがにこりと笑って尋ねる。
「ああ。ちょうど、寮対抗戦の話をな」
「お、いいな。フィリップたちも帰って来たら作戦会議しようぜ」
殿下がレオンに席を譲っていつもの定位置に移動する。私の向かいにレオンが入れ替わりに座って、ロレンスは殿下とレオンの間の席に座る。
そうして全員が定位置に収まったところで、またもや扉が開いた。今度はフィリップとレジーナだ。
「皆様今日はお早いのですね」
「二人ともおかえり。ちょうど寮対抗戦の話をしようとしてたんだ」
それから夕食の時間まで、私たちは尞対抗戦のルール説明を聞いて、作戦を話し合った。なんなら夕食を食べ始めてからも皆その話をしているくらいに盛り上がった。
いつもなら食べ終えたらさっさと自室に戻る皆も、今日だけは食べ終えてもそのまま談笑を続けていた。話が盛り上がったから、ではない。どことなく漂う緊張感、全員がこの後始まる話を予感して待っている。
昼休みに話した、彼らが私に期待してくれる理由について。
最後までゆっくりと食べていた殿下が食器を置いたところで、それまで談笑していた人たちも一斉に口を噤む。そして、殿下がそれを待っていたように話し始めた。
「……皆の総意はわかった。そういうことなら、エリン嬢には話すとしよう。僕の……いや、王家に伝わる、魔力特性について」
魔力特性?
「それが、私に期待をかけてくださる理由に繋がるのですか?」
「ああ。クランディール家には稀に予知能力を持った者が生まれる。もちろん、このことは一部の者にしか知らされていない。能力の有無なんて曖昧なもので王家の人間を語られたくもないからな。そして……僕はその能力を予知夢という形で持っている」




