やられっぱなしは性に合わない
そうして立ち合いを始めてから一時間と少し。私がもう何度目になるか、剣を弾き飛ばされたときだった。
「さすがに疲れただろ。喉も渇いたし、ちょっと出ようぜ」
「え? 外ですか?」
答えつつも私は若干息が切れている。レオンはまだまだ余裕そうだ。
「おう。小せえカフェが併設されてんだよ。水分補給が目的だから、食い物のメニューはほとんどないんだが、飲み物は充実してる」
カフェに向かうと、そこはレオンの言う通りこぢんまりとしたところだった。従業員らしい人も一人しかおらず、客も私たちだけだ。
「素敵なところですね」
ドリンクの注文を終えて、レオンに話しかける。座っているのはテラス席で、周囲の景色がよく見えた。特に馬場が近くて、今は放牧された馬が好き勝手に草を食んでいる。
「ああ……そうだな。なあ、エリンの幼馴染ってのは、あのシン先生以来の逸材……って言われてる子だよな」
「あ、はい。そうです。昔っから要領のいい奴だったんですよ。物覚えが早くて器用で、でも勝負すると意外と私が勝つことも多かったんです。リタはやる気がないというか……あんまり全力で頑張るようなタイプじゃなかったので。やり始めはリタの方ができても、すぐに私が追い抜いて……だから、この学園に入学したのすごく驚いたんですよね。こんなに努力ができる人だなんて思ってなかった……」
「そんな天才肌と、ずっと張り合ってきたのか」
「うーん? まあ、結果的にはそうなるんですかね。あいつが勝って調子に乗るのがムカつくというか。実際私も勝てましたし。やられっぱなしは性に合わないので」
「はは、そうか。だとしても、劣等感だとかなかったのか? 努力しても、そいつが本気を出したら敵わないんだろ」
レオンは答えを待ち構えるように、じっと私を見る。
「まったくない、とは言えないですけど。自慢の幼馴染ですよ。それに……私が頑張るのは、あくまでも殿下の隣に立てる私になるためで、リタはついでです」
幼い頃がどうだったかなんて、今となってはもう覚えていないけれど。殿下に恋したあの日から、私はずっとずっと変わらない。殿下の隣に並び立ちたくて頑張っているし、彼の瞳に映りたくて頑張ってきた。
「っは、ははは、ああ……すごいな。そこまで想えるのか。叶うかもわからない恋のために?」
「……叶う叶わない、ってあんまり関係ないんですよね。ただ、何もしないで諦める選択肢はないってだけで。それに何より、殿下に恥じない私で在りたいですから」
「…………恥じない自分だと、今もそう思ってるのか?」
返された言葉に、我が身を顧みた。その上で、頷く。
「はい。そう思っています」
完璧じゃないし、失敗することもあって、諦めたくなる時もある。それでも積み上げて来た時間が私にそう信じさせてくれる。あるいは……信じたいだけ、なのかもしれないけれど。
「……すごいな。尊敬するよ」
真正面から微笑んで、ど直球に褒められてしまって恐縮した。
「いやいや。私なんてそんな……レオン様こそ、毎日毎日ストイックに努力されていて尊敬します」
「その言葉そのまま返すぜ。昼間も勉強してるのに、その上休日も夜もなんてよくできるもんだ。俺はちゃんと休む日は休んでる。これくらいの褒め言葉、素直に受け取ってくれ。未来の王妃様?」
言われた言葉に、硬直した。おうひ? 王妃って言った?
「王妃様は……ジョアンナ様、ですよね?」
「ああ。ま、それくらい期待してるってことだよ。それより、この後はどうする? また剣でもいいが、エリンは筋が良さそうだからな。槍とか弓でも教えてやろうか?」
「それは是非お願いします」
食い気味で答えるとレオンは楽しげに笑って快諾してくれて、私も釣られて笑った。
結局そのまま昼の鐘が鳴るまで私たちは揃って訓練……もといサボりを続けて、さすがに昼食を無駄にはできないと慌てて学園に戻ったのだった。
「エリィ! 心配したのよ!」
教室に寄らずに直接フィリップとレジーナの待つ空き教室に行くと、入って真っ先にレジーナが抱きついて来た。その後ろに立つフィリップの冷ややかな目が私を射抜く。さらにその場にはロレンスと、ルキウス殿下まで同席していた。本当に戻って来て良かった……!
「すみません、レジーナ」
謝りつつ、さりげなく抱きついてるレジーナを引き離す。
「ジーナ。そんなの放っておいて食べよう」
そんなの呼ばわりされた……。
「エリィも一緒に食べましょう」
「ありがとうございます」
ロレンスと殿下にも会釈をして席に座ると、ロレンスがほっとしたように笑って言った。
「良かったよ、戻ってきて。順位に落ち込んで飛び出して行ったって聞いて心配してた」
「別に順位に落ち込んでいたわけじゃないですけど……すみません、ご心配をおかけして」
七位という順位だけ見ればむしろ喜んでもいいくらいだ。問題はリタに負けていたことで……思い出すとまた悔しくなって思わず顔を顰める。
「ロレンス、正確に言った方がいい。心配して探したんだよ」
「ッ……んぐ!?︎」
ちょうどひと口目を食べたところで、フィリップの言葉に思わず咽せそうになって口を押さえた。
「君はもう少し自分の価値を理解した方がいいと思うよ」
フィリップが畳み掛けるように言う。皮肉のように、カケラたりとも私に価値を感じていなさそうな口調で言われてしまった。
「え、あの、探してくださったって、それはレジーナがですか? ロレンス様もですか?」
「僕もだ」
殿下が口を挟んで、さあっと血の気が引いた。サッと立ち上がって直角に頭を下げる。
「申し訳ございませんでした!!︎」
「あと、フィリップもだよ」
ロレンスが笑って付け加える。この面子を私なんかの捜索のために動員してしまったとか、下手したら不敬罪で物理的に首が飛ぶんじゃないだろうか。
「大変……ご心配を……おかけしまして……」
「大丈夫よ、エリィ。顔を上げて。それより、午前中はどこへ行っていたの? 寮にも戻っていないようだったし……」
恐縮しつつ顔を上げると、その場の全員の視線が突き刺さった。
「え、ええと…………校門で、レオン様とお会いしまして」
「レオン様に?」
「じゃあ、エリンちゃんはずっとレオンといたの?」
「そうです。武道場を案内していただいていました」
罪を告白しているような気分で肯定する。なにせ、この人たちが心配してくれている間、私はレオンと楽しく遊び呆けていたようなものなのだ。
「君、あれだけルキウスが好きって公言してるのに、平気で他の男と二人になるよね」
フィリップが冷ややかに発した言葉がグサリと来る。
「そ、そういったことは、何かあることを疑う方が失礼なのでは……」
「そういう意味じゃない。君が言ってるのは同意もない相手に手を出すことはないっていう信用の話だよね。僕が言ってるのは、男女が二人でいれば周囲が勝手に邪推するっていう話」
一瞬、言われた意味を飲み込みかねた。
「えっ……? そ、それこそあり得ません! 私みたいな平民に皆さんが手を出すはず」
「ルキウスに手を出されたい人がそんなこと言って、誰が信じるの?」
フィリップの言うことは至極もっともだ。ロレンスとは寮の中だからともかくとして、レオンと二人で授業をサボって剣を打ち合っていた私たちを、果たして周囲はどう見るのだろう。特別に親しい関係だと思う人だっているかもしれない。尻軽女と思われたら、側室になれるものもなれなくなる。
「……すみません。私が軽率でした」




