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ロマンって大事

 魔道学の内容といえば、いまだに浮遊魔法だ。ただし持ち上げるものは薄板から薄い本になっている。この魔法が基本と言われるのは、いわゆる魔道書を持ち上げるためであり、最終的には本を持ち上げて任意のページを開くことが必要になる。そういうわけで今日も今日とて練習だ。


「だからさ……こう、こうなんだよ、こう!」


 授業開始から、なんとなく一緒にいたリタに私は早速教えてもらっていた。相変わらず器用なリタは既にパラパラとページを捲れるまでになっている。目当てのページを正確に開くのはまだ難しいらしいが、ようやく安定して本を持ち上げられるようになった私と比べればさすがの習得の早さだ。


「あんた教えるの下手すぎ……」


 本人の出来がいいだけに、できない人間の気持ちがわからないタイプだ。これは教えを請わなくて正解だったかもしれない。


「ごめんなさい、私も感覚的だからあまり上手く言語化できなくて……」


 レジーナはといえば、既に自在にページを捲れるようになっていた。今はページの内容を目視しなくても魔力感知で把握できるように練習中だ。


「うーん、参考にならない……」


 この二人はどちらも優秀な魔力粘度を持っているから、そもそもこの程度苦戦はしないのだ。魔力粘度が低い私は強度や精密性を上げるために色々と工夫しなければならない。これが才能の差……。むしろサフィアに教わった方がいい気がするが、サフィアは魔道学は受けていない。


「苦戦中か?」


 声をかけられて顔を上げるとシンがいた。いつも他の生徒の間をまわっていてあまり私のところへは来ないのだが、珍しい。


「うん。苦戦中……」


 本を持ち上げて、なんとか安定させて、それからページを捲りにかかる。本を持ち上げるのは魔法陣だが、ページを捲るのは魔力操作だ。魔道書の紙は魔力を通しやすくなっている。ここに浸透させて動かすのだが、意識をそちらへ向けると安定して持ち上げていられなくなってバランスを崩す。

 本がグラついてどさりと落としてしまうのも、もうこれで何度目か。


「……お前ヤケになってるだろ」

「なってないよ!」


 シンが呆れたみたいに言って、私はムキになって言い返した。


「雑過ぎる。魔力操作はもっと丁寧に……ああ、そうか。持ち上げ方が力技だから引っ張られてるのか。これだと魔力消費が…………ん?」


 シンが不意に言葉を止める。何かを考えている様子に、意味がわからず首を傾げた。


「なに?」

「いや……そんなに使って魔力が尽きないのかと」


 シンの呈した疑問に、私はちょっとだけ胸を張って答えた。


「私の魔力量は一等級なんだよ」

「ええっ、エリィいつの間に調べたの!?︎」


 シンよりも先に驚いて声を上げたのはレジーナだった。そういえば話してなかったなと思う。


「ええと……ひと月ほど前に。量だけはあるみたいで」

「すごいわ。魔力量は訓練で伸ばせるけれど、エリィは特に何もしていないのでしょう?」

「はい……まあ、量だけあっても使えなきゃ意味ないんですけど」

「一等級か……ま、それならあのやり方でも保つのか。それにしても……」

「シン先生。それで、どうすれば私は強くなれるの?」


 答えを急かすとシンは考え込んでしまった。


「……うーん。お前くらい濃度が低い奴は普通はこの授業受けないんだよな……」

「さ、才能が……ない……? 無理ってこと……?」


 魔道学は人気授業でみんな受けていると思ったのに。そもそも貴族という時点で私ほど濃度が低い子は少ないということなのか。サフィアが才能がないと言っていたのも別に謙遜とかではなく、貴族基準では本当にそうなのか。


「別に無理とまでは言わない。ただまあ、これくらいの時期になると、お前レベルの奴は自分の才能に見切りをつけて別の選択授業に鞍替えしてくんだよな……」

「えええー、魔法……使いたかったのに。使えたら、なんかかっこいいのに」

「理由が薄っぺら過ぎるだろ」


 リタの辛辣な突っ込みは無視する。ロマンって大事だ。


「だから無理とは言ってない。とりあえず……その力技はやめるべきだ。魔力消費を少なくする努力をしろ」

「だってそんな少ない魔力じゃ持ち上げられないし」

「別に魔法で持ち上げる必要はない。それが一番早くて効率的で使い熟せれば複数の魔道書を同時に開けるって話だ。まあ、試験で点を取るにはできないとならないが、実用の点で見れば、別に本に持ち手を付けて物理的に持ったっていいはずだ」


 ある意味私がやってる以上に力技なことを言い出した。


「……試験は諦めるしかないってこと?」

「こないだの試験だって剣術で受けてたろ。学校ってのは、より多数派の人間に適した方法で教えるんだ。お前みたいなピーキーな性能した奴のことは考慮されてない。お前が強くなるにはお前に合ったやり方を模索しないといけないって話を俺はしてるんだよ」

「私に合ったやり方、かあ」


 濃度も粘度も低い。発動速度に秀でるが、持続力はなく威力も弱い。魔力量である程度は補えるが、結局それだと強くはなれない。この弱点を逆手に取るような方法。まあ……そんな簡単に思いつくわけないよね。

 結局その日の魔道学は知恵熱が出そうなくらい考え込んで終わり、その後の剣術ではレオンの指南あって先生に筋がいいと褒められて終わった。ついでに先生のサインも入手できたのでこれでとりあえず学生会には入れる。

 サフィアと共に工学の授業に向かう途中で、エレノアに会った。


「あ、エレノア様。こんにちは」


 私の隣でサフィアも礼儀正しく会釈する。


「ごきげんよう、エリン。午前中はいなかったと聞いたけれど、戻っていましたのね」

「エレノア様の耳にも入っていたのですね……。ええ、少し気分転換といいますか……」

「気分転換……? そういえば、エリンは七位でしたわね。平民だというのにさすがですわ」

「ありがとうございます。でも……私の上にも、二人いますよね」


 一人は言うまでもなくリタが五位。それに、私も名前しか知らないが、二位に女生徒の名前があった。家名がついてなかったから、おそらく彼女も平民だ。


「ええ。今年の平民は優秀だと、皆の間でも話題になっておりますわ。ですが……二位のシェルフィリアという方は有名な商家の出。五位のリタという男子生徒もジョアンナ様のお気に入りですわ。対する貴女は成り上がりのレジーナ様のお気に入り。張り合えているだけで充分に誇れるかと」


 後半の話は、右から左に抜けていっていた。さらりと言われた信じがたい言葉に、私は一瞬フリーズする。


「リタが……ジョアンナ様のお気に入り……?」


 ジョアンナ・トルヴァリエ。ルキウス殿下の婚約者で、由緒正しき侯爵家のご令嬢。そんな人とリタに接点なんてあるはずもない。考えられるとすれば、リタが魔道の才に優れているから取り込もうとしたとか……?


「ご存知ありませんでしたの? お二人は旧知の間柄と聞いておりましたけれど。私が聞いた話では、彼は入学以前よりジョアンナ様とご交流があったそうですわ。どこで知り合ったのかまではわかりませんでしたが……」

「入学前!? そんなの、なんで……リタは、魔法なんて入学前に使えたわけが……」


 狭い世界だ。そんな話があれば、噂にならないわけがない。ジョアンナの耳にさえ入るような話が、私の耳に入らないなどあり得ない。


「魔法以外で接点があったのではないですか?」


 サフィアが控えめに言葉を添える。


「それは……そういうことなんでしょうけど、でもそれこそあり得ません」

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