ちょっと気分転換に行ってただけ
私が項垂れていると、当のルキウス殿下が吹き出すように笑った。全員の視線が一斉に殿下に集まる。
「エリン嬢、フィリップの言ったことは気にしなくていい。周囲の評価よりも、この学園で得られる人脈を大事にすべきだ。それに、本当に僕をその気にさせたなら僕は僕自身の評価を押し通す。それが王族の特権というものだ」
「ルキウス、できもしないことを言わない方がいいよ。王族だからって周囲の貴族の言葉を無視はできないでしょ」
フィリップが呆れたように言うと、ルキウスもまた呆れたように笑った。
「僕だけならともかく、どうせ君たちが味方するんだろう? それなら、できもしないことじゃあない」
ロレンスが苦笑して頷く。
「まあ、ルキウスの味方をするつもりはあるけどね」
「ジーナとルキウスが望むならそう動くよ」
「もちろん、私は望みますわ!」
「あ、あの、ご協力いただけるなら大変光栄なのですが、なぜ皆様そこまで私にご期待してくださるのですか……?」
さすがに戸惑って尋ねたとき、私の背後で扉が開く音がした。振り返ると、先ほど別れたレオンがいる。
「ああ、いた。戻ったらお前らが出払ってるって聞いてさ。もしかしてエリン探してたんじゃないかって思って。悪い、俺が連れ回してたんだ」
入ってきたレオンの言葉に驚いた。どうやら私を庇いにわざわざここまで来てくれたらしい。礼を言おうと体ごと向き直りかけたところで、先にロレンスが答えた。
「今聞いたところだよ。それより、ちょうど良かった。これにサインして欲しくてさ」
「サイン? なんだ?」
ロレンスが取り出した何かの用紙を机の上に置く。レオンが近づいて、私も少し気になってレオンの後ろからちらりと覗き見る。
「エリンちゃんの学生会推薦状」
「ええええっ!?」
私が驚きのあまり叫んでしまった声に、レオンが驚いてびくりとする。
「おわっ、なんでお前が驚くんだよ」
「だ、だって私そんなのまだ」
頼んでもないし、そもそも用紙だって知らないし、正直それどころではなくて半分くらい忘れていたし……。
「エリンちゃんを探すついでにね。どうせ集まったんだからもう書いておこうかって話になって。七位なら学生会に入るには充分だし」
「ジーナも入ればいいのに」
フィリップが不満そうに溢す。レジーナは苦笑して首を横に振った。
「私はやめておきますわ。夫婦で所属していては気を遣わせてしまうかもしれませんもの」
ちなみにレジーナは六位だった。さすが公爵家のご夫人。あとエレノアが一位だった。彼女も学生会に入るかもしれない。だとするとレジーナが入らないのもそれが理由か。
「ありがとうございます。ロレンス様、フィリップ様」
「なるほど。俺で三人目か。いいぜ」
レオンが快諾して、さらさらと用紙に名前を書く。
「レオン様も、ありがとうございます!」
「いや、俺は名前置いてるだけみたいなもんだしな。あとは……教職員二人か」
「午後の授業の時に、教科担任の先生にお願いしてみます」
「わかった。じゃあ、これはエリンちゃんに渡しておくね」
「はい! ありがとうございます! あの……ところで、先ほどの話なのですが。皆さん、どうして、私のためにここまでしてくださるのですか?」
私はただの平民だ。彼らからすれば取るに足らない国民の一人に過ぎないはずだ。
思えば最初から奇妙だった。レジーナと知り合った当初、この恋心を打ち明けたあの時から彼女は応援してくれていた。それだけなら優しい人だな、で済んでいた。なのにフィリップも、ロレンスも、それに……レオンの先ほどの発言も。誰もが私が本気で殿下の隣に立つ可能性を見ている。ともすれば、私以上に。
三人は顔を見合わせて、ルキウス殿下に視線を向ける。すると、殿下が口を開いた。
「話しても構わないよ。三人が信を置いたなら、僕はそれを信じよう。ただ……今はもう休憩時間が終わってしまうから、夜にしようか」
え。何その反応……。何かあるの? 本当に? 気になり過ぎて午後の授業どころじゃないんだけど……!?︎
しかしながら、実際に休憩時間もそこまで余裕があるわけではなく……昼食を終えた私は泣く泣く先輩方と別れて午後の授業に向かった。
レジーナと二人、魔道学(実技)のために演習場へ行くと既にシンは来ていた。私を見て、おっ、という顔をする。シンはクラス担任でもあるから、午前中いなかったことで心配させたかもしれない。
「ええっと……シン先生、もしかして心配させた……?」
若干気まずく思いつつも近づいて声をかけると、シンはくしゃりと笑った。
「いや。レジーナは心配してたみたいだが、俺はお前がこの程度で逃げ出すはずないと思ってたぜ」
「あはは、そうだよね。良かった。私もまさかこんなにご心配をおかけするとは思わなくて……」
「心配するわよ! だって、あんなに頑張っていたのに……私が、根拠もなくできるなんて言ったりしたから、傷つけたんじゃないかって」
「すみません。でも、五位以内に入れなかったことはそんなに気にしてないんです」
「気にしたのは、リタに負けた方だろ」
シンに言い当てられて、こくりと頷いた。
「正直、リタがここまでやるとは思ってなかった」
「俺も驚いた。入試の成績じゃエリィより下だったしな。つっても、二人とも僅差だぞ。落ち込むほどじゃない。あの辺はほぼ横並びだ」
「あれっ、エリィいんじゃん。意外と戻ってくんの早かったのな」
噂をすれば、いつのまにか当のリタがすぐ近くに来ていた。最近はいつも取り巻きよろしく人を引き連れていたが今日は一人だ。
「いつもの取り巻きはどうしたの?」
「はあ? 取り巻きじゃねえよ。勝手についてくるんだ。こっちだって迷惑してる」
「人気者は大変ね」
「その言葉そのまま返すぜ。殿下とか公爵家の坊ちゃんとかまで探し回るもんで、めちゃくちゃ目立ってたぜお前」
「え゛っ」
「お前を見つければ殿下に近づくチャンス! ってな感じで知らねえ奴にも探されてるかもよ」
「……レジーナ。どうして殿下たちまで巻き込んだんですか」
若干の恨みも混じりつつ聞くとレジーナは慌てたように首を横に振った。
「違うわ。私はフィルに声をかけただけで……そしたら、その……殿下やロレンス様も同じクラスだったものだから……」
勝手について来た、と言いたいらしい。
「さすが、殿下はお優しい方ですね」
嬉しい反面、今回ばかりはその優しさはいらなかった。
「エリィ、どうせ俺に負けたのが悔しくて逃げたんだろ? 昔っから変わらねえよなあ」
「ッ……あんたに言われるとムカつく……っていうか、逃げたわけじゃないし! ちょっと気分転換に行ってただけ!」
「勉強教えてやろうか?」
「……うっ。それは……教えて欲しい……けど」
「エリィ!?︎」
レジーナが驚愕したような声を上げる。
私だって悔しいが、リタがその気になったなら間違いなく伸びるのだ。それに乗っからない手はない。
「けど?」
先ほどフィリップに言われたばかりの言葉が脳裏に過ぎる。リタは平民で、そういう邪推をする人も多そうだ。正直リタとどうこうだとか、あり得ないとは思っているが。
「やめとく。周りに変な誤解されたら、あんただって困るでしょ」
「え? 俺は別に困らねえけど。ま、エリィは困るか」
「そういうこと」
話が終わったところで、ちょうど授業の時間になった。




